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一 再会

高原警護員と深山祐耶の再会をきっかけに、高原が変化していきます。美貌の警護員の本領発揮シーンもあります。

 朝焼けが空からアスファルトの地上までを、静かに覆っている。

 駅までの静かな歩道を、高原晶生警護員はクライアントとともに少し早足で移動していた。

 クライアントはビジネススーツ姿の男性で中肉中背で、すらりとした長身の高原とは十センチ以上の身長差がある。高原はメガネがわりに薄く透明なゴーグルをつけ、両手首にはごく細いタイプのスリング・ロープを装着し、目立たない地味な服装をしているのは警護員らしい姿である。

 この道をクライアントと歩くのはもう何度目かになる。

「高原さん、今週末で、やっと終わりです。毎日毎日本当にありがとうございます。」

「いえ、わたくしどもの要望に色々答えていただき、警護が円滑にでき感謝しております。最終日まで何事もないよう、最善を尽くします。」

「朝のあの駅、駅前で殺す、という脅迫で・・・・。毎日こんなに朝早い時間になってしまい、すみません。」

「警護は二十四時間、関係ありませんから。」

 直線道路の突き当り、駅まではあと数十メートルの直線である。広い道路には早朝のため車は少なく、車道の反対側に並ぶビルの向こうの川沿いの並木あたりから、鳥の声がする。

「あの駅前で私の不注意で轢いてしまった人のことは、一生、負い目にしていくつもりです。でも、私はまだ死ぬわけにはいかないから・・・」

「当然ですよ。」

「今週末の、命日には、お墓詣りに行きます。その日まで、大変お世話になります。」

「お願いしていたとおり、うちの事務所の車を使わせてくださいますよね。」

「はい。」

 高原の、知性と愛嬌が不思議に同居しているその両目は、今は警護員の職業的な色に染まっている。クライアントと雑談しながら、同時に、完全に頭に入っているルートマップの、全ての襲撃ポイントに目配りしているのも、いつものことだ。

 駅の小ぢんまりとした建屋の前の、小さなロータリーで、クライアントは高原のほうを振り向き、一礼した。

「今日もありがとうございました。ではまた明日、よろしくお願いします。」

「失礼します。お気をつけて。」

 高原も一礼し、クライアントは奥の改札を抜けホームへと上がっていった。

 駅前の坂道から川の水面が垣間見え、風が渡る。

 ホームはいつものとおりラッシュ時の始まりらしい混雑だが、クライアントは習慣になった動きで列に並ぶ。

 電車が到着し、ドアが開き、ホームの人混みがさらに上積みされた。

 クライアントの左後方から急接近した人影は、目標に到達する前にその進路を長身の警護員に阻まれていた。

 高原が、笑顔で見返した人物は、その手の長袖の袖口から覗かせた刃物の行く手を、上体の向きごと変えられた。

 長身のボディガードの両手が滑らかに狭い空間で一瞬で必要な動きをし、ごく細いスリングロープが輪をつくり犯人の上体をその中へと収めつつあった。

 高原が両手を引きその輪を縮め、犯人をからめ捕ろうとした次の瞬間、スリングロープが切れ、切れ端となりホームの床へ音もなく、ゆっくりと落ちていった。

 襲撃者の背後の人物が、その耳に口を近づけ、何事かをささやいた。

 スリングロープの切れ端が落ち切る前に、犯人はその場から逃げ去っていた。


 クライアントが電車に乗った後、高原はもと来たホームの階段を降り、駅の建屋をゆっくりと後にした。

 駅前の小さなロータリーを渡り、川に続く坂道のほうを見た。

 そこには、金茶色の波打つ髪を肩近くまで伸ばした、細身の青年が腕組みをして立っていた。

「お久しぶり、大森パトロール社の高原さん。」

 金茶の髪より少し濃い茶色の両目に、不敵な光を湛え、青年は腕組みも解かずに高原を呼び止める。

 しかし呼び止められるまでもなく、高原は、襲撃圏内ぎりぎりまで足早に青年に近づき、立ち止まっていた。

「お久しぶりです。」

「・・・警護の邪魔をした、なんて言わせないよ。あのまま放っておいたら、どうなっていたか、あなたが分からないはずはないけれど。」

「私自身が、負傷していたかもしれませんね。」

「負傷していたかも、じゃないよ。死んでたかもしれないよ。」

「そうですね。」

「脅迫状には、この駅の前で殺す、とあった。しかし犯人は警護員がついていることを百も承知。警護員が警護時間と範囲を区切った仕事をするものだということも。高原さん、あなたはそれを越えた仕事をした。」

「まあ、クライアントとの合意の上ですから、グレーではありますけどね。」

「ホームまでは一応『駅』のうちだからね。で、毎日、改札前で別れたふりをして、そのまま警護員はひそかにホームまで上がり、電車にクライアントが乗るまで見守る。警護員に万一のことがあったら大声で駅員を呼んでくれ。そういう段取りだったんだよね?目指すは犯人逮捕?大森パトロールさんも業務多角化されたものだね。」

「恐れ入ります。」

 高原は、透明な薄いゴーグルの奥の知的な両目で、嬉しそうと言ってよい笑顔をみせていた。

「警護を邪魔されたなんて思いませんよ。なにか、犯人が二度と襲撃したくなくなるようなことを、言ってくださったみたいですしね。・・・・そしてなにより、またお会いできて、嬉しい。あなたが、もう、生きてないんじゃないかと心配していました。正直、嬉しい。喜んでいいのかどうかは、別としてもね。」

 深山祐耶は、一瞬目をまるくし、そして表情は微かな柔和な笑みに変わった。

「僕、この仕事割と前からやってるけど・・・・誰かに、また会えて嬉しいって言われるの、たぶん初めてだよ。珍しいひとだね、あなたは。高原さん」

「なぜ、こんなことを?」

「借りを、ふたつ、返さなきゃって思って。前の案件のね。ひとつはもちろん、僕を暴漢からかばってくれたこと。もうひとつは、・・・あなたがその後、警察に、僕の特徴を一切話さなかったこと。」

「・・・・。」

「ひとつめは、これで完了かな。それからふたつめだけど・・・・」

 深山はようやく腕組みを解き、右手でその緩く波打つ金茶色の髪をかき上げた。

「・・・山添さんの次の案件、ちょっと危ないんじゃない?」

「そちらのほうもお調べになったんですか」

「うちは探偵社だからね。そういうの簡単だから。男からの脅迫状、そして大森パトロール社さんへの依頼。でも、犯人は、そんなに単純じゃないんじゃないかな。」

「・・・・・・」

「もしかしたら僕たちが、なにか、してあげられるかもしれないよ。こっちもね。高原さんたちは、イヤかもしれないけど。」

「・・・・・・」

 複雑な表情で、高原は深山の異国的な顔を見つめている。

 深山の後ろから、静かに、目立たない軽自動車が近づいて停車した。

 こんなに早く着かなくてもよいのに、とでも言うような表情でちらりとそちらを見た後、深山は表情をふいに厳しいものにして、高原へ言った。

「どうしてあなたは、いつも、命をはじめから捨てて、警護をするの?警護のために死ぬ、というより、死にたくて警護をしているみたいに、みえるよ。」

「・・・・?」

「なんだか、腹が立つ。僕たちアサーシンは、命をかけて人殺しをしているし、必要なときはいつでも自殺する。でもね、死にたいから死ぬんじゃないよ。ぜんぜん違うよ。」

「・・・・・」

「・・・もしかして、あなたは、自覚してないの・・・?それ・・・・」

 深山の後ろの軽自動車が、ヘッドライトを点滅させた。

 一瞬口惜しそうな表情をよぎらせ、少し頭を振り、最後に深山は言った。

「僕も、また高原さんに会えたら、嬉しい。ただし、次は、幸福な出会いじゃなさそうだけど。」

 深山は踵を返し、軽自動車の助手席へ乗り込んだ。軽自動車が走り去った後も、高原はしばらくその場から動けずにいた。



 街の中心にある古い高層ビルの事務所の、社長室の扉がしばらく閉まっていた。

 深山と同じ金茶色の、そして深山より短くよく手入れされた髪をした部屋の主が、その深い緑色の目を窓の外に向けて、可笑しそうに笑っていた。

「祐耶が、ストーカーをしてるんだって?」

「社長、表現が穏当ではないと思いますが。」

 狭い部屋の中央の、小さな円テーブルに向かう椅子に座った女性エージェントは、鼈甲色のメガネの縁を持ち上げて苦笑した。

「君のチームの次の仕事の準備もあるのに、しょうがない奴だね。すまないね、恭子さん。」

「いえ。次の案件はそれほどの難易度ではありませんから。それよりも、深山がなにか楽しそうなのは、私も少しほっとします。」

「なんだか母親みたいだね。チームリーダーというのも大変だ。」

「大森パトロール社の高原警護員本人への返礼は今日で終わったそうです。あとは、彼の同僚の案件でひとつ危険そうなのがあるので、見に行くと言っています。」

 阪元航平は自らも円テーブルへ戻り、少し冷めかけたコーヒーが半分ほど残っているカップとソーサーを手に取り、立ったまま一口飲んだ。

「あいつといい、そして酒井といい、義理堅い連中が多いね、君のチームは。借りを作ったままにしておくのが、ほんとに嫌いなんだね。」

「そうですね。そうでないと、肝心なときの、攻撃の手が緩む。それだけは、嫌だということでしょう。」

「そうだね。・・・いつか・・・高原の命を、本気で狙いに行かなければならないときが、来るんだろうね。祐耶は。」

「そうでしょう。」

「可哀想だけど、仕方がないね。」

「はい。それが・・・・」

「そう、それが、アサーシン・・・殺し専門エージェントという職業だからね。」


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