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二十日目



「好きじゃないの?」

 突然の質問に意表を突かれる。よく考えると、ミネサキには、出会ってからずっと意表を突かれっぱなしみたいなものだけれど……それにしても、今の言葉には文脈が無さすぎる。

「好きって……なんのこと?」

「だからさ、ゆみたは、絵描くの好きじゃないの?」

「ああ、絵ね」

 『ゆみた』とは僕のあだ名だ。先日ミネサキに「名前が呼びずらいっ!」と言って付けられた。弓夕だから、ゆみた……。まあ、自分のあだ名を気に入っているヒトなんて、そう多くはないはずだ……。

「好きだよ……すごい好きだ」

 仮にも、仮にも、(仮)にも女の子に対して、会話で「すごい好き」なんて言うのは、少し恥ずかしいな、と言ってから気付いた。でも、相手がミネサキじゃなかったら、言葉にする前に押し留めて適当にお茶を濁していたかもしれない。

 そう言えば、何かを好きだなんて言ったのは、いったいいつ振りだろう。

「でも、この夏は、こないだ描いてくれたの以外は、全然描いてないんでしょ?」

 その通りだった。

 何日か前に、ミネサキは僕が描いて来た社の設計図を見て、自分のことをモデルにして絵を描いてみてくれと言いだした。その時に描いた一枚を気に入ってくれたらしい。僕も中学、高校と美術部でやって来ていたし、久し振りに製図以外で絵を描くのは――少しドキドキしたけれど楽しかった。

「そうだね。でも、今は好きな絵を描くより、将来の為に勉強する方が大切だから。仕方ないよ」

 ふぅぅん。と息を吐きながらうなずき言う。

「あんなに綺麗な絵を描けるんだからさ、画家になりたい、とかって思ったことないの?」

 画家。どうなのだろう。きっとなれたのなら、それは幸せなことなのだとは思う。だけど、あくまでもなれたらの話だ。実際、世の中絵を描くだけで一生食っていける人間がどれだけいるのだろうか。きっと、目指した人間の一握りしかたどり着けはしないはずだ。そんな夢を見るなんて、ギャンブルで『自分の一生』を賭ける様なものじゃないか。それなら僕は、

「ないって、そんなの。馬鹿な夢を見るより、しっかりと未来を見据えて行動しないと……」

 しないと、なんなのだろう……。

「あたしはあるよ! 馬鹿な夢」

「ぅお、意外だな。なんになりたいんだ?」

 考え事をしている時に、いきなり大きい声を出すから、少しビクッとしてしまった。

「い、意外かなぁ?」

 意外だよ。

「あたしはね、獣医さんになりたいんだ」

「――――っえ。獣医。医者って、おまえ実は勉強できんの?」

「ぜーんぜん。勉強なんてよく分かんない」

「じゃあ無理だろ」

「でもあたしは動物が好きなんだ」

 いや。

「そう言う問題じゃないだろ。好きでなれるんなら、きっと世の中にサラリーマンなんていない。みんなやりたいこととできることを見極めて可能性を考慮して就職して生きて行くんだろ」

「そんなことないよ。夢を持って生きてるヒトはたくさんいる」

「でも失敗したら……」

「いいよ!! 失敗したっていいんだよあたしは。勉強なんてできないけど、好きだからがんばれる」

 失敗したって、いい?

「馬鹿かよ。夢の為に人生賭けるの? それとも本当は、信じていればいつか叶うとか思ってんの?」

 どうしてだろう、自分の態度が冷たくなったのがわかった。どうしても、ミネサキの意見を否定したくなった。

「努力して信じ続ければ夢は叶うなんて思わないし言わないよ」

 失敗してはいけない。そう思って来た自分を否定された気になったのかもしれない。

「だけど、未来なんて真っ暗かもしれないけど、昨日がんばったおかげで今日は最高なんだから、明日はもっと最高な一日になるって、あたしは信じられる。それだけで、夢を見ることって、ステキじゃない?」

 確かに彼女は、いつも楽しそうだった。毎日毎日、御神木を駆けのぼっては、小鳥の世話をしていた。その姿を僕も見ていた。

 だけど。

 よく分からない。僕はそんなこと、思った事ない。

「……そんなこと思えるのは、ミネサキくらいのもんだよ。僕には無理だ」

 雨矢弓夕はそう答えた。

 他人事のように……それが他人の言葉の様に、よく耳に残った。

「そっか」

 傾いた太陽が、ミネサキの顔に影を降ろす。この辺りには街灯が無い。

「そろそろ、帰ろうか」

「うん。またあしたね」

 きっとミネサキは笑って言った。

「ああ、また」

 朝は研究所に行き。

 昼前からはミネサキと山で社を作り。

 夜は学校の勉強をする。

 毎日そうして過ごしていたけれど。

 この夏初めて、僕は勉強をサボった。

 絵を描いた。

 ……。

 楽しかった。でも……。

 何かが分からない、僕と夢人間の二十日目。



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