第1話 荷運びのプロフェサナー(発音良い)
拙い文ですが宜しくお願い致します。
「かあ~っ! ここも外れかっ! やっぱりヴィスタの話を鵜呑みにするべきじゃなかったか? そういやあの時アイツ酒入ってたもんなぁ…。うぉっ?! 蜂の巣じゃねぇか! 痛っ! ちょっ! 止めッ! あぁ~~!! ヴィスタのバカ野郎ぉぉっ!!!」
『慈しみの森』と呼ばれる広大な森林地帯の中心部で、悲惨な目に遭いながら叫んでいる『マルクス』は冒険者だ。御歳38。
幼少を貧乏な小村で過ごした彼は、出世して毎日腹一杯になるまで飯が食いたい一心で村を出て、今では冒険者としてそこそこの知名度を誇っていた。
あるときはCランクの魔物であるオーガの集落の殲滅…の際の荷運び。
またあるときはSランクの魔物であるレッドドラゴンの討伐…の際の冒険者達の荷運び。
そしてまたあるときは、彼の住まう『アザリアの街』付近で発生したスタンピードへ対応する為の街の防衛戦…へ参加する高ランク冒険者達の軽い怪我の応急処置、及び荷運び。
そう、マルクスには恐ろしいほどに戦闘のセンスがなかった。間もなく冒険者歴20年となる彼だが、Gから始まり最高のSまである冒険者ランクは、未だにDに留まっている。
というのもCランク以上に上がる為には対人戦が必須となっており、試しに一度だけ受けた昇格試験の模擬戦では、開始と同時に対戦相手へと駆け出し「気合一閃! 木の葉落とし!」と叫びながら振り抜いた木刀で、自身の左足の脛を殴打し倒れ込み、開始4秒で降参するという奇跡を起こした程だった。その悲惨な有り様は、冒険者ギルド内で今でも語り草となっている。
その為マルクスは約20年間、達成金単価の低い雑用仕事や採取依頼だけをひたすらに、しかし確実にこなし、彼自身の持つ表裏のないさっぱりとした性格も手伝って、討伐や護衛以外の依頼では抜きん出た信用を獲得している。
事実、彼のお陰で不人気で滞りやすい低ランク依頼が残らず片付いていた。ギルド側としても戦闘で一切役に立たないとは言え、腐ることなく毎日雑用を引き受けるマルクスを軽んじる職員は少なくなっていた。
周りの冒険者からは雑用しか出来ない無能、荷運びのプロフェッショナルとして認知されているが、マルクス自身満足に飯を食える今の環境に不満を感じていない。嘲笑や侮辱と引き換えに腹を満たせるならいくらでも罵ってくれと思っている。それどころか荷運びのプロフェッショナルという認識に関しては全面的に認め、ギルドの依頼が薄い日等は自分から周囲の冒険者に声を掛け、荷運び担当の重要性を説き、積極的に売り込んでさえいた。
ただ稀に、「木の葉落としのマルクス」という二つ名で呼ばれた時だけは、彼は抵抗なく膝から崩れ落ちるのだった。
「ったくよぉ、いくら俺が荷運びのプロってもよぉ、お参りのお供え物届けさせんのはどうなのよっ! 場所も定かじゃねぇって正気の沙汰じゃねぇぞ…。ハァ~…、まぁ前金で依頼料はもらっちまってるしな。文句ばっか言ってらんーー痛ッ! 蜂ぃこの野郎! 服ん中入んのは反則だろうがぁっ! 痛ッ! ちょやめっ! 痛ッ!」
彼が現在、身体中を蜂に刺されながらも必死に森の中を探索しているのは、二日ほど前に冒険者仲間であるヴィスタから受けた依頼によるものだった。
ヴィスタは20歳を過ぎたばかりの青年だが実力は確かで、既にBランク冒険者として魔物討伐依頼の第一線で活躍する期待の新星である。
歳は親子程離れた二人だが何故か相性が良く、週に一度は飲みに出掛ける仲だ。
この日もいつも通りギルドに併設された酒場に繰り出して馬鹿話に華を咲かせていたところ、突然ヴィスタが依頼の話を切り出した。
「『慈しみの森』のどこかに、生命神ラロッカ様を奉る祠があるらしいんだ。そこはどうやら聖域指定されているらしくて、血の臭いの染み付いた冒険者みたいな存在は辿り着けないらしいんだ。その点、マルクっちゃんなら、プッ、血の臭いなんてのとはプフッ、無縁だろうしプフフフフッ!」
「おう、まぁお前が俺を馬鹿にしてることだけは分かったぜ。いっそ思い切り笑ってくれた方が俺の為だって気付いてるか? あと、マルクっちゃんって止めろ」
ヴィスタの容姿は控え目に言って美形だ。肩口で刈り揃えられた白に近い金髪に整った顔立ち。笑いを堪えているせいで顔中の筋肉を小刻みに揺らしながらもその美しさは損なわれていない。
「マルクっちゃんはマルクっちゃんだよ! でもそうだな。本当に嫌なら、木の葉落とーー」
「そう俺はマルクっちゃんだ。すげぇ愛着あるからよ、これからもどんどんマルクっちゃんって呼んでくれよ。うん、いやホントマジで」
「ブフフーーーッ!! 討伐依頼の経験無しでDランクなのに二つ名って…! しかも割かしマトモな二つ名…!」
「おい本当にもう帰っていいか? 不思議なんだけどよ、3日はベッドから出たくねぇんだ。それに届け先もハッキリ分かんねぇ配達依頼なんて受けるわけねぇだろ?」
「ごめんごめん! そんな怒んないでよ! 祠に辿り着くのは難しくないらしいんだ。穢れのない身体に同じ魂で森の中心部辺りまで進んで、ラロッカ様に祈りを捧げると導かれる…らしいよ」
「最後曖昧かよ。ラロッカ様ラロッカ様って言うけどよ、俺は別に神なんか崇めてないぜ? とてもじゃないが辿り着ける気がしねぇよ」
首を縦に振らないマルクスに向け、ヴィスタは突然真剣な声音になり、剣呑とも取れるような表情で話を続けた。
「…妹が病気なんだ。このままだと3日と保たないかもしれない。医者や教会にも見せたけどお手上げなんだって」
ヴィスタは辛そうに、それ以上に悔しそうにギリッと歯を食い縛る。
「生命神ラロッカ様は、供え物の対価として願いを叶えてくれる…らしい。正直おとぎ話レベルだし、自分でも馬鹿なことを言ってるって思う。でも、もうそれぐらいしか出来ることがないんだ。何度も森へ行ったけど僕じゃ祠へは辿り着けなかった。…マルクスどうか、どうかこの供え物をラロッカ様に届けてくれないか。そして妹の病気の完治をお願いして欲しい。頼む! この通りだ!」
拳大程の布袋を取り出しながらテーブルに頭を打ち付け、悲痛な叫びでもって懇願するヴィスタ。酒場は食事時ということもあって混雑している為、他の利用客の視線が一斉に二人のテーブルへと集まった。
「ねぇ、あのおじさんヴィスタさんに頭下げさせてるよ?」
「うわぁ最低だね。劣化ポーションみたいな顔してさ」
「しかもあれ『木の葉落としのマルーー』」
「その依頼受けました! だからヴィスタ、顔を上げてくれ! ホント頼む! あと劣化ポーションみたいな顔ってなんだコラッ! こちとら原液濃縮タイプだわ!」
突然ヴィスタに頭を下げられたことと、周囲から罵倒されたことに焦り、思わず依頼を受諾してしまった上に『劣化ポーションみたいな顔』に対しても良く分からない訂正を行ってしまったマルクス。背中はもちろん泣いていた。
「ヴィスタの話によると魔物はいねぇらしいから、それがまだ救いだな…。しっかしアイツに妹がいたとはな。今まで全く知らなかったぜ。アイツの妹ってことはさぞかし美人さんなんだろうな。まぁ女に縁がない俺には関係ない話だな…っと、また祠かよ。もう5個目だぞ?」
早朝から開始した祠の探索であったが、マルクスの言葉通り、既に複数箇所発見していた。しかしどの祠にも何ら変わった所はなく、どこかに本物があるはずだと信じて探索を続けていた。
実はマルクスの前に現れた祠は全て同一の物であり、何なら探索開始5分程で聖域内に辿り着いていたマルクスだったが、それに気付かずに、ただ足を棒にする作業としての歩行を繰り返しているのだった。
そんなマルクスに流石の生命神も同情したのか、辺りに変化が訪れる。
木々がざわめき陽光が遮断され、先程発見した5個目(とマルクスが思っている)の祠が青い光に包まれた。その光は神聖さを纏い、所々劣化のあった祠が急速に修復されていく。
それは神の奇跡と言うに相応しい神秘的な光景で、見たものがあれば思わず跪き、打たれた胸でもって過去の過ちを懺悔するであろうものだった。
見たものがあれば、の話だが。
祠に異変が起きている時、マルクスは本物(?)の祠を探すため、既に背を向けて歩き出していた。周囲の異変については「あれ? これ嵐が来るんか?」くらいにしか考えていなかった。
ズンズンと5個目(とマルクスが思っている)の祠から遠ざかるマルクスに、唐突に声が掛けられた。
「迷い子よ、あなたは何を求めますか?」
「ぇんゃっ?!」
勿論跳び跳ねるマルクス。声のした方へと振り返ると、祠の前に人型の黒い靄が渦巻いていた。マルクスは即座に魔物と判断し、念の為帯刀していたショートソードを抜き放ち、黒い靄へ向かって駆け出す。
「落ち着きなさい迷い子よ。私は生命神ラローー」
「気合一閃! 木の葉落とし! ぎゃぁあああッ!」
マルクスの放った『木の葉落とし』は靄に届かなかったどころか、勢い余って自身の左足のふくらはぎを突き刺した。
激痛の余りのたうち回るマルクス。恥も外聞もなく泣き叫ぶマルクス。場合によっては失禁も厭わないマルクス。冒険者歴20年のDランク冒険者の全てがここに集約されていた。
「フッ…フフフッ…! アハハハハハハッ! ちょっと待って下さいっ! ブフフッ! あなた、いきなり走ってきて何してるのですか?! アハハハハッ! 気合一閃で自爆って…こ、こ、木の葉落としって…ブフフーッ! も、もう駄目です…お腹痛い…!」
眼前で醜態を見せ付けられた黒い靄は、震えるように小刻みに揺れながら笑い声を上げる。霞んだり、縮んだり、声が聞こえなくても笑っているのが分かる動きだった。
「痛い痛い痛い痛い痛いッ! だ、誰か、助けてくれぇぇ~~ッ!」
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ! し、死んでしまいます! ちょっともう勘弁してくだ…アハハハハハハッ!」
神聖であるはずの聖域内に、場にそぐわない混沌が漂っていた。
不定期ですが、最低週に2度は更新出来るようにしたいです(願望)