60 卒業試験(VSティグロン)
俺達は力の限り逃げる。出来るだけエンペラーマンティスが頑張ってくれることを祈りながら…
(なんだアイツ!?スマフォ使わなくても分かった!あいつには勝てない!!)
ティグロン(タイゴン)という動物が居る。虎とライオンが交配して生まれる獣だ。地球では自然界ではありえないが、此処は異世界…しかも、大隊級の猛獣によるハイブリッド種だ。加えてここは樹海の中…ティラノタイガーの機動力と、サイレントレオの隠形…これだけならまだしも、明らかに合の2体よりデカかった。
(じっちゃんやマダム達に会ってなかったら、固まって動けなかっただろうな…)
奴と対峙した時、殺されるイメージしか湧かなかった…俺は走りながら、真神族・月精族・雷真族の降魂を行う。ここで全力でやらなければ死ぬ!!
「!?来たぞ!!」
俺の索敵に奴が引っ掛かった。今はスキルのマーキングに、魔力を放出して索敵する『エコー』と言うオリジナル魔法を併用しているので、半径約630mほどの範囲を知覚することが出来る。そして、奴は恐ろしいスピードでこちらに向かってくる。
「約5秒後に敵と接触する!!背後から追ってきている!!」
が、奴の姿が見えたと思えば、即座に俺達の視界から消える。そして…
ドゴッ!!
俺達は何をされたかもわからずに吹き飛ばされた。全身がバラバラになったと錯覚してしまうほどの衝撃と激痛に襲われる。
「…ッ…ハッ…」
身動きどころか呼吸すら満足にできない、奴は悠然と俺に近づき、
(おっ父とおっ母を殺したのはお前だな…ッ!)
「?!」
(俺達が何をしたっていうんだ!!絶対に許さないっ!!!)
その怨嗟の声に、俺は今まで受けたことのない衝撃を感じた。受けたダメージすら忘れて固まってしまうほど…
(…俺が殺した…何もしてない…この家族を…)
固まった俺に向かって、鋭い爪の生えた丸太のような腕が振り下ろされる。
「させんっ!!」
ギィィィン!
そして、救援に駆け付けた住人が、奴の攻撃を防いでいた。
「ボケっとするなトーヤ!!サイテン!!」
「ああ!!こっちだ、他の奴らも死んでない!!」
救援に駆け付けてきたのは、猿人族のセイテン、サイテンの二人だった。俺はサイテンに引っ張られて皆が倒れているところまで引きずられる。
「マダムが来るまで何とか凌ぐぞ!」
「ああ、こいつはアビスライノ―と遜色がないぞ!気合を入れろセイテン。」
この二人は住人達の中でもトップクラスの実力を持つ。俺も訓練中は全然手が出せなかった。そんな二人でも本気で挑まなければならない相手…
だが、そんなことよりも、ただ普通に暮らしていた彼らの日常を奪ってしまった。その事実が、まるで足元が消えたような不安定な気持ちを俺に持たせた。
討伐者達を殺した時とは違う。あれは人間だったが、俺達の敵で、仲間に害が及ぶから特に何も感じなかった。降魂術の影響もあったんだと思う。しかし、
(俺は…試験の為に…ただそれだけで殺したのか…)
狩り自体は何度もしたことがある。生き物の殺生もこれが初めてではない。だが、会話できる相手…その家族を試験の為だけに手に掛けた。その事実に俺自身をとてつもない剣を感が包んだ。
呆けていてどれくらい経ったのだろうか。セイテンとサイテンでも傷だらけだ。だが、二人は勝ち誇っていた。
「遅いぞ、だが、これで俺達の勝ちだ。」
「あとは任せたマダム!」
「ええ、あとは私がやるわ…」
いつの間にかマダムも来ていた。ティグロンはマダムを見て警戒している。
(邪魔するな!!そいつは俺の家族を殺したんだ!!!)
「…そうね…でもそれが自然の摂理、弱者が死んだだけの事よ…現実は残酷なのよ坊や…そして、トーヤは殺させないわ、だから…せめて全力で戦ってあげる。」
(あああああああああっ退けええええぇ!!!!)
マダムとティグロンの戦いが始まった。いつもマダムの強さを見ているが、はっきり言って全く戦いの内容が頭に入ってこない。何が起こっているのか分からないほど、凄いのは分かる…俺が今までやってきた修業は何だったんだ…
彼らとのあまりの実力の開きに、とんでもない虚脱感を覚えてしまった…もう、どうでも良い…そんな気持ちが芽生える…
(があああああああっ)
「ごめんなさい…一思いにやってあげるから、ゆっくり眠って…」
マダムがティグロンの首に腕を回していた。そして、
ボキッ
ティグロンの首はおかしな方向に曲がり、体から力が抜けて行った。
こうして、俺の卒業試験は幕を下ろした…
こうして、初めて冬也が行った無益な殺生について悩むことになる…




