妻の言葉(その1)
家に帰った。
・・・全く何の違いもなさそうに見える。
ちょっとドキドキしながら玄関のドアを開け、「ただいま」と声をかけると、奥の台所の方から「おかえり~」と妻の声があった。
島村の言うとおり、現代には影響は出ていないようだ。
安心した俺はいつもどおり服を着替え、りびんぐのソファーに座った。
妻が俺にコーヒーを入れてくれた。
「どうしたの?」
「え?」
「なんだか、朝と雰囲気が違うわよ」
「そう?別に変わったことはなかったけどな」
・・・・・本当は変わったことだらけで大変な1日(60年)であった。
さすがにそんなことを妻に言うわけにいかない。
島村や近藤から口止めされている訳ではないが、「戦国時代へ行って世界征服してきた」なんて話を誰も信じるはずがない。
たまたま俺と同じ名前だというだけである。
・・ま、寝るときにでも妻に話してみるかな・・。
そんなことを思いながら食事や風呂を済ませ、寝る用意をした。
妻と並んで布団に入った俺は、妻に今日の出来事を簡単に話した。
・・・もちろんそのままではなく、「仕事でゲームのテストプレイ中、眠ってしまい、戦国時代で世界征服する夢を見た」と言った。
妻は笑いながら聞いてくれた・・・・・が、その後こう言った
「地球に残れるようになったのね」
「え?」
俺は妻の口からそんな言葉が出てくるとは思わず驚いた。
「この前、あなたが私達が会った頃の話をしてた時から気づいてたの。未来の人間と関わっているって」
「な、なんでお前がそんなことを知っているんだ?」
今の俺はかなり動揺している。
つい先ほどまでの睡魔がどこかに消えてしまった。
「私もそろそろ本当のことを話さないといけないと思っていたの。」
妻は布団の中で天井を見ながら俺に話し始めた。
妻の子供の頃の話を・・・・。
妻が生まれたのは今から65年後の日本。
すでに大気汚染が進み、地下の居住空間で生まれた。
水も空気も地上のものは一切口にすることが出来ず、全て人間が合成して作り出していた。
もはやゲージで飼われたモルモットとどのような違いがあるのか分からない状態だった。
15歳のときに地球を出ることとなり、火星へ移住するか、それ以外の選択を迫られた。
このとき、母親が働いていた研究所で、現在の転送機の原型となる装置が試作品ながら完成した。
この装置を使えば、別の場所に設定されている装置まで数秒で中にいる者が転送される。
表向きは、あくまでも離れた場所へ移動できる、「テレポート」だけの機械として発表された。
しかし、母の上司である博士が開発したのは、時間をも移動することが出来る機能、「タイムマシン」も兼ね備えたものであった。
この頃、父親は地下の居住空間の一部を使って、地上から絶滅寸前のところを移し変えた花を集め、栽培していたが、生活は苦しく、火星で栽培スペースを確保出来るようなお金は用意することが出来そうになかった。
そこで、母は博士に頼み、時間転送機能を使用して、家族3人を過去へ転送する実験台となることになった。
理論上は成功しており、動物や植物は転送したものの、成功したのかどうかは全く分からなかったので、博士は反対したが、火星に行くよりも、過去の地球へ父が大切にしている花と共に移り住み、生活して行くほうが、火星で生活するよりもよいと判断したのである。
そして、18歳のとき、転送機による時間転送が行われ、3人は日本へ転送された。
転送後、父が栽培していた花を元に花屋を開店し、生活を始めた。
しかし、その3年後、母が死亡した。
問題はそこで発覚した。
母の死因は、転送機を使用した際の電磁波によるものであることが分かった。
つまり、父も妻も同じ電磁波を浴びており、遅かれ早かれその影響による死が迫っている。
そんな恐怖におびえながら、父と共に花屋を営みながら生活していた時、俺と出会った。
・・・妻の話を聞いて俺は驚いた。
しかし、妻を責める気にはなれなかった。
正直、出会った頃の俺がそんな話をされても絶対に信じることは出来なかっただろう。
今、こうして未来商事で働くようになって初めて現実を目の当たりにして、ようやく信じることが出来る話だった。
妻の話では、その後おそらく博士が他の人にも時間転送のことを発表し、妻の家族以外の人たちも過去へと移住して行ったということであった。
電磁波の問題は当初から分かっていたらしいので、博士を中心に問題を改良した転送機を使用して・・・。
・・・真やマイク、有紀もそうして戦国時代へと旅立ち、俺と出会ったのか・・・・。
・・・未来の話を彼らとは全くしなかった。
それが今とても悔やまれる。
確かに妻も義父も、出会った頃から体も弱く病気がちであった。
今でも妻はよく寝込むことがある。
俺は若い頃から苦労していたから無理をして体を壊したのだろうと思っていた。
・・・・。
・・・・。
俺は、
今まで
何も疑問に思わずに
一緒にいたのか。
情けない。
・・・何故か分からないが、涙が止まらない。
妻は話し終えて少ししてから寝てしまったのだろう。
小さな寝息が聞こえてくる。
これも体が弱いからだと思っていた。
義父も3年前から入院しており、もう時間の問題だと言われている。
義父も妻も未来では体も丈夫だったので、なんとか今までもっているようだ。
母親は、未来でも体が弱かったらしい。
だから電磁波の影響で数年で亡くなってしまったのだろう。
俺は布団の中で考え始めた。
今、
俺に出来る、
最善の方法は何か
を・・・・・。
翌朝、俺は会社へ行くと同時に、島村に妻から聞いた話をした。
この話には、島村も近藤も驚いていた。
「君の奥さんの名前は?」
「洋子です」
「未来での名前を教えてくれ、その名前は多分、過去へ行く際、事前に用意した名前だと思うから。」
「どういうことですか?」
「つまりだね、戦国時代ならともかく、この時代の日本へいきなりきても、戸籍も住民票もなければ普通に生活は出来ないんだ。だから未来でこの時代の戸籍を調べ、身寄りがなく、行方不明となった、浮いた戸籍や住民票を見つけ出し、その人になりすまして生活しているんだよ」
「今日帰ってから聞いてみます。」
「ああ、頼むよ、我々の仕事は現代に暮らす未来人の把握も含まれているからね。」
「・・・・もしかしたら、課長も未来で妻のことを知っているかも知れないですね。」
「たしかにそうだね、私も火星に移住する前に地上から絶滅寸前の花を集めている人の話を聞いたことがあるよ。実際にあったことはないと思うがね。」
俺は思った。
・・・・広いようで狭いのは、今も昔も、・・・・そして未来も変わらないんだな。
「それで、先ほどのお願いなんですが。」
「ああ、本社へ稟議にかけてみるよ。この話は君の個人的な話で終わらないことだから、前向きに検討すると思うよ」
「よろしくお願いします。」
「それじゃあ、仕事にかかってもらおうか」
「はい、今日は何を?」
「偶然かもしれないが、今回は花の調達だよ。未来には花が不足しているからね。」
「わかりました。」
花屋を回り、妻から許可を貰って義父の店の奥にある種を少し分けてもらって会社へ持ち帰った。
近藤が順番に未来へ搬出して行った。
・・・・未来でも花がたくさん咲いている風景はいやなものではない。
火星でも地球でも、きれいな花に囲まれた星であって欲しい。
そんなことを思いながら、搬出される花を見ていた。
「山本君、本社から連絡が来たよ」
島村が俺に声をかけてきた。
本社からの回答は
転送機を開発した人物の父親に会い、ある装置を手渡すこと
・・・・だった。
「この装置を転送機を開発した人物の父親に渡せば、電磁波の問題は改善されるそうだ」
「じゃあ、それで妻も両親も助かるかもしれないんですね」
「・・・残念だがそんな簡単な問題ではない」
「え・・・・?」
島村は遠い目をしながら俺に話した。
「それだけで問題は改善されないよ。こういったことを繰り返していかないといけない」
島村の説明では、
一度に大きな変化を起こすと、未来での影響が大きくなりすぎて修正が困難となることから、大きな影響がでないことを繰り返して行わないと目的を達成できない。
というものであった。
俺と近藤が戦国時代で正解征服を成し遂げた件については、事前に計画してあったことであり、戦国時代という500年近く前のことであれば、修正の余地が多分にあるものの、現代でそれを行えば、あまり時間がないことから修正も追いつかず、最悪人類が絶滅する危険性もあるということであった。
「とにかく、明日、打ち合わせをしよう。」
そう言ってこの日の仕事を終えた俺は家に帰った。
家に帰り、子供が寝た後で妻に今日のことを話した。
妻は驚きもせずに言った。
「多分、それは無理だと思う。」
「なんで?」
「博士ののことははよく分かっていないらしいの。その人の父親を探すなんて無理だわ」
「でも、可能性がないわけじゃない」
「・・・・」
妻は疲れたのか、話の途中であったのに寝息をたてていた。
・・・最近妻が寝るのが早くなっている。
妻の寿命も限界に近づいているのだろう。
俺は眠る妻を見ながら、明日のことを考えていた。
とにかく、出来るだけのことはやってみよう。
折角解決の糸口が見つかったのだから。
折角見つかった糸を簡単に手放すわけにはいかない。
長い間義父にも会っていない。
この際だから久しぶりに見舞いに行き、義父からも何か手がかりになるものがないか聞いてみよう。
そんなことを考えているうちに俺も眠ってしまった。
夢を見た。
俺が近藤や、他の見知らぬ者と一緒にRPGの世界でドラゴンや魔物と戦う夢だった。
夢の中で魔王が俺に言った。
「お前が勇者かどうかは、お前が決めるのではない。はるか未来の者達が決めることだ。」
俺が聞き返そうとしたところで目が覚めた。
準備を済ませると会社へと急いだ。
俺は会社で島村に妻の話を伝え、義父のところへ見舞いに行くと伝えた。
島村からも、妻の話と同じように、博士の素性が全く分からないので、調べて欲しいという本社からの指示が出ていると言われた。
博士の名前は「司」と言うが、それが本名なのかどうかすら分からない。
しかし、未来では英雄として銅像も火星に作られているという。
司博士は、転送機で多くの人を過去へ送り出した後、忽然と姿を消し、消息不明らしい。
司博士自身も転送機で過去へ行ったという話しや、過去へ行くことをよく思わない人に殺された等、人々はいろいろ噂したが、真実は謎のままであった。
転送機の試作品は未来の博物館に展示されているそうだ。
この転送機は、今も使えるようになっているが、その転送機から出てきた人は誰もいないという。
今出来ることは、博士と同じ時代を生きた未来人に会い、博士の情報を集めること、それだけである。
俺の知っている「博士と面識のある人」は、義父だけである。
とにかく義父に会わないと何も始まらない。
島村に許可を貰った俺は義父が入院する病院へと急いだ。
病院に着き、妻に教えてもらった義父の病室へと向った。
俺が洋子と出会った頃に戻らなかった時は、現在も義父から結婚の承諾はもらえておらず、絶縁状態だった。
当然陽子も義父とは顔も会わせる事が出来ていなかった。
しかし、俺が過去に戻って少しだけ違う行動をしたことにより、今は時々陽子が病院へ行き、義父の世話をしている。
つまり、義父は俺を快く迎えてくれるはずである。
それでも本当に迎えてくれるかどうかわからず、緊張しながら義父の病室のドアを開いた。
6畳ほどの病室の中央にベッドがあり、ベッドに横たわっているのが義父である。
正直、義父と会うのは洋子と結婚するより前からなので、本当に久しぶりである。
義父は俺を見ると
「雄一君か、久しぶりだね」
と、かすれたような小さな声で俺を迎えてくれた。
「お義父さん、ご無沙汰してます」
俺は頭を下げながら挨拶した。
「一人かい」
「はい、僕だけです。今日はお義父さんに教えてほしいことがあって会いに来ました。」
俺は義父のベッドに近づきながら、そう言った。
「なんだい?」
俺は未来商事のことや妻から聞いた話をした上で、司博士のことを聞きに来たことを話した。




