第8話 奥様の願い
「アナスタシス奥様…」
「そうかしこまらなくていいわ」
お嬢様を抱いたまま立ち上がろうとした私を制し、私の腰かけるロッキングチェアに手をかけ、ゆりかごを揺らすようにゆったり左右させる。
「夜も寝れてないのでしょう?いくら夜泣きをしないとはいえ寝るときはそうやって尻尾を離さないのだから…」
奥様は、私の尻尾をよだれまみれにして気持ちよさげに眠るお嬢様を見ながら笑って言った。
常に監視の目があるため、室内の椅子に座ったまま、お嬢様を抱きかかえて眠るのは寝てる間に落としてしまう可能性がある。そのため夜はずっと起きているのだ。
「ご用向きはなんでしょうか?奥様」
シナハメイド長が私の数少ない睡眠時間を思って割って入った。
「労いの言葉と報告よ。それとアリアの顔を見たかったそれだけ。いつもありがとうクレア」
「も、もっ…」
「もったいなきお言葉」と返そうとした私の言葉は奥様の人指し指によって止められた。
「アリアが起きちゃう」
「…はい」
「奥様?報告と言うのは?」
シナハメイド長が奥様に尋ねる。
「もう1つロッキングチェアを買うことにしたわ。室内用に…ね?」
ななな、なんと!この椅子、シナハメイド長から値段は聞いてはいたのですが素材がなかなか貴重で、競争率が高いのも拍車がかかり、それなりにいえ、とんでもなく値段がはる物だとか言われた時には腰が抜けそうになりました。それをもう1つなんて…。
ロッキングチェア2つでチーズを挟んだ白パンいくつ分になるのでしょう…えっとえっと…
金額にしてどれくらいになるのか計算していると奥様はちらりとお嬢様を見て報告を続ける。
「それでクレアの使いやすそうな感じにするために明日職人に来てもらうことになったの」
私とシナハメイド長は目を点にして報告を聞いていた。
私なんかのために特注のロッキングチェアを作る職人が明日来る…と?ある意味恐ろしい…嬉しいけどこれ、夢じゃないですよね?シナハメイド長…。シナハメイド長に目配せして確認しようとして試みると、シナハメイド長は立ったまま呆然としてる。あれは完全に常識を超えてるって顔だ…
「そ、そんなそこまでやっていただかなくとも…」
「すでに前金は払ってるからキャンセルしたら商品の倍額の違約金を払わないといけないのだけれど?」
す、すでに手遅れだった〜!!倍額?!倍額って言うとチーズを挟んだ白パンの数が最終的な数の倍に…ってことは一体いくつ?
助けを求めるようにシナハメイド長に教わっていたアイコンタクトを飛ばすが魂が抜けてるようにも見える。あわてふためく私と魂を飛ばしているシナハメイド長を見て奥様はクスリと笑って言った
「本来あなたに支払う報酬をこうして子守りの環境に回せてるのよ。それにね?」
奥様は右手でお嬢様の頭を、左手で私の頭を撫でる。
「アリアはあなたに依存している。正確にはし過ぎている。悔しいけどね…。それゆえにあなたが体調を崩したり、何かあったら、誰もアリアを泣き止ませることができないわ。そんな事態だけは避けたいの…だから―――」
優しく撫でる手が心地よくまぶたが重くなってくる。そして奥様の声が遠のく…
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