おまけ②「裸の付き合い」
おまけ②【裸の付き合い】
それは、旅の途中での出来事である。
「あれ?」
祥哉がトイレから出てくると、そこに冰熬の姿はなかった。
何処に行ったのだろうかとか、そんな心配をするはずもなく、祥哉は1人で温泉に入る準備をする。
備え付けてある下駄を履いて温泉に向かう。
ここの温泉は24時間営業しているらしく、かといって、すでに夜中の12時を過ぎているため、人の気配はなかった。
夕飯には酒も出ていたし、早めに寝てしまった人も多いだろう。
服を脱いでタオルを持ち、温泉の扉を開けると、外の冷気と湯気が同時に祥哉に襲いかかる。
「っあ~~~」
身体を湯に入れると、自然と漏れてしまった。
すると、どこからか声が聞こえてきた。
「親父くせぇ」
「なんであんたがここにいるんだ」
「俺の勝手だろ。それに、折角温泉があるのに入らねえ奴はいねぇだろ」
「てっきり外に出てるのかと思ったよ」
「こんな寒いのにわざわざ外に出る馬鹿はいねぇだろ」
「あんたなら有り得るかと思って」
「お前なぁ、ここ最近俺の扱い酷ぇよな。俺一応年上だからな」
「一応じゃなくても年上だよ。それに、あんたの扱いなんて最初から酷かったと思うけど」
「まあな。初対面で殺されかけるなんて、人生でそうそうねぇからな」
「ずっと気になってたこと聞いてもいいか?」
「なんだよ改まって。いつもなら無遠慮になんでも聞いてくるじゃねぇか」
「・・・じゃあ聞くけどさ、あんたって、女の影とかないよな」
「はあ?女?」
「え、もしかして、あんたって女に興味ない人?そっちの人?」
「おいおいおいおい、勝手に話しを進めるなよ。男よか女の方が良いに決まってんだろ。そっちとか言うな」
祥哉がちらっと冰熬を見ると、冰熬は濡れたタオルで顔を拭っており、それを頭の上に乗せていた。
両肘を淵に乗せて首を動かしながら、時折大きな欠伸をしている。
「あんたにしても、ちょっと前に会った琴桐って奴にしてもさ、女の気配がまったくないじゃん」
「なんだよお前。おっさんたちの色恋沙汰に興味でもあんのか?」
「そういうわけじゃないけど」
「じゃあなんだよ」
「別に。ただ、普通なら結婚しててもおかしくない年齢だなーと思っただけ」
「したけりゃすればいいし、無理にするものでもねぇだろ。それにな、俺の知り合いの奴で、自分のことを様付けで呼んでくる女がいるらしいが、なんで崇めてんだって話しだよ」
「変な女」
「だろ。まあ、そいつは別に気にしてねぇみてぇだけど。女ってのはなんでああも面倒くせぇんだろうな」
「面倒臭いのは男も同じだと思うけど」
「お前もしかして、惚れてる女でもいるのか」
「いないけどさ。てか、そんな暇があるように見えるわけ?」
「女に惚れるのと暇か暇じゃないかってのは、別問題だろ」
「あんたを見てると説得力ない」
「可愛いとか美人だとか、思わねえわけじゃねえが、頻繁に連絡取りたがったり会いたがったり、歳に似合わねえ服装したり、化粧分厚くしたり、かと思えば部屋が散らかってたり、理解しがたい生き物だな」
「最近じゃあ、男にも多いらしいよ。爪とか肌を綺麗にする男とか、髪の毛やたら気にする男とか、嫉妬深い男とかね。そういう男をどう思うか述べてみよ」
「どんな質問形式だ。てか、髪の毛気にするなんて言ったらお前もだろ」
「俺は気にしてねぇよ。てか、こんな癖っ毛でどこが気にしてるんだよ」
「てっきり毎日セットしてるのかと思ってた。違うんだな。俺は毎日何もしてねぇぞ」
「分かってるよ。そんな無造作な髪の毛、作ってるって言われた方が受け入れ難いから。短いからセットする必要もないし」
「あー、世の中、どうしてこうも俺が生きてる間に色々と変わって行くんだろうな」
「いきなり何」
「こう、なんてーか、小せぇ頃に見てた景色と今見えてる景色と、なんでこうも違うのかって思うんだよ、お前ねぇか?そう言う時」
「違って当然だろ。俺だって小さい頃は抹茶苦手だったけど、大人になって抹茶が好きになったんだ」
「お前何の話してんの。俺吃驚したよ」
「こんなはずじゃなかったんだけどな」
「何が」
「俺は今、こんなところであんたなんかと一緒に風呂なんか入ってるはずじゃなかったって言ったの」
「風呂じゃなくてテレビでも見てる予定だったのか」
「そういうことじゃない。自分が生まれた場所で、ひっそりと地味に畑でもやってるんだと思ってたから。まあ、ひっそりと言えばひっそりなんだろうけど、まさか・・・ああ、まさかだよなぁ」
「なんなんだよさっきから。わざとらしいため息吐きやがって」
「あんたみたいなおっさんと2人で、なんで今湯に浸かってるんだろうって改めて思ったよ」
「お前なぁ、俺のことをおっさんおっさんと言うが、俺よりおっさんの男が何人いると思ってんだ?世界中のおっさんに謝れ。それにお前だっていつかはこんなおっさんになるんだぞ」
「自分で自分のことをおっさんって言う癖に。それに、俺があんたくらいの歳になっても、あんたみたいなおっさんにはならない自信があるよ」
「お前、俺のことどんなおっさんだと思ってるんだ?」
「だらしないやる気ない喰い気はあるおっさん」
「・・・・・・それだけ聞くと、俺ってとんでもなくクソ野郎だな」
「今更気付いたの?俺はとっくに気付いてたよ。あんたみたいなクソなおっさんは、世界中探してもそうそう見つからないだろうから。逆にすごいことだよ」
「まったく褒められた気はしねぇな。俺のことをクソクソ言うが、お前だって、まだ若者にしては俺よりの人間だからな」
「俺があんたよりなわけないだろ」
「いやいや、お前、自分と同じくらいの歳の奴らを見てみろよ。もっとこう、若々しいというか、元気というか、若造っぽいというか。まあ、お前も充分若造なんだが。そういうことじゃなくて・・・」
「あんたに似るなんて最悪だな。俺はもっとおっさんっていってもダンディーなおっさんになれるように頑張るよ」
「お前には無理だな。てか、ダンディーなんて言葉、お前どこで覚えて来たんだ」
「俺もいよいよおっさんの仲間入りってことか。心苦しいよ。信じられない。てか信じたくない。嘘であってほしい。嘘って言ってくれ」
「・・・・・・」
「嘘って言えよ」
「・・・・・・」
「なんで黙ってるんだよ」
「いや、俺は嘘を吐けねえ」
「安心しな。あんたは嘘で作られた人間だ。今更嘘もへったくれもない」
「俺ほど正直な人間はいねぇと思うんだけどなぁ」
「どこが正直なんだよ」
「だらだらしたいとか、怠けたいとか、ずっと寝たいとか、腹減ったとか、暑い寒いだるい面倒臭い、俺正直だろ?」
「・・・正直っていうか、うん、まあ、そうだな」
「さてと」
そう言うと、冰熬は湯から身体を出した。
鍛えているとは思えないが、鍛えているとしか思えない肉体をじーっと見ていると、冰熬は祥哉の視線に気づき、こちらを向いてきた。
「男に裸見せる趣味はねえぞ」
「俺だって見る趣味はない」
「ならいいんだ」
そう言って、まただるそうに歩いて出て行った。
残された祥哉も、そろそろ出ようかとも思ったが、またすぐに冰熬と顔を合わせるのもなんだと思い、もうしばらく湯に浸かることにした。
部屋に戻ると、さっさと冰熬が寝ていたのは、言うまでも無い。
「・・・普通のおっさんだよな」




