②
少し重みを感じたドアが開くと、外は夕闇に沈む時間だった。風が冷たい。四月の暖かで心地いい風は、太陽と一緒になって隠れてしまったようだ。それで、人恋しい――寄り添う相手を探す夜の風が、制服を揺らすんだ。なんだろう? 私でもほんの少しだけセンチな気分になるじゃないか……
「さぎり、トランプは――」
「二人でやってもつまらない……すぐ戻るから」
冷たい風が入り込まないようにドアを閉める。
「……トランプ」
ドアが閉まり、車内の音が遮断される。
その所為で知紀がなんて言ったか聞き取れなかった……という事にしておく。
「さむ……」
まぁ、空気が籠ってない分、あの中に居るよりはずっといいけど。
「どうしようかな……」
ただ外に出たかっただけで、特にやりたかった事があったわけじゃない。
仕事が始まるまでまだ時間があるけど……でも、外が寒かったという理由ですぐに戻ったらきまりが悪いじゃないか。
やる事もなく私はバンのすぐ傍に座りこむ。そしたら、ひゅっと風が吹いた。
今が春って事に間違いはないが、もうすぐ夜だって事にも違いない。
この時間帯に吹く風は冷たい……きっとまだ、外に出てから三分も経ってないのに……。
熱を逃がさないように体を小さく丸めてじっとする。そうしたらしばらくして、コンコンとバンの窓を叩く音が聞こえた。
窓の方を見上げると、知紀がトランプを片手に口パクで何かを伝えようとしている。あれは――ま、じ、く…………み、せ、た、げ、る?
ニコッと笑って、知紀は手に持ったトランプの枚数を増やしたり減らしたり、柄を変えたり揃えたりした。楽しげにマジックを披露する知紀の目は「戻って来なさいよ」といっている。
……わざわざ、あんな事までして私を中に戻そうとしてるんだから、意固地になってその好意を無下にするのは良くないよな。と、そう自分によく言い聞かせてやった。
「……わかったよ、戻る」
知紀は伝わったのか、今度は笑って「はいはい」と言ったみたいだ。
さて、立ってスカートを払う。戻ったら仕事の開始まで、タネも仕掛けも満載の知紀とのトランプ遊戯で誰しもびっくりな歴史的大敗をきする事になるだろう。苦汁以外の何物でもない。
そして、それが終わったら私の仕事だ。
私は、夜になりきれていない街を背に、知紀の所へ戻る。
――だって、あいつらが出るのは夜だから。
立ち上がった私の目に映り込む景色は、ろうろうと光を失っていく街並み。
あいつらを潰すための、私の狩り場。