50 怨嗟、辞世 ルーティラ侯爵
アポロ・ルーティラ
私の名はアポロ、ルーティラ家の現当主だ。私は昔から感情を出せなかった。それは先代当主の父から、世間一般でいう愛情というものを貰った記憶が無いからだと妻に言われた。父はただただ家のため、領の為を考えた。私の姉と妹を有力貴族の元に嫁がせ、時には脅しなども使いながらルーティラ家を繁栄させた。
私もそんな父に倣い、ただただ合理的に動くことをよしとした。そんな時、私に婚約者が出来た。彼女の名はサリナという、私はただ子をなす為の相手だという認識しかなかった。
月日が流れた。あれから私には子が3人で来た。嫡男、次男、そして娘だ。私は、父が私にしたように子供達に接した。
「おとおさま、おはなありました。」
どうやら娘のメリナが、敷地の花壇から花を摘んできたようだ。この娘は体が弱いのにそういうところは活発な娘だ。とりあえずその花を受け取る。
「体調が悪くなったらどうする。部屋に居なさい。
「…はーい…」
泣きそうな顔になる。そんな娘の頭に、なぜか手が出そうになるが、いつも寸前で止める。
「新しい絵本を買ってやろう。」
「ほんとおですか?ありがとー」
100冊ぐらい買うか…
最近は妻の友人のラプス婦人とフォーチャー夫人に連れられてきた子が、メリナの友人になったそうだ。その中には男児が居る。マリアスというらしい…
「最近メリナがマリアス君にくっ付きたがるんですよ。」
妻がそう言っていた。いつかラプス家は潰さなければならないようだ。
ラプス家も私達と同じで妻が王都に居て、屋敷で公務をしている。なので月1程で交流があるようだ。フォーチャー夫人は自領に居るので、数か月に一度程度らしい。ラプス家も自領に戻って欲しいものだ…
「マリアス様、ご機嫌麗しゅう…///」
たまたま私がいる時にラプス婦人たちが訪ねて来たらしい。娘が照れている…マジでヤる…
「何をバカなことをしてらっしゃるんですか、仕事が溜まってますよ!」
ある時から娘が塞ぎがちになった。原因はマリアスに婚約者が出来たからだ。
日に日に娘が衰弱していく、医者を何人も呼んでみるが、一向に回復しない。
学院に入学した。だが、家から出られない時の方が多い…たまにフォーチャー家のタリア嬢が訪れる、その時だけは少し体調が良くなるみたいだ。友との会話が、娘にとっては良いのであろう。
学年が上がった。さらに体調が悪くなる…ほとんどベッドの上から動けなくなっていた。私は仕事を早く終わらして、家に戻る日々が続いた。しかし、ある時屋敷に帰ると…
「ご当主様…メリナお嬢様が、ご逝去されました…」
私は娘の部屋に直行した。そこにはもはや動かない娘が居た…
葬儀が終わった…たった14年で娘が居なくなった…妻は泣いている…息子たちも…
夜になり、酒を飲む…家族は涙を流していたのに、私は泣かなかった。どうやら本当に私は壊れているのだろう。こんな時でも領主としての仕事はある。私は黙々と書類に目を通す。酒を飲んでいたためか、いつの間にか机で寝てしまったようだ。そして、久しぶりに夢を見た。
「お父様、おはようございます。」
夢の中では元気な娘にあった。太陽の下、自由に歩き回っている。友人も出来、学生生活を楽しんでいるようだ。そこには娘を選ばなかったマリアスも居た。奴の前では急に大人しくなる娘…
だが、これが夢であると気づく。もうこんな未来は訪れない…
「ん…」
目が覚める。目の前には書類が広がっていた。
「なんだ?」
書類が濡れている…酒でも零したか?
そんなことが何日も続く…
「貴方…無理はなさらないで…貴方まで体を壊してしまっては…」
妻が酷く憔悴した様子で私を気遣う。
「何を言っている。こんな時でも仕事は溜まっているのだ。」
「貴方がメリナのことで、悩んでいるのは分かっています。でも貴方が無理をして倒れてしまっては、メリナが悲しみます!」
「私は何も無理をしていない。」
「何を仰っているのです!!そんなに泣いて!!目の下にも隈が出来ているではありませんか!!!ここ数日食事もろくに摂らずに!!!お願いします。どうかご自愛ください!!!」
そう泣いている妻に抱きしめられた。私が泣いている?鏡のある所に移動する。
「…これが…私は泣いていたのか…」
どうやら気づかぬうちに涙を流していたようだ。
「貴方は自分が冷たい人間だと思っているようですが、間違いなく家族に愛情を持って接しています。息子が熱を出した時、ケガをした時は、必ず仕事を切り上げ、すぐに駆け付けたり、メリナが体調不良で倒れた時には仕事にも出ずにずっと付き添っていました。子供達の誕生日にはプレゼントを必ず用意したり…時々メリナの事で奇行を繰り返したり…貴方は間違いなく父親です。義父様とは違います!!真っ当な感情を持つ人間です!!!」
衝撃であった。私は父と同じように接していたと思っていた。自分でも人間味が無く、愛情というものを持っていないと思っていたが…そうか…私は家族を愛していたのか…
「…少し、休む…」
「はい、そうして下さい…」
そう安堵した妻を見て、私は自室に戻った。ベットで寝ながら、夢の中でこれまでのことを振り返る。
婚約者が出来た。美人だった。どうせなら美人の方がいいので、そこは安心した。
婚約者の誕生日らしい、何を贈ればいいのか分からないので、周りの女中に聞いて、髪飾りを用意した。
正式に妻となった。何故か妻が泣いて笑っていた。
息子が生まれた。重要なモノだけ片付け、妻と息子の所に行った。
次男が生まれた。長男を抱いて、二人の下へ行く。
娘が生まれた。1日中、抱いて離さずにいたら、妻に怒られた。
娘が立つことが出来た。家族全員並んだところで、絵描き人に肖像画を描かせた。
「ぱぱ」娘がそう言葉を話した。また1日中抱いていたら、妻や息子たちに怒られた。
娘が体調を崩したらしい、後回しに出来る仕事ばかりだったので、娘の下に行く…原因は分からないが、外に長時間居ると、体調が崩れる人間が稀に居るらしい。退屈しないように、室内で遊べるものを用意する。
娘に友達が出来た。笑った娘を見て、抱いて仕事場に行く。苦言を言われたので問題ないと言い張って居たら、妻が笑顔で娘を引き取りに来た。あの時初めて怖いと思った。
娘がマリアスという者に惚れているらしい、秘かにラプス家に対して、戦争の準備を進めるように命令を出した。なぜか準備が進まず、責任者を呼び出そうとしたら。妻や嫁に行った姉、妹に怒られた。何故だ…
「マリアス様が好きです///」
私は、ワインを30本空け、翌日も酩酊していたらしい…歪んだ視界のまま、妻や使用人に怒られたが、
「お父様…無理をして倒れてはなりませんよ?」
…酔いが一気に醒め、溜まった仕事を30分で終わらせた。
「これで文句ないだろう?」
唖然としている妻や部下たちを置いて、メリナを抱き上げようとしたら
「いつまでも子ども扱いしないで下さい!」
と逃げられた…3週間ほど旅に出てリフレッシュする。家に戻ると、家族や使用人、部下や兵士たちにも怒られた。200人以上の人間に代わる代わる怒られるなど珍しい経験だと思った。
陛下に呼び出された。上記の顛末を説明すると。
「お、おう…」と言っていた。宰相も同様だ。それで終わり、何故呼び出した?
「心配させないで下さい…」
唯一怒らなかった娘のその言葉を聞いて、その場に崩れ落ちた。体に力が入らん…何かの病に侵されたのか?
「お父様!!?だれか!!だれか!!!!」
ふむ…私が倒れたら娘と接する時間が増えるようだ。妻にそう報告したら拳を頭に落とされた。解せぬ…
「お父様」「お父様!」「お父様?!」
娘が色々な表情で私を呼ぶ…そして、何かが頬を流れる。涙…?
そこで目が覚めた。現実でも頬が濡れていた…
「そうか…私は…キチンと家族を愛せていたのか…」
その後、私は初めて泣き叫んだ。家族は使用人たちが血相を変えて部屋に駆け込んできた。私を見た妻が涙を流しながら抱き着いてくる。私も妻を抱き返す…
何故メリナは死んだ…そう思い返すと、マリアスが婚約したからだと思い至った。あの時から徐々に体調を崩すことが多くなったからだ。
「メリナはマリアス君の幸せを願っていました。あの子の最後の願いをどうか…」
正式に戦の準備をするように通達を出そうとしたら、妻にそう止められた…
ある日、メリナが通っていた学院で、妙な噂が立っていると耳にした。なんでも「アリナ・ルーティラ」と呼ばれるものが居る。マリアスやその婚約者のトレーター家の令嬢が、彼女を巡って対立しているというものだ。私はすぐに調査を命じた。
「そんな者は居なかった?」
「はい、そのような人物は見られませんでした。しかし、妙なことに、話を聞いたものが皆、そのアリナという人物は確かに存在していると証言しました。ただ、その容姿を問えば、皆、何故か答えられなかったのです…」
私はその奇妙な報告を聞き混乱した。そうしている間に彼らの卒業式…本当ならメリナも卒業する年だ。そして、恐らくその頃には婚約話でも出て、嫁ぎ先に旅立つ時期だったのだろう…
「マリアスが婚約破棄…だと!!」
何故だ!!メリナがあれだけ願っていたのに!!!何故そんなことが出来る!!!私は初めて周りの物に当たった。ただ感情のままに…そして、
「潰してやる…ラプス家もトレーター家も!」
それからはただ復讐のために動いた。我が家の権力を存分に使い、ラプス家に圧力をかけ、まず、トレーター家の再興を不可能にした。罪状は何でもいい、カトリーナと言ったか、ほぼ死罪と同等な奉仕義務を負わせることに成功した。
ラプス家にはあ奴の監視を命じた。
マリアスは精神に異常をきたし、別宅に隔離したようだ。しかし、数日後自害したようだ。部屋は血の海だったらしい。
ラプス家にはそれからも圧力をかけ続けた。間接的にカトリーナにもだ。もうすぐ奉仕義務が終わるというところで、さらに罪をかぶせ、2年から5年に延ばした。未だしぶとく生き残っているようだ…
カトリーナが5年間勤めあげた。そして今は討伐者として活動しているらしい…トレーター家の再興のために動いているようで、1級討伐者になることを目指しているらしい。そんなことはさせん!!
2年をかけて2級まで上がったようだ。未だしぶとく生き残っている。なので、また罪をかぶせる。丁度いい具合に使えそうな者たちが居た。罪状は国家反逆罪だ!
「貴方!!いい加減にしてください!!」
そう言って止めようとする妻を別宅に隔離する。もう少しで終わるんだ。邪魔をしないでくれ…
そして、とうとう奴の希望を全部へし折ってやった。後は犯罪者として追われるのみだ。ハハハハハッ!!!!
さらに追い打ちをかけよう。賞金額も私の私財で破格の金額を用意した。「生死問わず」で新たに依頼を出し、表裏問わず、奴を追うもの達が増えるだろう。
なに?本当に反逆罪か?だと?私がそう言っているんだ。悠長なことをして取り返しのつかないことになったらどうする!!
承認を得られるのは収穫祭が終わった後であろう。犯罪者なのだからすぐに許可を出してもいいだろうに…
目出度い収穫祭の時期が始まった。妻の謹慎を解き、祭りの準備を進める。
「……………」
「そんな顔をするな。もうすぐ全てが終わるだろう。そうしたら息子に全てを任せ、私は隠居する。後は二人で静かに過ごそう…もう…疲れた…」
そして、収穫祭当日。久しぶりに家族全員が揃った。…ここにあと一人いれば良かったが…
そして轟音が響いた。この広場から見える位置で爆発が立て続けに起こっている。
「侯爵様!!お逃げください!!」
私は妻を庇いながら、壇上から降りる。そして、
「ぐおおおおおおおおおっ!!!!!」
「きゃああああぁぁぁ!!!!」
私達は火に包まれる。妻が倒れ、息子たちも倒れる。周りは慌てて火を消そうとしている。
そうか…ここで死ぬのか…私は既にこと切れたサリナを抱き寄せる。
メリナ…皆でそちらに行くぞ…
最後の最後で娘の姿を見た気がした。そして、娘は決して私の目を見ようとせず、姿を消した…
マリアスと違い、権力の有る者が狂って一つの事(復讐)のみに奔走すると、恐らくこうなる。
権力があるため、周りが止めることが出来ず、行くところまで行ってしまう…




