お気楽冒険者な魔王と普通の冒険者(女)
勢いで書いた。
すっごく適当だが後悔はしていない
お気楽冒険者。周りからいつもそう言われている人が、目の前にいる。
「お、お前もこの依頼受けんの? じゃ、一緒に行こうぜ」
そう言って手を差し伸べてくる彼。この依頼の内容を理解できているのだろうか。
合成獣・キメラ。どこかの国の研究者が生み出し、野放しにした厄介な存在。
こいつを倒すのに必要な実力はSランク以上。私にはそんな実力はない。それでも受けなきゃいけないから、受ける。
だけど、この男にはそんな理由はないはず。野放しにするのは確かに危険だけど、進んで命を投げ出す輩はそうそう居ない。
「そんじゃま、さっさと行こうぜ」
なぜ、そうして笑っていられるのか。数時間後には死んでいるかもしれないのに。
「ほらほら、そんな暗い顔してんなよ。こっちまでテンション下がるじゃないか」
「・・・・・・あなたは、この依頼の内容を理解しているの?」
「あぁ、合成獣キメラの討伐だろ? 誰も受ける奴居ないから受けようと思ったら、あんたがその依頼を取ってったから、付いてこうかとおもってな」
「理解してるのなら何も言わない。ただ、私の邪魔だけはしないで」
「はいはい。俺ってそんな信用ねえかな?」
そんないつもヘラヘラしていたら、誰だって信用しない。
ここで受けることの出来る依頼は、ほとんどが命がけの内容なのだから。
「最近目撃があった場所は、ここから徒歩で一時間ほど東に向かったところにある森ね」
「その情報って二日前のだろ? まだそこに居るとは限んねえんじゃ――」
「わかってる。もっと近いかも知れないし、遠いかも知れない。道中でいろんな人に話を聞けば分かるかもしれないわ」
「ああ! お前頭良いな」
あんたが悪いだけじゃ――言いかけて言葉を飲み込む。この男といると調子が狂う。
本当にこいつは冒険者なのか。そう思うほどに、頭が悪く強そうに見えない。だが、直感はこいつと行くことを勧めている。私より遥かに強いと。
本当にそうなのか、見せて貰おうじゃないの。
で、目撃情報のあった森のそばまで来たけど、これは予想以上だな。
「本当にココが森ね~・・・・・・こんな開けた場所のどこが森なんだか」
「それだけ、強いということよ」
彼女は上を見上げてる。その視線の先にいるのが、キメラ。
こんなんに単身で挑もうとしてたのか、俺も彼女も。
「ほんと、想像以上なことで」
「怖気づいたのなら帰ってもいいわよ」
「はっ! 冗談言うなよ。俺もこう見えて冒険者だぜ? 女の子一人に任せて帰れるかっての!!」
腰に提げた得物に手を掛ける。抜き放った刀身は光を反射して鈍く銀色に輝く。
相手は空を飛んでいる。こんな武器じゃ攻撃が届かない? 誰がそんなの決めた。
両手で獲物を持ち、下から上に思い切り振り上げる。
風を切り裂き、飛んでいく不可視の攻撃。魔法も何も、特別な力を使ったわけじゃない。ただ、振るっただけ。
それが空を飛んでこちらを見下ろしている獣の片翼を斬り落とす。
響く絶叫。大気が震え、暴風となって襲い来る。
「ハッ! この程度じゃねえだろ? 手前ェの本気はよぉ!!」
「・・・・・・信じられない」
思わず、零れた言葉。ありえない。魔法で斬撃を飛ばす人たちなら腐るほど見てきた。だけど、目の前で起こった現象は、魔法なんか使ってない、純粋な力。
こんだけ強いんじゃ、自分がいる意味なんて。
「ううん、このまま何もしないんじゃ私のほうが邪魔よね」
足元に浮かぶ魔法陣。そこからさまざまな文字模様が書かれた帯が飛び出し、彼女の周囲を囲む。
右手に持つは氷で出来た剣。左手に持つは同じく氷で出来た銃。
見据えるは片翼を失いバランスの取れていない獣。
男が再び斬撃を放とうと得物を構えたとき、隣に居た少女が消え、続いて獣が地面に叩きつけられた。
僅かに見えた少女の動き。一瞬で相手の上に移動し、剣で切りつけた。だが相手の皮膚が固いからか大して効いてないだろう。
「やるなぁ。筋力強化系の魔法か? 様子からして幾重にも掛けてるんだろ」
「分かりにくいように武器も作ったのに、よく見てるのね」
「俺は確かにバカだけど、魔法を使う者を多く見てきたんだ。何を使ったかぐらいは大凡把握できる」
「っと、そろそろ来るわよ!」
男性の隣に並び、相手の様子を伺う。ゆっくりと起き上がり、こちらを向く。
「え?」
瞬きなんてしてない。ずっと見ていたのに、消えた。
「あぶねぇ!」
男性に突き飛ばされ、ようやく気づいた。片翼で羽ばたき、自分たちの上を飛んでいたことに。突き飛ばされなかったら風圧で押し潰されていただろう、その威力に。
遅れて届く轟音。男性はその中でも何事もないかのように立ち、剣を力強く振るった。
ぶつかり合う風圧と斬戟。片方はただ羽ばたいているだけに過ぎない。そしてもう一方は本気で攻撃をしている。だが、こちらの攻撃が届くことはない。
「ッチ! やっぱ元勇者なだけあるな。そんな姿になってまで俺を倒す使命だけは忘れないなんてよ」
「え、勇者? ちょっと待って、勇者って人間でしょ・・・・・・?」
「だから『元』勇者だっつってんだろ。とりあえず説明は後だ!」
「・・・・・・筋力強化」
再び足元に広がる魔法陣。そこから伸びる帯が捕らえた者は未だに風圧の下で平然としている男性。
「これは・・・・・・どんだけ重ね掛けするんだよ」
「あなたが全力で振るった斬戟がただの風圧で相殺されたんだもの、十重二十重・・・・・・どれだけ重ねればいいのか分からないから、あなたが耐えられる限界まで強化する!」
「クックック・・・・・・ならもう十分だ。魔王の本気を見せてやるよ」
男性――否、魔王が消えた。上空から響く金属音。それが、魔王がそこに居ることを知らせる。
視線をそちらにやるとほんの一瞬だけ姿が見えた。刹那、右から、左から、前から、後ろから――音がした方向を向いた瞬間には別の場所から聞こえ、その余波がこちらに届くことはない。
「勇者、お前とお前の仲間は確かに強かった。だがそれは勇者という力が、お前たちの身体に影響を与えたに過ぎない! 俺も魔王という力が俺の身体に影響を及ぼしているだけだ。だが、その力の意味を、肩書きを正しく理解し、魔族の平和を――人間との共存を理想としてきた。もう少しでその理想が現実になるところだった・・・・・・お前が現れるまではな!!」
聞こえてくる魔王の声。怒りと憎しみに溢れた声が、キメラとなった勇者へ向けられる。だが、その声には本人でさえ気づいていない、憐れみが含まれていた。
「勇者としてやらねばならぬことを忘れた貴様を――多くの魔族を、人間を殺した貴様らを葬ってやる!!」
姿が見えないからどっちが押しているのかは分からない。唯一分かることは、私に出来ることは何もない、ただ、邪魔をしないようジッとしているのみ。
否、こんな状況でもジッとしていられない。私の家族を、村を滅ぼした合成獣を許せない!――
いつか攻撃のチャンスが来る。そう信じて、魔力の球を周囲に作る。
音は聞こえるけど僅かな風すらこちらに届きはしない。私が傷つかないように彼が配慮しているのか。あの時咄嗟に私を突き飛ばしたことを考えたら、そうなのだろう。
僅かに、右から左へと風が吹いた。刹那、左側の球に銃口を押し付け、引き金を引く。球は膨張し、放射線状の地面を抉り、凍りつかせてその先にいるだろうキメラへと迫る。
響く絶叫。攻撃が止み、その先には半身を凍りつかせたキメラの姿。その身体には無数の切り傷があり、すでにかなり弱っていたのだろう。
「よく合図に気がついたな!」
「一切風すら吹かなかった状態だったから、もしかしてって思ったの。それと、直感が今しかないって言ったから」
「すごい直感してるんだな」
「それより、まだ終わってないんだから視線を外しちゃ・・・・・・」
「いや、今の攻撃で終わりだよ」
「え?」
彼が指差す方――キメラを見ると、徐々に凍りついた範囲が広がっている。
「その魔法、いや、魔力はすごいな。ただバカみたいに魔力を圧縮してぶつけただけだというのに、全てを凍りつかせるとは。もし少しでも掠っていたら、二十年後には自分も凍りついていただろうな」
「魔法苦手なのよ。魔力自体に氷結能力があるから、少しでも動きを鈍らせられればと思ったんだけど、ここまでとは・・・・・・」
「とりあえず、終わったな」
「ええ・・・・・・いろいろ聞きたいことあるんだけど」
「俺が魔王で、キメラが元勇者についてか?」
無言でうなずき、彼が話し出すのを待つ。暫く沈黙が続き、やがて、口を開いた。
「言ったとおりの意味だ。俺は魔王。魔族と人間の共存を理想とした、な。勇者は、どんな手段を使ってでも魔王を滅ぼすことを使命としていた・・・・・・自我を失ってでも。
魔族のほとんどは、自我を失ったあいつに殺された。俺は被害が増えないように努め、結果、痛みわけという形で互いに生き延びた。その後は、あいつを倒すために魔王という肩書きを捨て、周りに馴染むよう努力した。結果、お気楽冒険者とバカにされたがな」
「それでも、実力は本物。ねぇ、勇者はどうしてあんな姿に?」
「怪しい科学者の作った怪しい薬のせいだ。初めは渋っていたが、実力の差に止むを得ずって所だな。結果、勇者から怪物へ――英雄から賞金首へと落ちたわけだが」
そっか――自然と零れた言葉。先ほどまで胸の奥深くまで根を貼っていた怒りは、今ではほとんど残っていない。
ああなってしまった勇者に、僅かに哀れみさえ抱いていた。
これからどうするか・・・・・・家族はもう居ない。復讐の対象も、今目の前で死んだ。これ以上ギルドに居る必要も、ない――。
「お前さえよければだが」
不意に開かれた魔王の口から、予想していなかった言葉が出てきた。
「俺と一緒に来ないか?」
聞き間違いだろうか。彼は魔王で私は人間。本来なら相容れる事のない――否、人間に取っては畏怖すべき対象だ。
彼が人間と魔族の共存を願っているのは既に聞いた。だからといって、ついていったところで互いに何のメリットもない。
「これにはちゃんとした理由があるぞ。まず、俺は魔王だから人間に身分を明かしては恐れられる。次にお前は人間だ。ただ俺と普通に接し、人間の町の復興を二人で手伝うだけで、周りから少なくとも恐れられることはなくなると思っている。
次に、人々を襲う魔物の鎮圧。俺の配下であることには間違いない。使えるべき相手を忘れているのなら思い出させ、人間に手を出さないように命令すれば町の外も少しは安心できるだろう。
最後に、お前は人間の中でもかなりの実力者だ。あの氷魔法、勇者でさえ敵わなかった俺を倒せるレベルだ。つまり、周りに俺への抑止力として見せ付ければいい。そんな二人が手を取り合っているとなれば、魔族と人間の争いも少しずつ減っていくだろう」
「バカだと思ってたけど、かなり考えてるのね」
「酷いな、これでも魔王だぞ」
クスッ――久々に、笑いが漏れた。一度漏れたものは止まることなく、一頻り笑い終わった後、スッキリとした笑顔で彼へと告げる。
「いいわ、手伝ってあげる。ただ、抑止力としてはまだまだ力不足だと思うよ?」
「勇者という特別な力を持たない者が、魔王というバグを倒せる可能性を秘めている。それだけで今は十分だろ」
「あら、自分でバグって言っちゃうのね」
「そんなお前はチートだな。あ、それと・・・・・・」
「何?」
彼は口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返している。その様子が可笑しく、どうしても笑ってしまいそうになる。
「実は」
真剣な表情でまっすぐに見つめてくる彼の空気に、何かを感じて緊張してしまう。
いったい、何を言い出すのだろうか。
「実は!」
数ヵ月後、あれから“別のキメラ”の目撃情報を行く先々で入手し、今――三体相手に戦っている。
「ふざっけんじゃないわよ! あいつ一体倒すだけでもどれだけ苦労したと思ってるの!?」
「勇者はパーティーを組んでたんだぜ? 仲間もなってるって思わなかったのかよ」
「思うわけないでしょ?! 今まで目撃情報のある町はほとんど壊滅してたし、見たのも一体だけだったんだから!」
「見た目の違いとか・・・・・・」
「どれも見分けがつかないほどそっくりじゃない!!」
「力とか雰囲気で――」
「一般人がそんな細かいところまで分かると思う!?」
「お前なr」
「私が実際に見たのは今から五年前でまだ子供! 今みたいな力もなかったし、復讐で頭がいっぱいだったのよ!! それ以降は力を付けて目撃情報を頼りにしてたの!! ってか、誰もこんな化け物が四体もいるなんて思いたくないわよ!!」
「いや、こいつら元は五人で、キメラになってすぐに一人殺したんだ。後は数の暴力でな。捌ききれなくてこいつらがどっか行っちゃったんだよ」
「何それ怖い、ってか今もかなりピンチ!」
「まぁ、この数ヶ月でお前も強くなったし、二人でなんとかなるだろ。俺が引き付けるから、隙をついて決めろよ!」
「あぁもう、やってやるわよ!!」
~Fin~