その感情の名は、
「――――大丈夫だとは思うけど、目が覚めたら念のために病院に連れて行くわ」
養護教諭の言葉にホッと昶が息をつく。
痛々しい程に白く大きな湿布を頬に貼られた楓は手当てを受けた後、保健室の奥のベッドに寝かされてそのままだ。
「運んでくれてありがとう。
後は私が看ておくから、火狩君は授業に戻りなさい」
「あ、コイツ目覚ますまでで良いんでちょっとだけ待ってて良いスか」
「あら」
「…何スかそんなニヤニヤして」
「いやいや、青春だなあって思って」
面白そうに笑う養護教諭は「よし!」と手を叩いた。
「じゃあこの授業が終わるまでね。
後、水森さんが寝てるからって、うるさくしたり変な事しないように」
「俺そんな事するような悪い子に見えます?」
「少なくとも普段の水森さんとの喧嘩を見てればね」
「いや、あれはアイツが突っかかってくるからやし…」
「はいはい。
分かったから大人しくしてなさい」
養護教諭がクスクス笑った。
「――――…………」
言われた通り、大人しくベッドの横に座る昶。
念のためにカーテンは開けられたままだが、それも必要ないのではと思う程に昶は身動き一つしない。
まるで主人に怒られてしょげる忠犬のようだ。
「火狩君さ、何で倒れた水森さんをここまで連れて来てくれたの?」
書類に目を通しながら尋ねる。
「へ?」
「体育館で倒れたなら教科担当の先生に頼めば良いでしょう?
それに、水森さんは草田君と仲が良いから彼が連れて来てもおかしくないし。
なのに何でいつも喧嘩してる火狩君が運んで来たのかなあって」
「そんなん…仲悪いからって怪我した奴放っとく方が嫌やし。
理由なんかそんなもんス」
嘘だ。
怪我したのが楓だったからあれだけ焦ったし、無事だと聞いて心底ホッとした。
すぐ駆け寄れたのだって、楓が真を見ていたのと同じように自分も楓の事を見ていたから。
「(はよ起きろや…
お前がおらんとつまらんねん…)」
いつからだとか、何がきっかけだとか、そんな事良く覚えていない。
けれど、彼女と話す時、喧嘩する時、そんな些細な事が楽しいと思ってしまうなら、
「……ん……」
「お、先生ー水森目覚ましたでー。
…大丈夫かいな。
ボールが顔面に当たったんやて。
またボケーッとしとったんやろ」
「コラ、起きたばっかの子にそんな事言わないの」
その感情は正しく、恋なのだろう。