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夢売りのミン  作者: 赤砂多菜
第一章 夢売りと復讐者は出会う
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01話

この小説はアリアンローズに応募しようとして文字数がどうしても足りなくて、あえなく没った作品です。

 霧が深い。

 気温、湿度とは関係なしに漂う濃霧。

 いや、それは厳密には霧とは違う事を彼女は知っていた。

 それは警告。

 今、彼女の目の前に流れる死の川がある事を告げる現象。

 本来なら近づく事すらままならぬそこに彼女は平然と立ちながら――実は困っていた。

 彼女は膝を付き、手にしていた錫杖をそっと地面に置いた。尖った先端部の左右に蝶を思わせる大小4つの円があり、それぞれ2つづつ輪が付いている。

 それは彼女があるものの証とも言えるもの。目の前に倒れている男性の手にはそんなものはない。

 まぁ、あればこんなところで倒れているはずもないのだが。

 だが、ならばなぜこんなところに普通の人間がいるのか。

 首と口元に手を当てて、脈と呼吸を確認する。脈はやや弱いがこれならまだ間に合うだろう。

 問題はこの男性をどこへ連れていけばいいのか? だ。

 幾条もの死の川は大陸を分かち、人間が行き来できない。

 死の川を渡るのは本来、彼女達のみだ。

 よって、一度男性を死の川の影響範囲外に移動させてしまって、実は反対側の土地の人間だったりするとややこしい事になってしまう。

 しばし、熟考。

 彼女は錫杖を、背負っている大柄の木箱の開け口に挟み、男性を持ち上げた。小柄で非力そうな外見に反して大した力である。


 とりあえず、次の村についてから考えましょう。うん。


 人はそれを思考停止というのだが、彼女は元々難しく考えるのは好きではない。


 次に困った時にまた考えよう。


 そうと決めると死の川にかけられた橋を渡り始めた。

 石造りの橋を一歩歩くたびに背中の錫杖が、高い音を響かせた。



*---*



 眠り。それは本来、人間が生きていく上で欠かせない事のはずであった。

 しかし、それはいつ頃からか、自らの意思で眠りにつくことは叶わなくなっていた。

 理由は諸説ある。

 そのうちでもっとも有力なのが神々の呪いだという説だ。

 大陸の中央にある、誰も登ること叶わぬ高い崖。そこには神々が住まう地があるのだという。

 かつて、まだ眠りが人間の手にあった頃、そこは崖ではなくなだらかな丘で、神と人との交流もあったという。

 だが、何らかの理由で人間は神の怒りを買い、人間から眠りを奪い、自らが住まう地を手の届かぬ高みへと移したのだと。

 そして、さらには大陸の中央から外へ流れる無数川で、大陸を分断してしまった。

 その川は常に濃霧を漂わせ、足を踏み入れる人間を永遠の眠りへと誘う死の川。

 こうして、人間は眠りを奪われただけではなく、自由に大陸を移動する事すらままならなくなった。

 ただ、神々の慈悲というべきなのか。

 死の川を渡り、人間を一夜の眠りへと誘う眠り粉を商う者を送り出した。

 奇跡を表す四葉の錫杖を持ち、神の手によって作られた人間、すなわち神人の証として銀の左目を持つ彼らを、人々は畏敬の念を込めて夢売りと呼んだ。



*---*



 ここはどこだ?


 目覚めたイヌカイがはじめに思った事はそれだった。

 身体を起すと、まるで身体の芯がぶれるように感じた。それは急に起き上がったために起きた貧血による眩暈だったのだが、辛うじて倒れるのだけは回避できた。

 周りに目をやる。

 どこにでもある農家の家だ。

 保存する為だろう。大根や芋などが吊るして干されている。ぬかの匂いも漂っている。

 壁に立てかけられた農具。どれもよく知っている。

 だが、イヌカイが直接知っている家ではない。

 当然だ。彼は故郷から飛び出したのだから。

 記憶を辿ろうとするが、脳裏で光が明滅するように思考の邪魔をする。


「おんや、目が覚めなすったかい」


 腰がやや曲がった老婆が玄関から入って来た。

 恐らくはこの家の住人だろう。


「すまんが、俺はいったいどうなって――」

「やや。まぁ、話の前にまずこれを飲みなされ」


 差し出された陶器の湯のみを反射的に受け取った。

 鼻を刺激する匂いがする。


 薬湯……なのか?


 あまり薬に縁のない人生を送ってきたのでよくわからなかったが、少なくとも身体がまだ正常ではない事は自覚していたので、素直に飲む事にした。

 薬は苦いという認識がイヌカイにはあったが、予想に反して味はほとんどなかった。

 だが、効果はすぐに感じられた。

 あれだけごちゃごちゃしていた頭が、スッキリと透明な湖のように落ち着いた。

 イヌカイは立ち上がった。かけられていた掛け布団代わりの布の所在をどうしようかと思ったが、老婆が引き取った。

 改めて家を見渡す。彼が持っていたはずのものが見当たらないからだ。


「腰のものをお探しなら外の壁に立てかけてあるよ。さすがに中に置くには物騒だったからね」


 イヌカイの様子から察したのだろう。老婆は玄関を指した。改めて彼は尋ねる事にした。


「すまない。俺はどういう経緯でここにいるのだ。というよりここはどこだ?」

「ここは若葉の地の三貝村さ。ただの農村さね」


 若葉の地……つまり、死の川を二つも越えたか、道理で……。


「で、お前さんがここにいる理由だがな。運ばれてきたんよ」

「運ばれた?」


 心臓が高鳴る。

 今ならはっきりと思い出せる。自分は死の川で倒れた。

 もし、そこから運び出せる者がいるとすれば――。


「んだ。夢売り様が運んできなすった」


 老婆の言葉を聞き終えるや否や、イヌカイは家を飛び出した。

 老婆の言う通り、壁には彼の刀が立てかけてあった。

 村を見渡すと、広場になっている一角に村人達が集まっている。そして、その隙間から見えた。

 赤の布地に銀糸で花の刺繍、紫の腰布。絹のような黒髪を片側にまとめた女性。眠たげにも見える彼女の左目は確かに銀色だった。

 瞬間、理性も思考も失われた。

 あるのは視界を真っ赤に染める怒り。


「おのれっ、夢売りっ!!!」


 抜刀し、我を忘れて切りかかった。


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