貸し借り
楓は非常に困っていた。
理由は3日前に起きたバレーボール顔面直撃事故。
目を覚ましてから病院で検査を受け、丁度金曜だったので土、日とのんびり休み、通常通り登校する楓の目の前には見慣れた2人の後ろ姿。
心配してメールをくれた友人たちは皆一様にその時の事を詳しく教えてくれたが、全員「火狩が運んでくれた」と口を揃えた。
「(何でよりによってあの馬鹿男が…)」
助けてもらった礼は言わなければならない。
が、素直にあの天敵に礼を言うのはプライドが許さない。
だがしかし、人として礼を言うのは当然で…以下略。
「(とりあえずまずは挨拶…!
草田君もいるしいつもみたいに…!!)」
覚悟を決め、2人に近付き「おはよう」と声をかける。
「おーっす」
「おはよう水森さん。
頬の怪我大丈夫?」
「うん!
もう痛みもないから!
心配してくれてありがとう草田君!」
「はいはい、相変わらず無視っスかボケ女」
「…おはよう馬鹿男」
「お、おお、何や調子狂うな…」
それはこちらの台詞だ。
何故、お互い嫌い合っているはずの昶が態々楓を助けたのか。
ずっと考えていても、その答えは未だ出ない。
「…ちょっと話あるんだけど」
「は?俺に?お前が?」
昶が目を丸くする。
「お前何企んどんねん?」
「草田君ごめん、ちょっと火狩借りて良い?」
「ああ、うん勿論」
「無視か!」
それじゃ昶また後で、と手を上げる真と別れ、2人は購買へ。
朝の早い内は買いに来る生徒も少なく、普段は気の良い購買のおばちゃんが欠伸を必死に噛み殺していた。
「――――…で?何やねん話って」
「…アンタ、この中でどれが一番好き?」
楓が指差す先には、数種類の冷えたパックジュース。
「あ?あー…フルーツオレ?」
「…似合わない」
「聞こえとんねんしばくぞ」
聞かれたから答えただけなのに理不尽だ。
昶の文句を聞き流し、選んだパックジュースとペットボトルのミルクティーを購入する。
ん、とパックジュースを差し出せば、昶はは?と間抜けな顔を晒した。
「…この前の借りは返したから」
「借り…
ああ、あれか。
別にえぇのに」
「私がアンタに借り作ったままとか嫌なだけよ」
「さようですか…。
けど丁度良かった。
俺もお前に話あってん」
「早めに終わらせてよ。
そろそろチャイム鳴るし」
「分かっとるっちゅーねん。
金曜日、お前が早退した後に文化祭委員の集まりがあったんやけど」
「私が騙されてアンタが自業自得だったあれね」
「…そうやけどはっきり言うなや…。
そん時に、今日も集まれ言われてな。
放課後、会議室に集合。
そんで…」
ふと、昶が楓の目を真っすぐ見つめる。
「…何よ」
「いや、やっぱ放課後話すわ。
今は無理な気しかせんし…」
最後の言葉は、小さくて聞き取れなかった。
「ほな、そういう事やから。
これ、おおきに」
「…アイツ、あんな真剣な顔も出来るのね」
去っていく後ろ姿に、ポツリと呟いた。