二択
忘れていたわけじゃなかった。
だけど、強いて言うならば、油断した。
「あ……そ、、ぉ、そうでしたそうでした。いやぁ、ちょっとうっかりしてたなぁ。八月はパリで美術展に参加させていただくんだった」
そうだ、今までデザイナーやイラストレイターとして仕事をしてきて、その中で会った人のツテでフランスの大きめな国際美術展に参加させてもらえることになった。これはそうそうあるチャンスではない、分かっている。他の予定の為にふいにできる様なイベントではない。
「何かあるんですか?」
「ええ。昔の知り合いが二年ぶりに日本に帰って来るらしくて、それで少し会わないか、って」
あぁぁぁぁぁあ、と納得と少し残念そうな意味合いを浮くんだ相槌を打ち、
「それは、タイミングが悪かったですね……もしかして、昔好きだった子とかですか?」
と、篝さんは言う。
「そんなんじゃありませんよ」
そんなんじゃない。
彼女のことは好きだと、迷いなく思えるけど、恋だとかそう言うものじゃない。
ずっと会いたいと思っていたけど、一秒だって忘れたことが無い、とまでは言わない。
彼女とどうこうなりたいわけでもない。
ただ、思い出すたびに、溢れだす感情を持ち続けてきた。
それが恋だったとは、僕は認められない。
「だけど、すごく大切なヒトではあります。それに……」
こんなことは言うべきではないのかもしれない。
「多分。彼女とは、この機を逃したら一生会えないと思います」
確証のない言葉だった。
篝さんは理由を訊かず。
「パリと彼女の所。どちらに行きたいですか」
と訊いた。
やっぱり彼には言うべきじゃなかったかもしれない。
普段は無感情的な態度の多い篝さんだが。僕は、彼が意外と情熱的な人間だと知っていた。「一生会えない」なんて言ったら、僕と一緒に悩んでしまうと、知っていたはずだ。
それでも言ってしまったのは、やっぱり僕が、チャンスを目の前にして「会いたい」と思ってしまったから……なのだろう。
篝さんなら、きっと背中を押してくれるから。
会いたい。
会って、伝えたい。
話したい。
「本音を言えば……彼女の所に会いに行きたいです。今はもう、それ以外考えられなくなりそうなほど、そう思ってます」
会えるのだから。
この機会なら会えるのだから。
僕次第で会えるのだから。
「美術展の方は、そうそう巡り合えるチャンスじゃありませんよ」
「はい……」
だけど。とテーブルに置かれた珈琲に少しだけ口を付け、適当な感じで続ける。
「彼女の方は、もう巡り合えないチャンスなんでしょう?」
「……はい」
篝さんはそれ以上は何も言う気はなさそうだった。
「五日以内に連絡ください。そしたら、こちらで、話は付けておきます。幸い、八月はまだ先ですから」
それだけ言い残すと、飲みかけの珈琲を残して、また仕事に戻って行った。
……。
僕は……、彼女に報いたい。