気になる相手
アイツは俺の、憧れだった。
「真、昼飯行くで」
小さい頃に大阪から引っ越してきてもう十年。
こっちの地域ではこの独特の訛りは怖いと感じられるらしい。
そのせいか元々の目付きの悪さのせいか、入学して2週間程たっても俺が話すのは幼馴染みの真だけだった。
人当たりの良い真は既にクラスの中心人物となっているというのに。
「あ、僕このノートだけ職員室に提出してくるよ。
すぐに追い付くから先に食堂行っててくれる?」
場所だけ確保しとく、と真に声をかけ、俺たちは教室の前で別れた。
途端にひそひそと囁かれ始める俺への「恐れ」の言葉。
「火狩君てやっぱり怖いよね…」
「髪赤いし喧嘩とかもしてそう…」
「アイツの目、絶対何人かやってる目だよな」
外見なんて今更変えられない。
突き放すように聞こえる関西弁は慣れない標準語より使いやすい。
話さなければ本当の事は分かってもらえない。
けど、それすら聞いてもらえなくて、俺は伝えようとする努力を止めた。
「(先に真の分も注文しとくか…)」
メール画面を開いた携帯に目をやりながら廊下の角を曲がったその時だった。
「わっ」
ぶつかった相手は背中辺りまでの青にも黒にも見える髪の女子。
何か言いかけようとして俺の顔を見た瞬間、口を噤んでしまったそいつに、ああまたかとうんさりする。
もうどうでも良い。
「痛いねん、ちゃんと前見て歩け」
悔しかったら言い返してみろ。
どうせ何も言えねぇくせに。
「はあ?
そっちがぶつかってきたんでしょ?
私が悪いみたいな言い方しないでくれる?」
親と真、真の両親以外で普通に話しかけて来た人間は、久しぶりだった。
「行こう」
一緒にいた友人に声をかけて歩き出す彼女。
行ってしまう。
「なあ、」
お前の名前は?
そう聞こうとして、けれどその前に彼女はまたぶつかった。
「(今度は尻餅までついとるし…)」
「ごめん、大丈夫」
二度目の相手は俺の幼馴染みである真だった。
俺とは違ってすぐに自分のせいだと謝って手を差し出すあたり、流石真だ。
誰にでも優しく出来るところとか、自分よりも他人を優先するところとか、昔から真は俺の憧れだった。
「あ、えっと、大丈夫!
転んじゃっただけだから!」
…ん?
「そう?なら良かった。
僕は草田真。
こっちは親友の火狩昶」
「私、水森楓です」
んんん?
何か俺相手の時と態度が違うような態度が違うような…
まさかコイツ、真の事!?
「(って、別に俺関係ないし!
ちょっと珍しいタイプの女やったから気になっただけやし!!)」
けれど、そんなおかしな縁がまさか2年目3年目と続き、俺と水森が校内一険悪な犬猿コンビとして有名になるなど、そのときの俺はこれっぽっちも想像していなかった。