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グリーンマテ茶と別れ話の反省

作者: 春田ソノヲ

疲れた日常にほっとできる場所があったら素敵だと思って作りました(`・ω・´)

 紅葉の色が益々濃くなりつつあるこの頃。

 やや肌寒いながらも天気は良く日差しは暖かい。うたた寝にはちょうど良い日和である。

 折角の休みでこんな良い日和を寝て過ごすには勿体無いと、近くのカフェ「Carpe diem」に足を運んでみた。

 が、今日ばかりは休んだほうが良かったかもしれない。


(まずい、頭がぐわんぐわんする・・・)


 耳元もごうごうという耳鳴りがする。はっきり言って不調である。

 久々の予定のない休暇だからと調子に乗ったのが悪かったのか。あまりにもしんどくて、注文もままならずテーブルに突っ伏して少し経つと、誰かが声を掛けてきた。


「お客様、体調が良くなさそうですが、大丈夫ですか?」


 のろのろと顔を上げると、不安そうな表情の店主さんがいた。他人の目から見ても不調なのか…、と半ばやるせない気持ちでアハハと笑ってみせる。大丈夫、大丈夫。


「すみませんご心配をおかけして・・・。少々休めば大丈夫なので、お茶頂いていいですか?」

「はい。ですが、本格的に動けなさそうでしたらタクシー呼びますので、いつでも仰って下さいね」

「ありがとうございます。・・・えーと、ハーブティーでなにか、疲れに効くものってありますでしょうか?」

「疲れに効くものといいますと…グリーンマテ茶はいかがでしょう。緑茶に近いので飲みやすいと思います」

「じゃあ、それでお願いします。あ、あとバニラアイスください」


 昼ごはん替わりのアイスも追加でお願いした。店主さんが軽く頷いてカウンターに向かうのを確認して、しばしの休息をと目を閉じる。




 委託の給食会社の就業時間は3食に合わせてのシフト制なので、とても不規則だ。

 早番の時は日の出前に出勤して昼過ぎに退勤、遅番の時は通勤ラッシュからやや遅れて出勤して夕飯を作り終えたら退勤。食事は出ないので自前で準備。尚且つシフトによっては早番から遅番までの就業となる。そんな生活だから体調を崩しやすくなるし、休日は休養に終始することも少なくない。

 

(わたし、なんのために働いてるんだろう)


 一度は辞めることも考えたが、一人暮らしの今、収入が絶たれたらどうなることか。

 年齢的には今転職しなければ新卒扱いにはならない。けれど、今の仕事のスキルで他の職場に行って通用するか分からない。しかし、このままこの仕事に従事していれば遠からず身体を壊しそうな予感もある。そうなれば日常生活に支障は出る上、収入を増やさなければ医療も満足に受けられないだろう。


(・・・よくよく考えたら、真面目に働いててもギリギリの生活って、割と悲惨だよね。お給料がもう五万円くらい増えてくれたらなあ・・・。家賃食費光熱費差し引いても多少残るし、貯金にも挑戦できるし、欲しかった本ももうちょっと気軽に買えるようになるし)


(なんてね)



  ***



 ――ことん。


「お待たせしました。グリーンマテ茶です」


 テーブルに茶器が置かれる音にはっとして目を覚ますと、ちょうどお茶が運ばれてくる頃だった。ありがとうございますと目礼すると、店主さんはにっこりとしてまたカウンターに戻っていった。

 湯気を立たせているお茶に鼻を近づけると、マテ茶特有のいい香り。

 疲れてるけど、まだ大丈夫。お茶の香りをまだいい香りだと感じるから。

 とはいえ私、今、女捨ててるよなあ…。

 厚手のパーカーの下はユ●クロのTシャツだし(秋なのに)、下はデニム。そして似たような格好をヘビロテしてるから全体的によれてる。そしてノーメイク。仕事柄化粧は推奨されていないのでこれ幸いとすっぴんで出勤している。異性との出会いがないのでよく見せようという気概もゼロ。


 ふと視線を斜めにずらすと、髪から靴の先まで綺麗に装った女の人がいた。

 美女は黒髪のセミロングで長い睫毛がつやつやしている。上品なフリルが付いたシャツに体のラインに沿ったストライプのスーツなので、きっと人と会う仕事をしているんだろう。営業とか受付とか。


(凄いなあ…。ああいう人って絶対人様にすっぴんとか見せないんだろうなあ。ちゃんと武装してさ)


 女の人を眺めながらお茶を啜っていると、待ち合わせらしき男の人が女の人の正面に腰掛けた。

 男の方はやや草臥れた風情だったが、仕立ての良さそうなスーツにぴかぴかの革靴で、とても仕事が出来そうな第一印象だった。スーツ着てる人が身近にいないからよく分からないけど。

 ずず、とお茶をもう一口啜る。うん、普通のマテ茶より確かに緑茶っぽい。茶色のより好きかもしれない。


「ねえ、最近忙しすぎじゃない?」

「…この間も言っただろう。会社でデカイ案件抱えてるんだって」

「その話は前も聞いた。一体いつになったら忙しくなくなるの?」


 男の人は自身のよれた髪型に手を差し込んでさらにかき回した。目もやや赤く、かなりお疲れの様子。女の人が眉間に皺を寄せてる様子も気付いていないようだ。


「んー…、いつになるかなんて分かる筈ないだろ…。ただでさえ無理な受注が急に入ってくるんだから…」

「そう、それに貴方は諾々と従ってる訳ね」

「そういう言い方はないだろう」

「そういう言い方しかさせてくれないのは貴方でしょう?」


 女の人は諦めたように溜息をつくと、顔を上げてはっきりと告げた。


「貴方、というか貴方の会社の仕事ペースに振り回されるのはもう沢山なの。デートだってドタキャン何度されたか分からないし、約束を守ってくれても貴方はずっとぼーっとしてるし。貴方は将来を考えるって言ってくれたけど、私生活がこれじゃあ、将来もなにも考えられない」

「え……」

「申し訳ないけど、今までのことは無かったことにして欲しい。鍵も返すし、私の家に置いてあった私物はそちらに送り返すから」

「ちょ、待って」

「待てない。貴方は前のデートでまだ結婚は早いって言ってたけど、私もう30代なのよ? これ以上悠長にしてたら子どもも望めないじゃない。それなのに貴方は仕事、仕事、仕事で」

「う…」


(あかん修羅場だ。それも男の人の分が悪い)


 女の人はうだうだと抵抗する男の人の弁を一刀両断で切り捨て、笑顔で一言。


「そんなに仕事が好きなら会社と結婚した方がいいんじゃない? それじゃあ、さよなら」


 颯爽とジャケットを羽織り、女の人は長い髪を揺らして出て行った。お見事。

 男の人は追いかけようとしたのか腰を浮かせたが、振り返りもせず店を出て行く女の人を止めることもできず、再びがっくり席に沈んだ。哀れ。

 さて、修羅場も見届けたことだしお茶をもう一杯……。


「アイスお待たせしました」

「あ、ありがとうございます」


 忘れてた忘れてた。大事なエネルギー源。いただきまー…。


「……」

「…お兄さん、食べます?」

「食べない。さっきから君、こっち見てたよね」

「はい。見ないようにする方が難しかったので」

「………」


 再び落ち込む男の人。悪いこと言ったかな。とりあえずアイスを一口、うん、おいしい。


「余計なお世話かもですけど、こういうのってタイミングが大事なとこもありますし、あんまり気に病まなくてもいいんでないですか?」

「…彼女と結婚するつもりでいたから、気にせずにはいれない…」

「あー、それは転職するとかして仕事セーブしないと無理だったんじゃないですか?」

「え?」


 心底不思議そうな顔をする男の人。

 悲しき社畜の性を知るものとしては男の人が可哀想とは思うが、それで通じるような話でもなし。この状態のまま進めば結婚も伸び伸びになった挙句、子どもを産むことも難しいと判断されたのだろう。運良く授かれたとしてもワンオペ育児がデフォルトになる様子が目に浮かぶ。

 あの女の人はそういう関係性を許容できなかったのだろう。いや、したくなかったのだろう。


「…お姉さん、お兄さんの普段の様子みてて、結婚しても家事全部こっちまかせで仕事にかまけるの想像したんだと思いますよ? お姉さんが結婚したら専業主婦になったとしても、ワンオペ育児って死ぬほど大変ですし。助け合えないパートナーって意味なくないですか?」

「…あ」

「私もお仕事してるので大変なのはわかりますよ。ただ、そういう生活だと結婚に向かないなあ、と思うわけですよ。私も彼氏と長続きしませんし。忙しくてパートナー大切に出来ないっていうのがそもそもの敗因なのでどうにも出来ない訳なんですが」

「あー…、それでだったのか…」

「そうですよ」


 怒るかなと思ったけど、案外素直だった。ひとの意見蔑ろにしないし、なんかいい人っぽいから、仕事にかまけてるのがネックなんだろうなあ。

 自分と重なる姿にやや苦いものを感じる。自分もデートの約束を何度ドタキャンしたり、ぞんざいに扱ったりしたことか。一度でも省みることができたら違う未来があったかもしれないが、今言っても仕様のないことだ。


「うまく時間をやりくりする方法覚えてからお付き合いすれば、今度はうまくいくと思いますよ」

「…そうか、ありがとう」

「いえいえ、こちらこそ差し出がましいことを申しまして」


 しかめつらしい顔をつくってみせてお茶をもう一口。そしてにやり。


「まあお兄さん格好いいですし、将来の結婚相手は心配しなくてもすぐ出来るんじゃないですか?」

「いやまあそこまでがっついてるワケでもないから…。とりあえずありがとう」


 男の人は苦笑した。ちょっとは浮上したようだ。

 店長さんが注文を取りにくると、コーヒーひとつお願いしていた。

 私はそれを横目でみて、再びお茶とアイスに向き直った。この溶けかけ具合が美味しいんだよね。



 お茶とアイスをスローペースで完食して、ようやく体もエンジンがかかってきた気がする。体もちょっと温まったし、頭もぼーっとしてない。よし、動くか。


「店長さん、お会計お願いします」

「はいはい」


 またどうぞ。

 そう言う声を背に店を一歩踏み出した。


 とりあえず、自分を省みてみよう。手始めに――、


「仕事やめようかな」



 ***



 仕事を辞めてカフェ「Carpe diem」にもう一度訪れると、あの男の人と偶然一緒になった。

 どうやら次の彼女が早くも出来たらしい。爆発しろ。


読んでくださってありがとうございます。

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