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揺蕩  作者: うちょん
3/5

漆黒と純白


 人の諸々の愚の第一は他人に完全を求めるというところだ

             坂本 龍馬


















 第三章【漆黒と純白】














 「あいつら手助けに行かないのか?」

 「なんだ?行きたいなら行きゃあいいだろ」

 昼寝をしていた冰熬はようやく起きて、ずっとその横にいた祥哉は、気が気ではなかった。

 会って間も無い間柄とはいえ、彼らをこのまま見捨てると言う事も出来ないでいた。

 冰熬は身体を起こすも、未だダルそうに大きな欠伸をしながら後頭部をがさつにかいている。

 「あんた、今まではこういうことにも多少なりとも関わってきただろ?今回だって、少しくらい手助けしてやってもいいんじゃないか?」

 「・・・好きで関わってきたわけじゃねえよ。それに、あいつらにはあいつらのやり方があんだろ。俺達が手を貸したところで、あいつらの誇りを穢すだけだ」

 「誇りなんてどうだっていいだろ!生きるか死ぬかのときに、そんなこと考える方がどうかしてる!!」

 「あのなぁ」

 徐々にヒートアップしてきた祥哉を宥めようと口を開いた冰熬だったが、その前にこんな会話が聞こえてきた。

 それは、逃げ遅れたのか、それとも逃げなかったのか、とにかく、この国に住む国民のものだった。

 「私達も早く逃げないと!」

 「まさか新月軍がやられるなんて・・・」

 「リーダーが捕まったのを見た人がいるって・・・」

 「そんな!!早く逃げないと、本当に私達・・・!!」

 バタバタと慌ただしく荷物を沢山持って逃げて行く数人の背中が見えた。

 偶然耳にしてしまった冰熬と祥哉は、そこで初めて、レイタたちが捕まったことを知った。

 「捕まったって・・・!!なら、尚更助けに行かないと!!」

 「落ち着け」

 「落ち着けるわけないだろ!!早く助けに行かないと」

 「落ち着け」

 一度目よりも低い声で言われ、祥哉は思わずグッと言葉を飲み込んだ。

 その後何も言わない冰熬に、祥哉は下唇を噛んで堪えていると、それをみた冰熬にため息を吐かれた。




 「御苦労だったわね」

 「いいえ、簡単でしたよ」

 「俺達の敵じゃなかったね」

 「捕まえたのは何人?」

 レイタたちを掴まえたギミルとゾールは、勝利の祝杯をあげていた。

 とはいえ、ジュースにクッキーという子供のような祝杯であるが。

 ビルダが何やらファイルを見ながら、アルベージュに報告をする。

 「捕まえたのは全部で13名です」

 ビルダは次々に名前を読みあげて行く。

 「そして副リーダーのワーカーと、リーダーのレイタ。全13名になります」

 「上々ね」

 満足気に微笑みながらそういうアルベージュは、双子とは違ってワインをビルダに注がせ、それを口に運ぶ。

 頬杖をつきながら未だ外を眺めているアルベージュを他所に、双子は消費カロリーよりも遥かに高いであろう摂取カロリーを口にしていた。

 「新月軍と名乗っていたリーダーだから、どれだけ強いのかと思ってたけど、全然だったね」

 「期待はずれも良いとこだ。リーダーがリーダーなら、下っ端も下っ端だな。良くもまああれで俺達に喧嘩を仕掛けてきたよ」

 「そこだけなら褒めてやりたいね」

 「アルベージュ様に戦いを挑んだ時点で、あいつらの負けは決まってたんだ。潔く諦めてくれれば、俺達だってこんなに体力を消耗することもなかったのに」

 「確かに。けど、楽しくなかったって言ったら嘘になるだろ?」

 「まあね」

 口の周りにクッキーのカスをつけているが、そんなこと気にするような奴らではない。

 こんな立派な城に仕えているとは思えないほど、食べ方は乱雑だしカスのついた指を舐めとるなどの行為は、叱咤されても仕方ないものだ。

 しかし、アルベージュはそれを気にしてはいない。

 なぜなら、あくまでギミルとゾールの役割は新月軍を討伐することにあって、礼儀正しく食事をすることではないからだ。

 リーダーを捕まえたとだけあって、アルベージュは至極満足そうにしている。

 足を組み直し、まだお天道様が燦々と輝いている空を仰ぎ見る。




 「だから!!あいつらを助けに行こうって!」

 「だからなお前、落ち着けって言ってるだろ。はい、深呼吸深呼吸」

 「うるせぇえ!!!あんた、結局は巻き込まれたくないだけなんだな!!見損なったよ!」

 「そりゃ巻き込まれたくねぇよ。当たり前だろ。何の関係もない国に来ていきなり捕まって、それでもお前、この国に思い入れでもあるってのか?」

 「そういうことじゃない!あいつら、死ぬかもしれないんだ!!それを黙って見てる方がおかしいだろ!!」

 「・・・・・・」

 はあ、と深くため息を吐いた冰熬は、しばらく黙って祥哉の言い分を聞いていた。

 いや、ずっと聞いていたのだが、それでも治まらない何かがあるようで、祥哉はまるで1人劇のように演説していた。

 ある程度聞いたところで、とっくに話しなんて聞き流していた冰熬が、ようやく重たい腰をあげる。

 そして、未だ冰熬を説得しようとしている祥哉の頭をペシッと叩くと、祥哉は勢いよく冰熬を睨みつけてくる。

 それはまるで、冰熬に初めて会ったときの目つきのようで。

 「頃合いだ」

 「はあ?」

 そう言うと、スタスタと歩き始めた冰熬の背中をしばらくぼーっと眺めていた祥哉だが、ハッと我に返ると、冰熬の後ろを着いて歩いて行く。

 「何処行くんだ?」

 「お前が行きたがってるところだ」

 「なんだよ、やっと助けに行く気になったのか」

 「馬鹿言うな。助けに行くんじゃねえよ」

 「はあ?じゃあ、何をしに行くんだ?」

 レイタたちを助けに行くとばかり思っていた祥哉は、眉間にシワを寄せて冰熬に尋ねると、冰熬は涼しい顔をして答える。

 「世間話をしに、だ」

 余計に何を言っているか理解出来ないでいた祥哉だが、冰熬のことだから何か考えがあるのだろうと、ただ黙って着いて行く。

 城までの道のりは思っていた以上に近くて、陽が沈むよりも前に辿りついた。

 大きな門の前までくると、冰熬はすうっと腕を伸ばす。

 てっきりインターホンを鳴らすとか、ノックをするのかと思っていた祥哉だが、伸びた冰熬の腕が門を叩くのと同時に、門を吹き飛ばしてしまった。

 「・・・え」

 あっけにとられている祥哉の前で、何事もなかったかのようにして冰熬は声を出した。

 「おじゃましまーす」

 この門だけでも一体幾らするのだろうとか、これじゃまるで、自分達も喧嘩を売っているようだとか、祥哉の中で一瞬だけ巡っていた考えも、すぐに消えていく。

 「あんた、いきなり人ん家の門を壊すってどういうこと?」

 「壊す心算はなかったんだ。あくまでノックをしようとしたら、脆かったんだ。一撃で壊れるとは思ってなかったんだ」

 「一撃って言った時点で壊す心算満々だろ。世間話をしに来た奴がする行動じゃないし」

 「歳取ると嫌だな。力加減ってもんが分からなくなってくるんだな」

 「あんたそれで誤魔化せると思ってる?絶対通じないから。赦してもらえないからな」

 顎に手を当てて首を傾げていた冰熬は、返事のないことを良いことに、勝手に敷地内に足を踏み入れていった。

 止めようと口を開けた祥哉だが、いつものことだから仕方ないかと、冰熬の後を小走りで着いて行く。

 門を潜り抜けてその先にある玄関。

 そこにぶら下がっているノック用のそれに手をかけると、冰熬はまたしても遠慮なしにノックをする。

 ゴンゴンと強い音を発するだけならまだしも、手にかけたそれごと玄関がもぎとれると、冰熬は悪びれた様子もなく放り投げる。

 「壊れやすく作ってあるんだ」

 「いや、あんたそれ言い訳にしては無理がある」

 あくまで壊そうとする意思はなかったという言い分の冰熬に、祥哉ははあ、とため息を吐いた。

 不用心だとか何だとか言っていた冰熬が城の中に足を踏み入れると、そこには男が立っていた。

 身がまえた祥哉とは裏腹に、冰熬は平然とその男にこう告げる。

 「女王様と話させてもらえるかい」

 「・・・どのようなお話で」

 「世間話さ。どうせ暇してんだろ?少しくらい庶民の話を聞いてくれても、バチは当たらねえと思うがな」

 「・・・かしこまりました。では、こちらへどうぞ」

 確かビルダとか言っただろうか。

 ビルダは冰熬が壊してきた玄関や門をちらっと見ていたような気がするが、特にそれに関しては咎めることはなかった。

 その男の後ろを着いていくと、以前捕まった部屋とはまた別の部屋に連れていかれた。

 ビルダはその部屋をノックすると、中からは細く高い声が聞こえてきた。

 中に案内されると、アルベージュの他に2人、同じ顔の男がいた。

 ビルダもドアを閉めるとその付近に立ち、こちらをじっと見ている。

 「何か用かしら」

 「ちょいと暇つぶしに、話しでもどうかと思ってよ」

 「・・・そう」

 祥哉が捕まった時とは、話し方も目つきも異なる冰熬に気付いていながらも、アルベージュはそれさえ面白がっている。

 ギミルとゾールも、冰熬と祥哉の方を気にしながらも、ボリボリとクッキーを食べ続けている。

 「どんなお話から始めましょうか?」




 「新月軍のことでも聞きたいのかしら?」

 「ああ、あいつらのことは今はいい。あんたが考えてる国の在り方、なんて難しいことは聞かねぇから、とりあえず、今の国の状況をどう思ってるのかききたいねぇ」

 「・・・・・・」

 客人に座る場所を用意しないのを見ると、早く帰って欲しいということを示唆しているのだろうか。

 アルベージュは頬杖をついたまま、真っ赤なルージュを輝かせながら、目を細めて艶やかに微笑む。

 「どう思ってるのか、ねぇ・・・。どうも思っていないわ。だってそうでしょ?ここは私の国であって、国民がいなくなろうとも国が国であることに変わりはないわ。私がいる限り、ここは永久なの」

 「あんたがいなくなっても、それは同じことだろ?」

 「なんですって・・・?」

 「あんたがいなくなっても、後継者がいればここは国でいられる。あんたの言い分はそれと同じことだろ?」

 「私がいなくなっても同じこと?そんなこと絶対にさせないわ」

 「じゃあ話題を変えるか」

 「・・・・・・」

 これまで、笑みを浮かべた表情しか見たことがなかったアルベージュが、親指を口元へ持っていくと、軽く噛んだ。

 この会話には口を挟めないと、祥哉はビルダ達にも目を配りながら、冰熬とアルベージュの会話を聞く。

 「あんた、戦争ってもんがどういうことか知ってるか?」

 現在進行形で戦争をしている相手に、なぜそのような質問をするのかと、きっと一番先に思っているのはアルベージュに違いない。

 冰熬のその問いかけに対し、馬鹿にしたように笑いだした。

 「あなた、何を言っているの?戦争なんて植民地を増やすための手段でしょ?それから牙を向けてくる飼い犬に躾をする場、それだけ。他に何があるというの?」

 「そうかい。やっぱりあんた、一国を治めるにはあまりに器が小せぇな」

 「・・・・・・」

 言葉ではなにも語らなかったアルベージュだが、ワイングラスに伸ばした手でグラスを落としてしまったところを見ると、衝撃を与えたことに間違いはない。

 床に散乱してしまった破片や中身に目を向けたものの、すぐに冰熬に目を向け直す。

 一変した空気に気付かなかった者など、この部屋の中には1人だっていないだろう。

 「私の器が小さい?」

 「ああ。御猪口よりも小せぇな」

 「私を侮辱してただで済むと思っているの?この城の中には、あなたたちに味方する人間なんていないのよ?今すぐ捕まえて磔にして、処刑することだって出来るのよ」

 余裕の笑みなんてとっくに消えているアルベージュの顔から滲みでるのは、笑みというよりは嫉妬。

 組んでいた足を何度も組み直しているところを見ると、落ち着きがないのは一目瞭然だ。

 人差し指の爪を自分の口に入れ、甘噛を続けているアルベージュに、冰熬は遠慮なしに口を開く。

 「器が小さいと言われてカチンと来たなら、本当に器が小せぇんだよ。笑いとばせりゃ上等だがな」

 「あなたは私を馬鹿にしてそれで満足なの?それこそ小さい男ね。この国に喧嘩まで売って、たった2人で乗り込んできて、助かると思ってる?」

 「ああ、俺は小せぇ男だ。こんなどうでも良い国に口出しするくれぇな。あんたほどくだらねぇ、私利私欲のためだけに生きてる人間も、少なくはねえからな」

 「私が、くだらない?」

 人生で言われたことのない言葉を次々に冰熬に言われ、アルベージュの顔色は悪くなる一方だ。

 そんなこと気にしていないのか、気付いていないのか、それとも気付いていいながら無視しているのか、冰熬は肩を小刻みに動かして笑っている。

 勢いよくアルベージュは椅子から立ち上がったかと思うと、冰熬に背中を向け、窓から見える景色を眺めて心を静める。

 「生き物ってのは不思議なもんだ。生きるか死ぬかの状況になっても腹は減る。孤独になって寂しくても腹は減る。だが知ってるか?余計な命を削って、無駄にするのは人間くれぇなもんさ」

 「何を一体・・・」

 「獣も蟲も、鳥も魚も、自分が喰う分だけを捕まえる。それは己が生きていくためだ。だが人間はどうだ?沢山殺して沢山捕まえて、それで棄てる。何様だってんだよ。粗末にされた動物はさぞかし恨みで死にきれねぇだろうな」

 「さっきから何の話をしているの?私には何の関係もないことじゃない」

 外を見ていたアルベージュは、腕組をしながらそわそわしている。

 そわそわというよりも、イライラという方が合っているかもしれない。

 「いやなに、あんたたちに殺された新月軍の奴らも、死に切れずにこの世に彷徨ってるかもしれねぇなぁと思ってよ。あんたの性格からすると、これまでにもあんたを恨んで死んだ奴らはごまんといそうだからな」

 「ふふ、恨まれても結構よ。死人に口無し。死んだら終わりよ。恨んでいるとしても、私には指一本触れることなんて出来ないじゃない」

 向けていた背中を窓側にして冰熬の方に身体ごと向けたアルベージュ。

 気付かなかったが、大きく開いたスリットからは、ほどよく肉付きのよい太もももふくらはぎも見えているが、それを見ているのは双子くらいだろう。

 アルベージュの背中越しに見える沈んで行く陽が眩しい。

 「あんた、前国王のことは愛してたのか?」

 「何今更?愛していても愛していなくても、そんなのどうでもいいじゃない。私たちは結ばれたの。それ以上でもそれ以下でもないわ」

 「そういう答え方をするってことは、財産目当てで結婚したと言われても仕方ねぇな。女ってのは怖ぇな。金のためなら、好きでもねぇ男と一緒になれるってか」

 「それは男も同じでしょ?まあ、女を養うくらいの財力は持ってる方が、当然良いわよね?だって、女は男に幸せにしてもらうために生まれてきたのよ?」

 クスッと笑いながらそう答えるアルベージュは、幼さが残る。

 「モンタナ国王は、国民から慕われる国王だったみたいだな」

 「・・・そうみたいね」

 「他人事だな。自分の旦那のことだろ?」

 「あの人、真面目なの。真面目すぎなの。国民のことなんて後回しで、まずは自分のことを優先すればいいのに、自分のことは一番後にするから。私は最後から二番目ってわけ。それじゃあ、私が嫁いだ意味がないじゃない」

 若くて綺麗な女性が嫁いだと、一時期は良く謳われたものだ。

 しかし、アルベージュは本性を見せ始める。

 「嫁いでからすぐに浪費するのはまずいと思って、最初は大人しくしてたけど。国民の為にとか言って、私達の食費や衣類費、装飾品の類も家具も全部全部全部、削って行くもんだから、我慢できなくなっちゃった」

 「それで、殺したのか」

 「・・・何のこと?」

 一瞬、息が止まった気がした。

 冰熬とアルベージュの間だけではないだろう、その違和感。

 ゴクリと無意識に唾を飲み込んでしまったのは、祥哉だけかもしれないが。

 アルベージュは冰熬の方をじっと見つめながらも、目の奥は笑わずに、口元だけで笑みを見せる。

 「モンタナは病死なんてする歳じゃねぇ。ましてや、持病があったならまだしも、そんなもんあったって言う話もねぇ。となると、あんたは黒だ」

 「・・・彼は病死よ。そう公にも発表されたはず。そうよね、ビルダ?」

 ドアの近くに立っているビルダにそう尋ねれば、ビルダは首を縦に動かす。

 それを見ると、満足そうに微笑むアルベージュは、前髪を細く長く白い指でかきあげながら冰熬を見る。

 「まだ何か言う事があるのかしら?」

 「ああ」

 静まり返る部屋でただ1つ、響き渡る冰熬の声。

 「あんた、モンタナが死んですぐ、誰にも顔を見せることもなく火葬したんだってな」

 「それが何?」

 「普通は死人の顔を見せるもんだろ?それに、この辺じゃ火葬は一般的じゃねえ。土葬だ。火葬を急いだ理由は何だ?」

 「ふふ。ただ私は悲しかったのよ。彼が死んでしまって、心苦しかったの。彼の死に顔を見ているだけで、胸が張り裂けそうだったのよ。だから、すぐにでも火葬して彼のことを忘れたかったの・・・。これでいいかしら?」

 「あくまで、悲劇の女王だってことか」

 自分のピンク色の髪の毛をいじっているアルベージュは、冰熬の言葉に妖艶な笑みを浮かべる。

 自分の指で掬った自分の髪を自分の口元に近づけると、そのまま口づける。

 「あなた、はっきり言ったらどうなの?」

 「じゃあ、遠慮なく言わせてもらおうか」

 それまで、話しを聞いているのかいないのか分からないほどにクッキーを貪っていたギミルとゾールは、食べるのを止めた。

 「あんた、モンタナを毒殺しただろ」

 「・・・・・・証拠は?」

 少しの沈黙があった後、冰熬は顎を摩りながら答える。

 「あんたが何の毒物を使ったかは知らねえが、土葬にするとそれがバレるかもしれねぇから火葬にしたんだろ?証拠は一切無くなる」

 「無いってことね」

 「ああ。けどまあ、今ここであんたが殺したことが分かったとしても、あんたを咎める奴は誰もいねぇ。そうだろ?なら、正直に話してくれてもいいと思うがね」

 指先についたクッキーのカスを舐めとりながら、ギミルとゾールは立ちあがると、冰熬と祥哉の方に歩み寄ってきた。

 この時、呑気なことに、双子って本当に見分けがつかないんだな、と思っていたのは祥哉だけかもしれない。

 じりじりと歩み寄ってくる双子を他所に、アルベージュは話し出す。

 「それもそうね」

 「アルベージュ様」

 「黙ってなさい、ビルダ。全部話した後でこいつらを始末すればいいだけの話よ。そうでしょ?」

 「しかし・・・」

 「正直言うとね、その通りよ。モンタナを病死に見せかけたの」

 観念したというよりは、開き直ったという方が正しいだろうか。

 ビルダや双子がいるからと、安心しきっての行動だろう。

 「この私が嫁いでからも、モンタナは倹約を止めなかった。それで嫌になっちゃったのよ。贅沢がしたいの。それだけのために、あんな男に嫁いだって言うのに、冗談じゃないわ。何度もお願いしたのよ?新しい洋服が欲しい。美味しい物が食べたい。綺麗な宝石が欲しい。けど、あいつは全部それを拒否したの。くれたとしても、せいぜい誕生日にくれたぐらい。それも安っぽいものばっかり」

 それだけ不満が溜まっていたのだろうか、アルベージュは次々に文句を並べて行く。

 「ムカついたわ。だから、あいつの料理に毎日毎日、少量の毒を混ぜたわ。何の毒かは知らないけどね。それを美味しそうに食べるあいつを見て、笑いそうになったわ」

 「毒はどこから?」

 「王族専門の医務室から持ってきたの。劇薬って書いてあるやつを選んだのよ。徐々に蝕まれていく自分の身体に気付きもせずに、あいつはそのうち病弱になっていったわ」

 日に日にやつれていくモンタナに、目に涙を溜めて心配そうな声をかければ、大丈夫だと優しく言われた。

 医師がモンタナを診ようとすると、いつもアルベージュが邪魔をした。

 「だって、毒を飲ましてることがバレたら、大変じゃ無い?だから、医者には無理をさせたくないと言って、なんとか引き取ってもらっていたの」

 「計画は上手くいったってわけだ」

 「ええ。長い年月だったわ。あの人の血を引く子供を作らなかったのも、あの人に兄弟がいないことを調べた上で近づいたのも、全部は私が女王に成る為。その為だけに生きてきたといっても過言ではないわ」

 「あんたの怪しい行動に気付く奴もいなかったってわけか」

 「ええ、そうよ。もし私を怪しむ奴がいたなら、それはビルダが処分してくれていたから、私は分からないけど。ねえ?それより、あなたはどうして私がモンタナを殺したって気付いたのかしら?」

 矛先が冰熬に向かうと、今度はアルベージュが質問をする。

 勝ち誇った笑みを浮かべながら冰熬に近づいて行き、冰熬の回りを一周したかと思うと、また椅子の近くに寄る。

 「ただの勘だ」

 「あら、てっきり、何かしら根拠があるのかと思ってたわ。あなたのように私に刃向かってくる男、そうそういないもの」

 「刃向かったわけじゃねえ。俺ぁ俺のやりたいようにやってるだけさ」

 「出来ることなら、このことは内密にしてほしいんだけど、そうはいかないわよね?」

 「ついうっかり、口にしちまうかもしれねぇな」

 互いに挑発するような笑みを浮かべていた冰熬とアルベージュだが、先に視線を逸らしたのはアルベージュだった。

 ビルダ、そしてギミルとゾールの方を見ると、また冰熬を見る。

 「あなた、自分がおかれている状況が分かる?私を散々コケにして、この国の秘密も知って、このまま帰れると思う?」

 「思っちゃいねぇよ。殺気バンバンだしやがって、これで何もされずに帰れる方が奇跡ってもんだ」

 それに対してまたアルベージュがクスクス笑っていたかと思うと、ふと笑っていた目も口元も動きが止まる。

 「どいつもこいつも、私に逆らわずにいれば平和でいられたっていうのに。どうしてこうも上手くいかないのかしらね」

 ボソッと呟いたアルベージュの言葉は、部屋にいた誰もが聞こえただろう。

 いつものアルベージュからでは想像出来ないほどの低い声だったのだが、またすぐにニッコリと微笑むと、声色も戻る。

 「愚かなのね、みんな」

 「・・・自分の愚かさを棚に上げて、良く言うよ」

 「生意気ね」

 「そりゃこっちの台詞だ」

 「もういいわ。あなたとこれ以上話しても無駄よ。時間がもったいないわ」

 「そうかい、残念だ」

 冷たい金属音が聞こえてきたかと思うと、ドアの近くにいるビルダが腰に添えていた剣を抜いたところだった。

 そちらに目を向けていると、ギミルとゾールがこんな会話を始める。

 「どっちやる?」

 「どっちでもいいよ」

 「じゃんけんしようよ」

 さすがに祥哉も身構えるが、冰熬は相変わらず気だるげにしているだけ。

 アルベージュは部屋が汚れないようにとビルダに伝えると、すぐにまた窓の方を見てしまった。

 「失礼ながら、斬らせていただきます」

 「失礼だと思うならやるなっての」

 そう言っている間に、ビルダは冰熬に飛びかかろうとすると、同時に双子のどちらかも襲いかかって行く。

 ビルダの剣を避けると、その先には双子の片割れがおり、冰熬はスレスレでそれをなんとか避ける。

 「ギミル、邪魔をするな」

 「俺ゾールだから」

 「どっちでも良い」

 「良くないし」

 そう言うと、ビルダよりも先にゾールが動き出し、冰熬に何度も拳を当てて行くが、冰熬はそれを掌で受け止めながらも、徐々に後ろに下がって行く。

 それを見て、ビルダはゾールごと斬るくらいの勢いで剣を振るう。

 頭スレスレのところで攻撃をかわすと、ゾールは頭を下げた状態の冰熬を見てニヤリと笑い、かかと落としをする。

 「っぶねぇなぁ」

 「ちっ。いつもなら確実に当たってんだけどなぁ」

 悔しそうに舌打ちをするゾールの横で、ギミルは祥哉と喧嘩をしていた。

 幾ら攻撃をしても一撃も喰らわすことのない祥哉の動きに、ギミルは一旦距離を置く。

 「お前等、何者?俺達の攻撃にここまで耐えられるわけないんだけど」

 「何者って、お前等に言われたくないんだけど。双子に会ったのなんて初めてかもしれない」

 「祥哉、お前初めてじゃねえぞ」

 「え?誰かいた?」

 冰熬が誰のことを言っているのか祥哉には分からなかったが、その名前を聞く前に、ギミルが祥哉を、ゾールが冰熬を攻撃した。

 それを避けながらも、祥哉は話す。

 「双子って、楽しそうだけど俺は嫌だな」

 「なんで?」

 「なんか兄弟よりもより比べられそうだし、自分のこと間違われるって嫌だ。アイデンティティーっての?それが無い感じ」

 「・・・俺はゾールで、ゾールは俺だよ。2人で1人なんだから、間違われてもいいんだよ」

 「良くないだろ。個々の存在がある以上、それは別々のもんだ。身体も心も別々にあるんだから、一緒とは言えない」

 「言える。双子に生まれた時から、それは変わらない。たまに、自分でも分からなくなるときがある。本当に自分なのか。もしかしたら、自分は片割れの方なんじゃないかってね。けど、そんなことどうでもいいんだよ。どっちだとしても、同じことだから」

 祥哉としては納得のいかないことだが、この双子はそれで良いらしく、祥哉がまた何か言おうと口を開くと、すぐさま攻撃を仕掛けてきた。

 避けることを続けていると、ふと、冰熬とゾールが目に入った。

 冰熬は適当にゾールの攻撃を避けていると、その後ろからビルダが剣を抜いているのが見えた。

 そしてその切っ先は明らかに冰熬を狙っていて、それを知っているアルベージュは特に騒ぐこともせず、ただ微笑んでいるだけ。

 なんとかして冰熬に伝えようとしても、祥哉は祥哉でギミルと対面していることもあり、少しでも目線を動かせばやられる、そんな感じだ。

 冰熬のことだからそう簡単にはやられないだろうと思っているが、それでもここはアルベージュたちの城の中。

 敵なら数多くいるだろうが、味方はいない。

 ギミルと何度かの攻防を繰り返しているうちに、ギミルの背後に冰熬たちが見えるという立ち位置に来た。

 その時、丁度冰熬が体勢を崩し、そこにビルダの剣が下りてきたところだった。

 「冰熬!!!」

 つい、叫んでしまったのだ。

 なにしろ、冰熬の首が吹っ飛ぶという、ほぼ有り得ない未来が一瞬だけ見えてしまったから。

 祥哉の叫びと共にその場はシン、と静まり返る。

 「冰熬・・・?」

 ぽつりと呟いたのは、ただ一人、この場の戦いには参加していないアルベージュだった。

 「折角ここまで名乗らずにきたってのに」

 「別にあんたに口止めされてないし」

 「まあ、そうだな」

 冰熬に斬りかかっていたはずのビルダは、なぜか逆に冰熬に顔面を掴まれ、そのまま持ち上げられていた。

 放り投げられることもなく、ビルダをその場に落とすと、ビルダは冰熬のことを睨みつけた。

 さっきまで威勢のよかったギミルとゾールも、なぜだか動きを止めて互いに歩み寄る。

 「冰熬って言わなかった?」

 「言ってた」

 「まさか、あの冰熬?」

 「いや、そんなまさか」

 そんな会話をしている双子を他所に、アルベージュがこちらを向く。

 その目には先程までの勝気なものではなく、不安に揺れたものだった。

 「あなた、今まで隠していたの?」

 「隠してた心算はねぇ。ただ、名乗らずに済むなら名乗りたくねぇと思ってたのは事実だがな」

 ビルダが床に落ちてしまった自分の剣を拾おうとすると、冰熬と目が合った。

 それだけで、身体はビクッと反応してしまうし、武者震いなどとは言えない身体の震えが表れる。

 「面白いじゃん」

 そう言ったのは、双子のどちらかだ。

 「あんたの首を取れば、俺達の名もあがるってことだ。そうとなれば、やるしかないっしょ」

 「当然」

 息の合った双子が、一斉に冰熬に向かって飛びかかる・・・が。

 ガシッと1人は足を、1人は腕を掴まれたかと思うと、それぞれ壁に向かって思い切り放り投げられた。

 意識は失ってないまでも、双子は身体の一部を負傷してしまう。

 それでも負けられないと、何度も冰熬に向かって行く。

 「ギミル・・・ゾール・・・嘘でしょ?」

 息はしているが、はっきりいって使い物にはならない。

 2人をそんな状態にしてしまった冰熬という男は、アルベージュの方に向き直ると、アルベージュは思わず後ずさる。

 「何が望み?あなたもお金が欲しいの?それとも宝石?欲しいものならなんでもあげるわ!だから、私にそれ以上近づかないで!!」

 「・・・腐ってる奴はそう言うんだな」

 「アルベージュ様!」

 アルベージュの前に、剣を構えたビルダが立ちはだかった。

 とはいえ、自分に背中を向けているビルダのことが、これほどまでに弱弱しく、頼りなく思ったことなど今までにない。

 「俺ぁお前らの命が欲しいわけでも、金や宝石が欲しいわけでもねぇよ」

 「なら何!?城が欲しいわけ!?」

 「そんなもん、腹の足しにもなりゃしねぇだろうよ」

 「だったら、何だっていうのよ!?」

 こんなに叫んだアルベージュなど、見た事がない。

 「あんたらに頼みてぇことは、2つだ」

 「2つ・・・?」

 「まず1つは、捕まえた新月軍の奴らを解放することだ」

 「・・・もう1つは?」

 「この国から出て行きな。出て行きたくねぇなら、俺がつまみ出すか、それとも国の為に君臨するか、だ」

 「・・・・・・」




 「出ろ」

 「ビルダ、俺達は処刑でもされるってのか?まだ捕まって日は経ってねぇぞ?」

 地下にある牢屋に向かったビルダは、そこに入っていた数人の男女がいる檻の鍵を開けた。

 そこに捕まっていた男、ワーカーの質問には何も答えず、ビルダはさっさと消えてしまった。

 何だろうと思いながらも、ワーカーたちはそこから出ると、丁度夕陽が地平線に落ちかかるところだった。

 牢屋から出てみると、そこにはアルベージュの姿はなかった。

 鍵を開けたビルダの背中だけが見えるその場所から、ワーカーはビルダに向かって声をかけようとすると、レイタに止められた。

 「何があったか分からねえが、ここから逃げ出していいみたいだな」

 「・・・・・・」

 城の玄関に向かって歩いて行くと、玄関が壊れていることに気付いた。

 誰が壊したのか分からないが、そう簡単には壊れるはずのないものだということだけは分かる。

 その先にある門まで壊されており、ワーカーは口をぽかんと開けていた。

 それから少し歩いたところで、2人の男と会った。

 「お前等、まだいたのか」

 「へたばってなかったんだな」

 「そっちこそ。それより、アルベージュたちどこに行ったか知ってるか?城ん中、ものけのカラだったんだよ」

 「・・・さあ?」

 ふと、祥哉がレイタたち、生き残った新月軍らを見てから、ワーカーに聞いた。

 「ジェイドとか言う男は?」

 「・・・死んだよ」

 「え・・・」

 ギミルとゾールに戦いを挑んだジェイドだったが、地に伏してしまった。

 「ダイナもオリアスもニンヒも、それに、モルスだって・・・!!」

 後ろの方から歩いてきた女性、ソルミは目元を押さえながらそう言った。

 そんな彼らにかける言葉も見つからず、祥哉はただただ顔を下に向けて俯いていた。

 「失ったものは多いかもしれねぇが、それでもてめぇらにゃやらなきゃならねぇことがある」

 「あんたに何が分かるのよ!!私たちはみんな、家族のようにずっと一緒にいたのよ!?それが急に・・・いなくなって!!」

 「泣いてりゃ、そいつらは生き返るのか?」

 「なんですって・・・!?」

 淡々と語る冰熬に、怒りと悲しみのままに殴りかかろうとしたソルミの身体をワーカーが取り押さえる。

 他の新月軍の仲間も、ソルミのように手は出さないまでも、冰熬のことを睨みつけている。

 「生きてる奴には生きてる奴のやるべきことがある。死んでる奴をいつまでも嘆き悲しんでる暇があるなら、何をすれば同じことを繰り返さずに済むのかを考える方が先決だろ」

 「私達だって・・!!」

 ソルミがそこまで言いかけたところで、レイタが掌を向けて制止した。

 そしてなぜか冰熬ではなく祥哉の方を見てこう言った。

 「確かに、俺達にはやるべきことがある。だが、これまで一緒にいた仲間をきちんとした形で葬ってからでないと、それから先のことなんて出来ない。旅人で次の場所に向かえばいいあんたたちとは違うんだ」

 「・・・それは違う」

 「え?」

 レイタの言葉にぽつりと答えたのは、祥哉だ。

 レイタだけでなく、ワーカーもソルミも、それから冰熬も、一瞬にしてみんなの視線は祥哉に集まった。

 「いや、葬ってやりたいってのは、そうだと思う。やってやった方が良い。けど、俺達だって、あんたらが死んで、それに対して何とも思ってないわけじゃない。あんたらがこの国にどういう想いで戦いを挑んだのか、どういう想いで生きてきたのか、多少なりとも分かってる心算だし。けど、それでも、いつまでも引きずっていればいいってものじゃないと思う」

 「・・・・・・」

 「死んだ奴だって、忘れてほしいとは思ってないだろうけど、いつまでも心の重石になってるのは嫌なんじゃないか?ちゃんと葬って手を合わせたら、前に進まないと」

 冰熬はすうっと立ち上がると、スタスタと歩いて行ってしまった。

 いきなり歩き始めた冰熬の後を着いて行こうと、祥哉は慌てて足を動かす。

 その時、背中から声が聞こえてきた。

 「あいつ、もしかして・・・」

 「え?」

 「・・・いや、いいんだ。なんでもない。また何処で会ったら、そん時は名前を教えてくれって言っておいてくれ。あの、“しがない旅人”さんに」

 「・・・ああ。わかった」

 祥哉が走って冰熬の後を着いていくのを見届けると、ワーカーは押さえていたソルミの身体を解放する。

 「レイタ、あいつら一体」

 「礼も言わせずに去って行ったな」

 「・・・陽が沈みきる前に、あいつらを眠らせてやろう」

 「ああ、そうだな」

 それから陽が沈むまでに埋められた仲間の数は、数えるほどしかなかった。

 翌日に持ち越された仲間の遺体も、丁重に葬って花を供える。

 自分達がしたことに意味があったのか、はたして犠牲を伴うべきものだったのか、考えてしまうこともあった。

 それでも、失ってきたもの以上のものをこれから手にしていくのだと信じて、彼らは生きて行くしかないのだ。

 それから、アルベージュがいなくなったことを知ると、次々に国民達が帰ってきた。

 アルベージュがいなくなったことにより、これから先は誰が国王として国を治めていくのかという話になり、真っ先に名があがったのがレイタだったようだ。

 レイタは自分には無理だと言って断っていたようだが、なぜかワーカーが勝手にOKをしていたようで、レイタは国民たちに祝福されながら国を治めることになったようだ。

 「勝手に言いやがって」

 「いいだろ別に。だってお前以外、誰がいるってんだ?国のことを思ってここまでやってきたんだ。これからだって、やっていけるだろ?」

 「そういうことじゃない。お前、この国の経済状況分かってるのか?」

 「知らねぇ」

 はあ、とレイタがため息を吐いていると、そこにソルミがやってきた。

 「私がやるわ」

 「はあ?」

 「あら、言ったことなかった?私の両親、貿易関係の仕事やってたから、私も興味本意で色々教えてもらってたの。少しは役に立つはずよ」

 こんな感じで、国を建てなおすべく、国民も協力して頑張っているようだ。

 「ってさ。新聞にそう書いてある」

 「そうかい」

 「そうだよ。まったく、あんたって本当に国に興味があるのか無いのかわからない」

 「興味ねぇんだよ」

 「興味ない人間は、暴君を追い出すなんてことしないと思うね。それに、その暴君にも情けをかけて、顔がバレてないような田舎を教えてあげるなんて」

 「うるせぇなぁ。俺ぁ眠いんだよ」

 あの国から出て一カ月ほど経った。

 新聞には早くも、アルベージュ女王の退位が報じられており、その後城を担うこととなったレイタのことが載っていた。

 冰熬と祥哉は別の国に向かって放浪しながらも、未だ寝床が決まっていなかった。

 大きな欠伸をしながら歩く冰熬は、後頭部をガシガシとかいている。

 その横で新聞を読みながら歩いている祥哉の手から新聞を取りあげると、ビリビリと破いてしまった。

 「あ。折角買ったのに」

 「さすがにそろそろ野宿は辛ぇなぁ」

 「あんたが弱音吐くなんてな」

 「弱音じゃねえよ。お前も俺くらいになりゃわかるよ。若ぇうちは土の上だろうとコンクリートの上だろうと寝られるかもしれねぇけど、この歳になると身体が辛いんだよ。あちこち痛いんだよ」

 「俺だって身体は痛いし、フカフカベッドでゆっくり寝たいよ」

 「俺ぁ布団派だ」

 「そういうことを言ってんじゃないだろ。ベッドで寝たら布団はきついな。畳の匂いは好きだけど、マットレスくらいないと辛くなってくる」

 「腹減ったなぁ」

 「あんた人の話聞かないな」

 「確か何カ月か前に買った饅頭があったような気が・・・」

 そう言って、冰熬は自分のポケットをごそごそと探しだした。

 横目で軽蔑のまなざしを向けている祥哉は、ふと空を見上げる。

 「今日も良い天気だなぁ」

 なんてそんなことを思っているうちに、冰熬はポケットからすでにぺしゃんこになっている饅頭を取り出し、袋を開けてクンクンと臭いを嗅いでいた。

 消費期限などとっくに切れているであろうそれを口に含むと、冰熬は少しだけ、本当に少しだけにんまりと満足そうに笑った。

 「喰えんの?」

 「死にゃしねぇ」

 「腹壊すなよ」

 「ほれ」

 そう言うと、冰熬はもう1つ入っていた饅頭を祥哉に渡した。

 見た目だけで言うなら、はっきり言って食べる気など起こらないものだが、今の空腹具合から言うと、四の五の言っていられない。

 冰熬から受け取ったそれを一口で全部入れると、頬を大きく膨らませて、まるで冬眠準備のリスのようだ。

 それを見て、冰熬は祥哉の頬を面白がって突いていると、祥哉に思いっきり殴られた。

 殴られた頬を摩りながら歩いていると、遠目に街らしきものがあるのが見えた。

 「お、あそこになんかあるな」

 「今度は平穏な国だといいな」

 「安心しな。多分平穏な国だ」

 「分かるのか?行ったことある国とか?」

 「いや」

 そう言うと、びゅう、と強い風が吹いて、祥哉は思わず目を瞑ってしまった。

 何か冰熬が言ったような気がした祥哉は、目を開けて口を開きかけた。

 「あれ?」

 祥哉が目を開けると、そこに冰熬の姿はなかった。

 すると突然、背後に何かを感じて、祥哉は勢いよく振り返る。

 「何やってんだよ」

 「いや、風が冷たいからお前で凌ごうと思って」

 祥哉よりもでかい身体をしていながら、祥哉の身体に隠れて風から逃れようとしていた冰熬に、祥哉は呆れてため息を漏らす。

 「うー、冷える。さっさと行くか」

 「・・・・・・」

 冰熬の背中を眺めていると、祥哉が着いて来ないことに気付いた冰熬がこちらを見る。

 寒そうに肩を竦め、眉間にシワを寄せながら。

 「あんた、誰かを殺したいほど憎んだことはあるのか?」

 「・・・・・・」

 そよぐ風で、冰熬の短い髪がそれなりにゆらゆらと揺れている。

 2人の間に、これほどまでに気まずい沈黙の空気が流れたことなどあっただろうか。

 ゴクリと唾を飲み込む祥哉に対し、冰熬は柔らかく微笑んだかと思うと、首筋の裏に手を当てる。

 「祥哉よぉ」

 「なんだよ?」

 「人ってのは、時に無情な選択をせざるを得ない時もある。だがな、その選択肢を選んだ瞬間、自分が自分じゃ無くなるんだ。どんな時でもてめぇを見失わねぇ真っ直ぐなもんがありゃあ、いつだってやり直せるんだ」

 「・・・あんたは一体、何を背負ってるんだ?あんたそれを、いつまで自分1人で背負う心算なんだ?」

 冰熬が空を見るのにつられ、祥哉も同じように空を見る。

 五月蠅いほどに照りつける太陽が雲に隠れるが、すぐにまた顔を出す。

 「さて、お日さんが出てるうちに、さっさと行くとするか」

 「おい!」

 「日が出るとまた暑ィな」

 「・・・ったく」

 結局何も聞き出せなかったと、祥哉は冰熬の後ろを着いて行く。

 この先の道のりが例えどんなに険しい道だろうと、泥沼だろうと、剣山だろうと、自分は冰熬に着いていくのだろうと、祥哉は思うのだ。

 本人には絶対に言えないが、祥吏が冰熬を慕っていた理由が、認めたくはないが理解出来ている自分もいる。

 後ろからでも欠伸をしているのが分かる冰熬をちらっと見てから、祥哉はこめかみあたりをぽりぽりとかく。

 「さっきの饅頭、皮が乾燥してた」

 「そんくれぇ我慢しろ。ちったぁ気が紛れただろ」

 「まあそうだけど」

 贅沢は言っていられないとブツブツ祥哉が言っていると、何か視線を感じて冰熬の方を見る。

 「なんだよ」

 「いや、でかくなったなーと思って」

 「いや、ほとんど伸びてないけど」

 「態度がさ」

 「態度って・・・」

 嫌な言い方するなよ、と付け足すと、冰熬はすでにその話を聞いていないようで、「鳥が飛んでる」と言っていた。

 その鳥が飛んで行く様子を見て、祥哉は呆れて笑うしかなかった。

 「まあ、それがあんただよな」


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