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あるユーザの体験記  作者: 舞南誠
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真夜中の出来事

この話は、二割くらいフィクションです。

「う~。評価も感想もゼロのままかあ。まあ、仕方がないけど」

 家族がすっかり寝静まった真夜中。俺は世知辛い現実をありありと映し出すパソコンの画面を眺めながら溜め息をついた。

 俺の名前……じゃなかった。俺のユーザ名は舞南誠まいなまこと。「小説家になろう」……に非常によく似た「小説家になっちゃおう」(通称「なっちゃおう」)という小説投稿サイトで底辺作家をやっている。

 俺は長らく諸事情により、この「なっちゃおう」に顔を出していなかったが、ゴールデンウィークにまとまった時間をかろうじて確保することができたため、真夜中まで執筆活動に励んでいたのだった。

「確かに俺が書く作品はかなりマイナーなジャンルばっかりだけど、こうもリアクションが返ってこないと寂しいもんだよなあ」

 「なっちゃおう」で流行っているのは異世界転生ものなどのファンタジー系。しかし、俺がよく投稿するジャンルはというと、人の心の黒さをえぐり出したようなダークファンタジーだったり、コントをノベライズ化したようなわけのわからんコメディだったりと、言うまでもなく万人受けから程遠いことは明らか。それは重々承知しているし、これも運命だと割り切ってもいる。だけどこう、ここまで放置されっぱなしだと無視されてるようで何だか泣けてくる。

「う~ん。せっかく今日は二つも作品を投稿したってのに、何の音沙汰もないとはなあ」

 まあ、厳密に言うと先程投稿したコメディと、昼間に投稿したダークファンタジーとで二つだから、昨日と今日の二日間ということになるのだろうが、ツッコんでくれる人なんていないから別にいいか。

「さて。執筆再開、と」

 そんなくだらないことを考えながら、現在絶賛執筆中の作品の編集画面へ。今回の作品も、どうせ万人受けしないんだろうなあ……。


 書きかけの小説の文字数が千字を超えた頃、俺はふと先程投稿したコメディのことが気になった。

「自信はないけど、誰かに何か言われてたりしないかなあ」

 何なら酷評でもかまわない。とりあえず、俺の作品を誰かが読んでくれたということさえわかれば。

 そんな甘っちょろい考えから執筆を一時中断し、ユーザページに切り替えた時。事件が起きた。

「な、なななな……何ーっ!」

 ユーザページに、滅多にお目にかかることができない念願の文字が浮かんでいる。『感想が書かれました』と、たった一言でありながら、充分過ぎるほど心を揺さぶる、あの、ありがたいお言葉が書かれている!

 これは大変だ! い、一体何に? どの作品に感想が書かれたっていうんだ? 俺はドキドキしながら、その『感想が書かれました』というありがたいお言葉をすかさずクリックした。

 飛んだ先は、気になっていたコメディ作品の感想欄。そこには、こんな感想が書かれていた。

『独創的な世界観がとても魅力的だと思いました。私も「なっちゃおう」で執筆をしている者ですが、あなた様の作品のようにうまく書けずに日々悩んでいます。これからもぜひ、頑張って下さいね!』

 ど、『独創的な世界観』だと? このコメディは、たった二人の登場人物がただひたすらにくだらない会話を繰り広げているだけの作品なのに、ここまで褒めちぎられていいものなのか?

 俺はしばらく、浮かれに浮かれた。感想をもらうのは初めてではなかったが、それでもやっぱりもらえた時の喜びは半端なものではない。だって、感想がもらえたということは、遠くにいる誰かが俺の作品を読んでくれたという証だろう? しかもそれがお褒めの言葉だったとなると……くうぅ! 嬉し過ぎる!

 俺はこの感想に、すぐさま返信を書き始めた。感想をもらったと気づけば、すぐに返信を送る。それが俺の「なっちゃおう」における流儀だ。

「ええと、こんな感じで大丈夫かな?」

『感想ありがとうございます! 独創的な世界観などというお言葉は拙作にはもったいないようにも思えますが、大変嬉しく思いました。あなたも執筆活動、ぜひとも頑張って下さいね!』

 うーん。あれだけ褒めていただいたのに、軽すぎるだろうか。でもまあ、あんまり長々と書いても重い奴だと思われそうだし……ま、大丈夫かな。

 感想返信のボタンをクリックしてから、俺は再び執筆を再開した。


「ふふふ~ん♪ ふふ~ん♪」

 あれから数十分後。俺はすっかり舞い上がり、鼻歌を歌いながら執筆をするという端から見ると若干危ない奴に成り果てていた。

 『独創的な世界観』。この一言をおかずに、筆は進む一方だった。

「書くのもいいけど、そう言えばブックマークした小説が溜まってたよなあ」

 しばらく「なっちゃおう」をやっていなかっただけに、気になっていた小説が放置しっ放しだったな。そう思った俺は、お気に入りにしている小説のどれかを読んで気分転換をしようと、再びユーザページに戻った。しかしそこには、衝撃的な出来事が待ち受けていた。

「な、なななな……何ーっ!」

 か、『感想が書かれました』……だと? 同じ日に、二度も感想が書かれるという幸運が、果たしてあってもいいものなのだろうか。

「ゆ、ゆ、夢? これは……夢?」

 ほっぺたをつまんで、グイッと引っ張ってみる。うん、痛い。執筆中に、疲れ果てて寝てしまったというわけではないようだ。

「何てこった、これは大事件だぞ。よしっ! どれどれ……」

 おそるおそるといった様子で、俺は『感想が書かれました』の文字をクリック。すると、たちまち昼間に投稿したダークファンタジーの感想欄に飛んだ。

「こっちも読んでくれた人がいたのかぁ。嬉しいなあ。えっと」

 そこには、こんな感想が書かれていた。

『独創的な世界観がとても魅力的だと思いました。私も「なっちゃおう」で執筆をしている者ですが、あなた様の作品のようにうまく書けずに日々悩んでいます。これからもぜひ、頑張って下さいね!』

 ど、『独創的な世界観』だと? このダークファンタジーは、主人公が……って、あれ? 何かこの文章、見たことあるような。

「んんん?」

 えーっと、ちょっと待て。もしかしてこれ、さっきの感想と……?

 そう思った俺は別窓から新たにユーザページを開き、先程感想をいただいたコメディの感想欄を開いた。

「な……何だこりゃ!」

 寸分違わぬ文章が二つ。もちろん、送り主の名前も一緒。

 そう、コピペ。俺の元に書かれた感想は、コピペされたものだったのだ。

「こいつ、何でこんなひどいことを……あっ!」

 コピペされた感想を見比べているうちに、俺はあることを思い出した。それは俺が「なっちゃおう」での活動の仕方に迷っている時に、偶然目に留まった「なっちゃおうで作品を読んでもらうためのコツ」とかいう感じの名前のエッセイに書かれた内容だった。

『自分の作品を読んでもらうためのコツ。それは、他人の作品を積極的に読むこと。感想を送ると、なおよし』

 細かい部分はかなり曖昧だが、確かこんな感じだったはずだ。

「そうか。このコピペ野郎、自分の作品を読んでもらうために……まさか」

 いくら何でも、俺だけを狙ってコピペ感想を送りつけるなんて馬鹿な話があるわけがない。そう思った俺は、余計な詮索をするようで少々気は引けたものの、小説の検索画面を開いて俺の作品と近い時刻に投稿された作品の感想欄を二、三個だけ確認してみた。すると、そこにもやはり『独創的な世界観』から始まる例のコピペが。

「この、コピペ野郎。一体、何人の作品にこんなことしてるんだよ」

 しっかり読んでもらった上で似たような感想を書かれてしまったのであれば、同じような物語しか書けないこちらの力量不足であると解釈できる。だが、このコピペ生産機はたまたま一日に二度も作品を投稿した人間の元に、完全の同じ文章の感想を送りつけたのだ。つまり、このコピペ生産機は、俺の作品の文章どころか、俺のユーザ名すら確認せずにこのような行為をしたってことだ。

 ここに投稿している以上、誰だって自分の作品を読んでもらいたいという欲くらいはあるだろう。エッセイにもあったように、誰かの作品に感想を送るという行為そのものを否定する気はない。

 だけど、感想を送るならきちんと作品を読め。その作品に、誠心誠意向き合え。そうでないにもかかわらず、軽々しく心にもない文章を書くな。こんなもの、一生懸命ここで活動しているユーザに対する侮辱以外の何物でもないだろ!

「……ふう」

 馬鹿馬鹿しい、不愉快だ。

 俺は一息ついてから、『独創的な世界観』から始まる文章を感想欄から抹消した。

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