③
「琴神」の読み方は「ことみ」です
四月上旬。俺の朝は包丁がトントンとまな板を鳴らす音を聴く事から始まる。
可愛いエプロンに身を包み、母親から受け継いだ優しい味のみそ汁をつくる女の子。
こういう朝のワンシーンは男にとって憧れそのものではないか?
『あれ、もう起きたの? 今日は早いね?』
「ああ。おはよ」
俺は軽くまぶたをこすりながら相槌を打つ。
『ほら、顔洗って来て、ご飯もうできてるから』
「はーい……と、そうだ。今日体操服いるんだった」
『大丈夫、玄関に置いてあるから。行く時ちゃんと持って行ってよね?』
こんな風に、ミスをフォローしてかわいく注意されちゃったり……。
「……いいなぁ」
『どうしたの?』
「いや、こういうゆっくりした朝ってさ、なんか幸せだよなぁ」
『あはは、なにそれ? あたしの……その、エプロン姿に見惚れてたとか?』
その子は、うつむいてもじもじと女の子な仕草で、頬をぽっと染めていく。
「……かもな」
『そっ、そう? じゃあ……今日も頑張ってね!』
「うん。けど何を?」
『それは……』
「うん?」
『……げ、ん、じ、つ!』
彼女は、はっきりとそう言った。
「…………へ?」
なんだって? 現実?
『だってこれ、妄想だし!』
彼女はそう言切った……は? 妄想?
俺は目を凝らす。疑いの眼差しで彼女を見つめ……自分の焦点が合うまでゆっくりと待つ。
彼女にピントがバッチリ合うと、そのエプロン姿の女子は俺がよく知ってる奴だった!
「琴神!」
中学の頃からの友達だ! 確かにあいつは女で加えて言うなら、かわいい方に入るけど……
「お前っ! こんな事しないだろっ!」
そうっ! あいつはこんな事しない、てかできない!
琴神がみそ汁っ? 優しい母の味っ? 冗談! お椀に直接みそ入れてカップ麺よろしくお湯を注いで「おみそ汁だよっ」と言い張る奴だぞ!
「だからぁ、これはいおりんの妄想なんだってばぁ。が、ん、ぼ、お!」
「なっ! 俺はこんなの望んでねぇっ!」