からくり儀右衛門
十二、
「あーあ……、太夫たち、とうとう何処かに連れてかれちまいましたよ」
火の見やぐらのてっぺんに陣取って、永井兵庫が体躯に似合わない甲高い声を出した。
「……よかったなあ、生きてたみてえで」
やぐらの下の方から、本当に良かったと思っているのかと疑いたくなるような口調で、からくり儀右衛門が欠伸を噛み殺しながら応じた。
いま、二人がいる御舩手組の組屋敷は、吉屋のある佐賀町のすぐ南に位置し、そこに設けられた高さ三丈ほどの白木を組んだ火の見やぐらからは、吉屋の三番倉がとてもよく見渡せた。南町奉行所同心、渡辺忠次郎の口利きでこの場所に陣借りしてから、もう一刻ほどのあいだ二人は秘かに倉の様子を監視していたのである。
「それにしても旦那、こいつあ便利なもんですね。あんなに遠くにある倉の様子がまるで手に取るように見えちまう」
兵庫は、円柱形の鏡筒を片目に押し当てたまま、その先に映る景色に感じ入ったように、終始にやけた笑みを浮かべていた。
「ふっふっふ、そうだろう。そいつあ阿蘭陀渡りの”ぐれごり式反射望遠鏡”ってえやつを、俺がさらに改良したもんだ。お月さまにいる兎のツラだってようく見えるんだぜ」
「へっ、ずいぶんとしょってらあ……。しかし、坊主どもが踏み込んだときにあ、俺ぁてっきり太夫たちもこれで一巻の終わりだと肝を冷やしましたが、ああしてまだ殺されねえでいるところを見ると、やはり太夫の悪運の強さは筋金入りですね」
ここでようやく儀右衛門は、袴に付いた土を払い落としながらのろのろと立ち上がった。
「よっこらしょっと……。しかし、感心してる場合じゃねえぞ。早く助けに行ってやらなけりゃあ、本当に太夫たちの土左衛門が大川に浮かぶことになる」
「へっへっへ、実ぁ、吉屋の裏手にある板塀が一箇所だけ外せるように細工してあるんですよ。どうです、これから二人で乗り込んでいって、ひとつ赤穂浪士を決め込もうじゃありませんか」
「ふむ……それも、面白いかもしれねえな」
「槍なんか担いでるところを見ると、やつら、ただの坊主じゃあねえ……、こりゃあ、久しぶりに大暴れ出来そうな予感がしますぜ」
「おいおい、太夫たちを助け出すのが第一の目的だぞ」
「分かってますって。でも旦那……、俺には、いざとなりゃあこいつがあるが、旦那は、いってえ何で戦うんです?」
永井兵庫は、上方の刀工、津田越前守助広の手による二尺八寸の業物を鞘ごとつかんで立ち上がると、それを腰に差して柄頭をポンと叩いた。彼は、松江太夫の見世物小屋で居合い抜きの早技を観せ人気を集めている。放り投げた造花の枝を「えいっ!」という気合いもろとも見事八つの断片に切り刻むのだ。パチンと納刀した後には美しい花びらがはらはらと舞い、観客の目を奪うのであった。
「俺は、いままで旦那のやっとうの腕を見た事がねえ……」
「おめえ、俺を誰だと思ってんだ……。俺ぁ、からくり儀右衛門だぜ、そんな無粋なもん使うかよ」
「ほう……大きく出ましたね……。じゃあ種子島でもぶっ放そうってのかい?」
からくり儀右衛門は、口の右端をにいっとつり上げて笑った。
「まあ、そんな所だが……。細工は流々、あとは、仕上げを御覧じろ……ってな。まあ、楽しみにしてな」
次回へ……。
[閉伊琢司からのコメント]
津田越前守助弘は、大阪正宗と称された井上真改と並んで上方鍛冶の双璧と言われた刀鍛冶です。京都一条から興った堀川国広の流れをくみ、型にはまらない独特の作風で多くの刀工に影響を与えました。また、新撰組の近藤勇が愛用したことでも知られる長曽祢虎徹は越前の鍛冶師ですが、彼もほぼ同時期に活躍した刀工の一人です。
 




