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ツイッタリア戦姫譚Ⅱ

2 王宮の迷い子


 くだらない。実にくだらない。


 皇族の都合により捨てられ、皇族の都合により拾われる茶番劇に付き合わされるなんて。


 皇太子と身分違いの女の叶わぬ恋物語の果てに生まれたらしい私は、親の顔も知らずに生きてきた。


 孤児院での暮らしは不自由はあったけど、自分が不幸な人間であるとは思わなかった。


 良き神父、良きシスター、良き兄弟達との生活。そこに私の小さな幸せがあると思っていた。


 修繕を繰り返しボロ布と形容するのが相応しくなった衣服、裸足で駆け回った故郷の麦畑。


 それが今や、両親の亡霊によって着せ替え人形のように着飾られ、慣れないドレスとヒールで大理石の廊下を歩かされている。


 その廊下に飾られている肖像画。今は亡き皇太子の顔。


 初めて、父親であると認識して見たそれは酷く軽薄に見えた。


「これが私を捨てた母を捨てた男か」


 不敬罪に相当する発言に、案内役として同行している老執事が微かに悲しそうな色を表情に宿し、護衛の兵士も表情の見えない甲冑の中で息を飲んだのが分かった。


 困惑の空気。これが普通の少女の発言であれば、問答無用で不敬罪で縛につく筈が、この空気がやはり私が亡き皇太子殿下縁の者であることを示している。


 何かの冗談か酔狂であれば良かったのだけど、やはり、そうではないらしい。


「姫様。そのようなことはおっしゃらないでください」


「姫などと呼ばないでください。私は――」


 自分の名前を名乗ろうとした瞬間、私は自分の身体に衝撃を感じた。先ほどの発言に対する断罪かと思ったが、だとすれば随分と可愛らしい断罪者が私に抱き着いていた。


「アン姉様、会いたかった!」


「おまえ…、いや、貴方は!?」


 私に抱きついていた少年が顔を上げると、その瞳には見覚えがあった。


 私がお世話になっていた孤児院の近くに迷い込んできた貴族の少年。私の服を遠慮がちに掴み、不安そうに覗き込んだ蒼の瞳。あの肖像画と同じ色。


 以前は安心させるために抱きしめ頭を撫でた手が、今は視線と共に宙を彷徨う。


「失礼ながら、殿下。急に抱き着かれ、姫様が困っておいでです」


「ごめんなさい、姉様。また会えたのが、姉様が本当の姉様だったのが嬉しくて、つい」


 幼き日に交わした無邪気な約束。泣き止まない子どもへのおまじないのつもりだった。


「そうか。大きくなったな」


 あの男の面影を微かに感じさせるが、この子に罪はない。特にこの笑顔には。


 あの日と同じ無垢な笑顔の眩しさに、彷徨っていた手がようやく彼の頭に辿り着く。 


 まるで、雛の羽毛を撫でるが如くの手触り。一撫でする度に荒だっていた心の波が穏やかになるのを感じる。


 かつての私がそうだったように。


「久々の再会、無上の喜びのことと存じ上げます。殿下達の大事なひと時に水を差してしまい申し訳ありませんが、陛下との謁見の時間が迫っております」


 慇懃に礼をする老執事と姿勢を正す護衛の兵士達を見て、そっと私達は離れる。


「謁見の後でも姉様には会えますからね。私は良い子にして待っております」


 あの頃とは違った弟の聞き分けの良さを感心の眼差しで讃え、謁見の間まで歩を進める。


 しかし、私は良い子にしている自信はない。


 立ち止まった先の冷ややかに人を見下ろす猛禽の紋様を睨みつける。


 そして、過去の私を拒んだ扉が今開く。

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