はんざき
十七、
おうやま こやま ぴっかりどんの はなつぼ
わにくち おとどの のどどの かたどの
ひじどの てのくび てのさら
じんきち じころび せいなが きっちょうどの ことこと……
あら……? この唄、あたし知ってるわ。……えーと……えーと、確か、あたしがまだ七つくらいの頃……、斜向かいに住んでいた幸兵衛のおじちゃんがよく歌って聞かせてくれた唄だわ……。八丈島を御赦免になった畳職人の幸兵衛さんが……、なあ、お玉ちゃん、平次とは仲良くしてやってくれって……、平次は、島帰りの罪人の息子だけれど、俺と違って心の真っ直ぐな奴だからって……、平次さん…………。
へいじ……さん…………?
――あれ……?
お玉は、かっと双眸を見開いた。
――きゃあ、まぶしい!
気怠い睡余に霧り塞がった網膜を鋭く突き刺すハロゲン光に彼女の視神経がパニックを起こし、瞳孔がすっと窄まった。そして、盛夏の陽ざしのように部屋中を満たす豊かな光量を手で遮ろうとしてお玉はぎょっとなった。
――何よ、これっ!?
彼女の体は、全裸のまま診察台に縛り付けられていたのだ。
必死に何か叫ぼうとしたが上手くろれつが回らず、何度やっても甘ったるい呻き声のようになってしまう。手足の先は痺れて感覚がなく、まるで土塊か何かを詰められているように頭が重かった。
――あたし、……きっと薬を飲まされているんだわ。
お玉は、訳が分からず必死の思いで首を巡らせた。誰かいる……。何だか生臭いような臭いがする……。彼女の側には、金糸の袈裟をまとった蓮華阿闍梨が冷酷な笑みをたたえたまま、じっとこちらを見下ろしていたのだ……。
阿闍梨は、前置きもせず唐突に語り始めた。
「お前はハンザキという生き物を見た事があるか?」
――この人は、いったい何を言っているの? 冗談じゃないわ……。
お玉の視線は、不安にさいなまれてふらふらと宙をさまよった。
部屋の中には、彼女が見た事もないような機械や、薄緑色の液体を満たした円柱状のガラスケースが所狭しと並んでいた。どのケースにも、不気味な物体が淡い気泡に包まれながらぷかぷかと漂っている。
その一つに、稚児ほどの大きさもあるずんぐりとした蜥蜴みたいな生物が、火山岩のような皮膚をガラスケースに押し付けながら浮遊しているのが見えた……。
「半分に切り刻んでも生きているから”半裂き”というのだ。またの名をオオサンショウウオともいう……」
阿闍梨は、ガラス越しにそのオオサンショウウオを眺めながら、くっくっと笑いを噛み殺した。
「人間は、一度指を切断してしまったら、もう二度と新しい指が生えてくることはない……。しかしこいつらは、手足を何度切り離してもすぐにまた新しいものが生えてくるのだ……。この驚異的な再生能力の秘密はどこにあると思う? えっ? くっくっく……、そうだな、お前などに訊いても答えられるはずがないな……」
蓮華阿闍梨は、ガラスケースの表面を曇らせている結露の水滴を指で拭いながら、中にいるオオサンショウウオを愛おしげに見つめた。
「この生命力の根源はな、こいつが体内に保有する多能性幹細胞というものにあるのだ」
彼は、お玉に理解できるはずもない話を嬉々として語り続ける。お玉は、それを聞き流し、救いを求めて部屋中を見回した。
そして……、それを見つけてしまった。
――えっ!? あ、あれは、まさか……。
彼女は、悲鳴を上げた。……ように感じたが、実際には、ただ口をがくがくと上下させて赤児のような呻きを漏らしただけであった。しかし、その視線は吸い付けられるようにある一点を凝視したまま動かせなくなっていた。
その、ひときわ大きな生体培養ケースには、昨日まで蓮華阿闍梨の新しい生体が入れられていた。今は、まったく別の人体が赤褐色の保存液に浸されたまま生気なく漂っている。
――旦那様!?
それは、吉屋喜兵衛の変わり果てた姿だった。
彼は、全裸のまま手足を切断され、髷の解かれたざんばら髪を海藻のように漂わせながら白目を剥いていた。恐怖におののくお玉の視線に気付くと、蓮華阿闍梨は、満足げな笑みに大袈裟なゼスチャーを加えてなおも語り続けた。
「我々は、オオサンショウウオの体液から採取した血清を使うことで、人間にそれと同等の再生能力を植え付ける事に成功したのだよ。その記念すべき被検体第一号が、この吉屋喜兵衛だ……」
よく見ると彼の切断された手足の切り口から、桃色の肉塊が突き出ているのが分かる。それは、まだ生え始めの段階だが、五指を持つれっきとした手足に違いなかった。
「はっはっは! 彼は、不幸にして拒絶反応に耐えられず標本と成り果てたが、今一度改良を加えた血清がここにある。後でお前の体に試してやるから楽しみに待っておれ。みごと、再生能力を身に付けたあかつきには、この俺の細胞から取り出したクローン胚をお前の卵子に受精させて究極のボディを生産するとしよう」
蓮華阿闍梨が目で合図すると、白衣を着た僧がすかさず睡眠薬の注射器をお玉の体に突き立てた。彼女の細い体が徐々にその力を失い、重力に抗しきれずに手足をだらしなく投げ出した。
遠ざかる意識の中で、お玉の脳裏にまたあの唄が聞こえてきた……。
頭 額 両目の 鼻壷
鰐口 顎 喉どの 肩どの
肘どの 手の首 手の平
親指 人差し指 中指 薬指 小指……
――そうそう、思い出したわ。平次さんが言ったのよ。この唄は、お仕置きされた罪人の散らばった死体を集めるときに歌う、恐ーい恐ーい唄なんだって……。ふふふっ、平次さんったら、あたしを怖がらせようったって、そうはいかないんだから。
ねっ、平次さん…………。
平次さ…………ん。
やがて蓮華阿闍梨は、透明色のビニルテントで作られた無菌室に入った。中には手術台が二つ並べられ、一方にはすでに彼の新しいボディが寝かされていた。そのみずみずしい肉体には阿闍梨がとうの昔に失ったはずの雄々しい男性器が付いていた。
「くっくっく……、いよいよ、この奇形腫に侵された継ぎはぎだらけの体ともおさらばだ。新しい体に移ったら、ひとつ八百年ぶりに女でも犯してやろうか。はーはははっ!」
黄色くむくんだ顔に狂気じみた笑みを湛え、やがて彼もゆっくりと手術台の上に横たわった……。
次回へ……。
[閉伊琢司からのコメント]
八丈島古謡『大山小山』は、小さな子供をあやすときに歌います。右手で歌詞と対応する体の各部分を指しながら歌い、子供の注意を引きつけるのです。伊豆諸島にある八丈島は古くから流刑地だったため、日本各地の様々な伝統文化のるつぼでした。なかでも島独自の伝統音楽はとてもユニークで、この島のアイデンティティの中心的存在となっています。多くの古謡が残されていますが、「ショメー、ショメ」という合いの手がとても印象的です。