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揺蕩  作者: うちょん
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おまけ①「ある暑い夏の日の出来事」


 おまけ①【ある暑い夏の日の出来事】














 「あっちぃ・・・」

 「・・・・・・」

 「あっちぃなぁ・・・」

 「・・・・・・」

 「あああああああああああっちぃよ!」

 「五月蠅いよ」

 「祥哉、お前暑くねぇのか?すげぇ皮膚してんだな。どういうことだ?俺に分けてくれよ」

 「あんた何言ってんだよ。俺だって暑いよ。てか、この家に唯一ある団扇を使ってるくせに文句言わないでほしいね」

 冰熬と祥哉はとある街の古びた家にいた。

 しかし季節が夏とだけあって、文明のものが何もないこの家にあるものといえば、団扇、ただそれだけだ。

 いつもだらけている冰熬だが、この暑さにはお手上げ状態のようで、畳の上に仰向けになって寝転がり、腕まくりをし、足の方もまくって団扇で自分を仰いでいる。

 しかしそれでも滴る汗を拭う事は出来ず、仰ぐと言う行為でさえ自らをも疲労することだと知ると、諦めて団扇を置いた。

 家の中だから日陰があるし、外からは時折風が入ってくるのだが、その風がまた生温いときたものだ。

 「祥哉、お前なんでそんなに涼しい顔してんだよ」

 「涼しくない。めっちゃ暑い」

 冰熬よりも余裕そうに見える祥哉だが、そんな祥哉も額や首筋には汗をかいており、それほど長くはない髪を結っている。

 そんなに暑いなら、洋服を脱げばいいじゃないかと思った人もいるだろうが、それは見苦しいからと冰熬も祥哉も嫌がっている。

 ただでさえ暑苦しい格好をしている冰熬だが、いきなり静かになった。

 そんな状態が数分続いたため、祥哉は冰熬の方を一切見ずに声をかける。

 「死んだか?」

 「このご時世に暑さで死ぬなんざ、死んでも死に切れねえよ」

 そう言うと、冰熬は身体をなんとか起こし、フラフラと歩き出した。

 「・・・どっか行くのか?」

 「ああ。ちょっくら水浴びに行ってくらぁ」

 「水浴びって、あんた子供か。それに、この辺に水浴び出来るような場所あったか?」

 「無けりゃぁ、近くの民家で頼むわ」

 「それは止めとけ」

 いつも履いている靴ではなく、夏らしく雪駄を履くと、この燦々と太陽が照りつける、地面も焦げてしまいそうな暑い日差しの中を出かけて行った。




 「あっちぃ・・・」

 こんなに体力無かったかと思いながら、日陰を選びつつ山の中を散策していた。

 「お」

 そんな時、冰熬の目の前にあったのは、ひっそりとしかし広大に流れ落ちる滝と、その下にある川だった。

 川の傍まで近づいて両膝を曲げ、指先を入れてみると、ひんやりとしてとても気持ち良かった。

 冰熬は雪駄を脱ぎ、膝下くらいまでまくっていたのをそのままに、川の横に腰を置いて足を入れてみる。

 「あー、生き返る」

 自分でも親父臭い声が出たとは思ったが、誰も聞いていないことだし良いとしよう。

 しばらく足をつけて癒されていると、滝の上の方から何か落ちてきて、勢いよく飛沫を作っていた。

 「・・・なんだ?」

 特に助けに行くとか、様子を見に行くとかいったこともなく、冰熬は頬杖をついてぼーっとしていると、どんぶらこどんぶらこと、何かが流れてきた。

 それを見て、ようやく冰熬は腰をあげ、バシャバシャと水をかきわけながら進んで行く。

 「生きてっかー?」

 そこにいたのは、がっちりとした鎧のようなものを着た男だった。

 この辺で戦争なんてあったか、と思いながらも、冰熬はその男を担いで水からあがる。

 適当な場所に寝かせて様子を見ていると、男が意識を取り戻した。

 「お、生きてたか」

 「・・・ここは?」

 「あんちゃん、ここら辺んの奴か?」

 「いえ、戦で、遠方から・・・」

 すると、男はここが敵地だと思い出したのか、いきなり起き上がって冰熬に対峙すると、腰のあたりに手を置く。

 しかしそこに刺さっているはずの剣がなく、男は冰熬との距離を確認しながらも剣を探していた。

 「探し物はこれか?」

 いつの間にか男から奪っていたそれを男に見せると、男は驚いたように目を見開いたが、すぐに諦めのため息を吐いた。

 胡坐をかいてその場に座ると、冰熬に向かってこう言った。

 「首を取れ」

 「あ?」

 「敵地で追い詰められ、武器を取られ、首を取られる以外に道があるとは思えない。ならばここで潔く散ろう」

 「・・・・・・」

 戦をしているとかしていないとか、それは今は良いとして、この男はあまりにも諦めが早いというか、潔いというか。

 冰熬は剣を肩でポンポンと叩きながら男に近づくと、両膝をまげて男を目線の高さを合わせる。

 「俺ぁ人の首取るなんざ、そんな趣味はねぇんだよ」

 「なら、敵に差し出すか」

 「敵って・・・。俺ぁ別にあんたの味方でも敵でもねぇよ。そもそも、このあたりで戦なんぞしてるって知ってれば、家で大人しくしてたんだけどな」

 冰熬は立ちあがると、男に向かって剣を渡した。

 男は剣を受け取ると、腰に収める。

 冰熬はさっさと水際に向かうと、男を手招きしてこちらに呼んだ。

 「今日暑くねぇか?あんたもこっちきて涼めよ」

 水に再び足を入れると、冰熬の背中はガラ空きであったが、男は剣を腰から抜いて地面に置くと、冰熬から少し離れた場所に腰を下ろした。

 「こんな暑い日にまで戦とは、大層なこったな」

 「・・・したくてしてるわけじゃありません」

 「そんなこと言うと、国の裏切り者だって言われんじゃねえか?」

 「逃れられない運命なんです。自分としてではなく、他人として生き続けなければいけない。裏切り者と言われて殺されるなら、そっちの方が良いのかもしれません」

 「・・・・・・良くわかんねぇが、色々あんだな。俺ぁ戦なんざしたことねぇから、あんたの気持の半分も分かってやれねぇだろうさ」

 今もどこかでは戦の真っ最中だというのに、男はふと空を見上げる。

 何を考えているのか、誰を想っているのかは分からないが、その表情はとても穏やかだ。

 「弟がいるんです」

 「・・・・・・」

 「甘えたで生意気で、まだ自分というものを持ってる、まだ未来に希望を持ってる」

 「弟ねぇ・・・」

 「私がまだ生きてる間はなんとかなると思いますけど、もうちょっと大きくなれば、あいつもそのうち戦に出なければならなくなります。そうなったとき、あいつは自分が生まれながらに背負ってしまった運命を受け入れられるのか、それが心配で」

 「弟なんて、心配するだけ無駄だね」

 男の言葉にかぶせてきたのは、冰熬を探しにきた祥哉だった。

 手にはタオルを持っていることから、冰熬が水浴びに行ったのは良いが、どうせ手足を拭くようなものを持って行っていないと思って探しにきたのだろう。

 冰熬にタオルを投げつけると、予備に持ってきたのか、もう1枚のタオルを男に渡した。

 「こいつも弟がいたんだ」

 そう言いながら、冰熬は祥哉が持ってきたタオルを川につけて冷やすと、自分の首元にあてがった。

 それを見て、祥哉に何の為に持ってきたと思っているんだと軽く叩かれた。

 祥哉は冰熬の横、男が座っていない方に腰を下ろすと、襟足をまくりあげて自らの足を水に浸した。

 「本当、弟なんてこっちの心配なんてお構いなしだ。無鉄砲で無計画で、それでいて真っ直ぐに着き進むもんだから、止められもしない」

 「お前も似たようなもんだぞ」

 「小さい頃は少なからず可愛いと思ってた自分を恨みたいくらいだ。でかくなるごとに生意気になるし、口応えするようになるし」

 「まさにお前だな」

 「それに変な男に引っ掛かって、本当に馬鹿な弟だったよ」

 「まさかとは思うが俺か?ていうか、変な言い方するな。引っかけたわけじゃねえからな」

 祥哉の言葉を聞いていた男は、さらさらと流れる川を見つめる。

 とても透き通った川には小魚もいる。

 回りを取り囲む緑の木々は新鮮な空気を送り込んでくれる。

 「・・・どこも似たようなもんですね」

 そう言ってフッと笑う男の顔は、戦をしている人間のものとは思えないほど柔らかい。

 男はゆっくり立ち上がると、置いておいた剣を腰に収める。

 「久しぶりにのんびり出来ました。ありがとうございます」

 「ああ」

 一歩、また一歩と遠ざかって行く男の背中を眺めている祥哉とは逆に、一切見ようとしていなかった冰熬が、流れる川を見つめながら言う。

 「あんちゃんよぉ」

 男は足を止める。

 森を潜り抜けてくる風は冷たいとさえ感じる。

 「また水浴びに来な。今度は、そんな物騒なもん置いてきてよ」

 「・・・ええ、そうさせていただきます」

 それから、どっちが勝ってどっちが負けたのか、冰熬の耳には入ってこなかった。

 いや、聞こうと思えば聞けたのかもしれないが、聞いたからといって何かが変わるわけでもなし、そのままにしておいた。

 濡れた足を拭いて雪駄を履いた冰熬は、家に帰るとまた「暑い暑い」と言い続けた。

 夕方になるとようやく暑さも落ち着いてきて、気付くと冰熬はいつの間にか寝てしまっていた。

 祥哉は麦茶を飲みながら夕飯を作る。

 翌日、冰熬が寝苦しさに起きると、なぜか掛け布団が何枚も重なって自分の上に乗っていた。

 祥哉に問い詰めてはみたものの、目を細めたまま否定を続けたため、冰熬は1枚1枚きちんと畳んで押し入れに入れた。

 「祥哉、俺にも麦・・・」

 「はい冰熬、熱々のお茶だよ」

 「祥哉、出来れば冷たいのを」

 「歳よりは身体冷やさない方がいいもんねー。俺って優しい」

 「祥哉、俺心が冷たい」

 「それは大変だ。焼石で心臓マッサージしてやろうか」

 「・・・いつにも増してキツいな」

 「祥吏のこと思い出したらついね」

 「・・・ごめんなさい」

 「もういいんだよ、過ぎたことだから。どうにもならないことだから。謝って済むことじゃないから」

 しばらく収まらないだろうと分かった冰熬は、ただ黙って祥哉の気が済むまで付き合うのだった。

 「いつになったら気が済むのやら・・・」


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