1章:友と友
地響きと共に空間に轟く爆音。
静けさに包まれた森を包み込む音に青年は漏らすようにして呟いた。
「爆破……どうやら僕ら以外にも誰かこの森に入っているみたいだね」
「……」
「あぁ、先を越されたみたいだ」
「……」
「そう言うなよな、僕だって迷いたくて迷ってたわけじゃないんだから」
その足を進めながら青年は何者かに話しかけるようにして続け
爆音の音が漏れた方向にその身体を動かした。
そのまま男は加速し、器用に湯煙の上がる大地を避け進む。
数分後、音のあった場所へと近づくとその足を青年は何かに警戒するようにして
ピタリと止めた。
再び誰もいない背後に向けて青年は柔らかな声音を口にする。
「見る限り人数は6人かな? それぞれ結構腕のある奴ぽいな。
お前はどう思う? 助けるべきかな? ゼルゼア」
視界の先には、何かの魔法によって半身吹き飛んだ緑色の魔物の姿と
その周りで凍りついた触手が移りこむ。
しかし、魔物の消し飛んだ上半身は徐々に再生しているように青年の目には映った。
その光景を周囲に展開しつつ困惑の表情を浮かべて佇む
黒色のローブを纏った者たちの姿も同時に映りこんでいた。
そこで、青年の声に反応するようにして背に背負っていた包みから声が漏れ出る。
「助けるも何も、俺らの目的ははなからあの魔物だろ?
それならやる事は決まってるってもんだぜ」
「やっぱそうなるよね……どう見たってアイツは……」
全身に酸素を行渡らせ、同時に呼吸を整え、足に力を入れる。
さらに足場を強く蹴り、戦いの舞台へと加速する。
瞬間、彼は人の脚力をはるかに凌ぐ常人離れした高さで
魔物の頭上に飛び上がり、どこからか取り出した
黒色の剣を振るいて魔を切り裂いた。
同時にあたりに展開していた黒色のローブの者たちは
一斉に困惑した表情を浮かべただ呆然とこちらを見つめていた。
それを一身に感じつつ青年は剣を地面に突き刺し、何かを探るようにして
魔物から溢れる緑色の液体に手を入れる。
生暖かい塗るりとした感触をしばらくの間体験した後
彼は目当てのモノを見つけたのか声を漏らした。
「これだな? よっと」
液体を払うようにして手を振るい、手にした物を見据えて言う。
「また紛い物か……」
手の平に乗った黒色の光を放つ小さな小石。
青年はそれを見据えて、大きなため息を漏らす。
同時に地面に突き刺していた剣の刀身に小さな石を
押し付けると、石は刀身に吸い込まれるようにしてその姿を消した。
そこで突如、息を吹き返したようにして数人が周囲に展開し
魔方陣や剣を構えてこちらに敵意を向けてきた。
当然と言えば当然の行動。
突如現れた不審人物前にして敵視しないほうがおかしい話だ。
自分が相手側の立場であれば間違いなく彼らと同じ行動に出ていただろう。
さらに言えば、思考が麻痺していた数人の者たちとは別に
こちらにすさまじい殺気を向けてくる、厄介な奴もいるようだ。
殺気の向けられてくる方向は大体つかんでいたが、彼らとやり合うつもりは無い。
だからこそ無視した。その結果が今、この場で色濃く現れてしまった。
首筋にひんやりと伝わる鉄の冷気。
『少しでも動けば殺してやる』と言わんばかりの殺気がその鉄から流れ込んでくる。
この状態から逃れる方法はいくつか脳裏に浮かんだが、どれもこれも
彼らを傷つけてしまう可能性がある。
青年はそれを望まなかった。
「えっと、その物騒なモノをしまってくれないかな?」
(結構腕の立つ奴っぽいな……ここはおとなしく……)
「何者だ? 気配を感じなかった。いや、今もお前からは気配
を感じない。お前は何者だ……」
背後でそう呟き、剣を首筋に構える男の声が聞こえると
青年はハッとした表情を浮かべる。
同時に『あぁ、そうか』と呟く。
刹那---
今までその場に無かった人の気配が振って沸いたように突然彼の全身からあふれ出す。
瞬間、周囲にいたローブ姿の者たちの表情が、険しい物に変わるのがわかった。
「私はお前みたいに気配を完全に消す者を一度見た事がある。
だが、その若さでは初めてだ。貴様は何者だ? 敵であれば斬る」
「君たちの敵では無いよ。君たちに危害を加える気も無いしね」
「敵ではない? 我々がその言葉を信じるとでも?」
「う~ん……でも信じてほしいな」
そこで、突き刺さっていた剣から声が上がる。
「たくよぉーふざけんじゃねぇーぞ? なにヘラヘラ笑ってんだよ。
俺の主であるお前がこんな相手に屈服してんじゃねぇーよ
こんな奴ら今の俺様なら簡単に……」
「何だ?」
「どこ見てんだよ! ここだ小僧が」
「!」
「ったく、やっと気がつきやがったか。まったく近頃のガキは
ドンくさくてかなわんわ」
「人の刃である剣が、言葉を……」
男は背後でそう言葉を止めると、突然かぶっていたフードを青年の頭から
下ろした。同時に青年の顔が、表情がその場にさらけ出される。
「白銀の髪…………」
突如青年は肩をつかまれ、背後に立っていた男と向かい合うように状態になる。
そして前にたつ黄金の髪の男が釘いるような目で青年の顔を覗き込み、そして頷いた。
「……フッ」
男の表情がわずかに緩み、微笑を漏らす。
男は鞘に剣を納め、そのまま一歩、また一歩と後ろへ下がる。
整った顔と背まで伸びる長い白銀の髪を持ってして微笑を浮かべ男に向けて呟く。
「えっと……剣を鞘に納めたという事は信じてもらえたのかな?」
「お前を私は信じよう」
先ほどとは違う言葉遣いを持って彼はそう返してきた。
同時に背後から声が漏れる。
「なぜだジーク? どういう理由で彼を信じるんだ?
確かに主立ちは悪人には見えないが、人は見た目では推し量れない
ように出来ているのだぞ? 理由を聞かせてほしい」
若い女の声。
「私が判断した。理由はそれだけだ」
「君らしからぬ言葉だな。ここはとりあえず身柄を拘束してだな……
慎重に対応したほうが言いと私は思うぞ?」
甲高い声音が背後から聞こえ、振り返りそれらを見据えた。
そこには二人の女と三人の男がそれぞれ距離は離れているものの
こちらを目視し敵意を向けて佇んでいた。
そこで、オレンジ色の髪をした少女が指先をブンブンと振り回しながら言う。
「そうですよ……突然現れて魔物倒して、何より
何なんですかその薄気味悪い剣は……剣が言葉を話すなんて
聞いた事ありません」
可愛らしい仕草を見せる彼女に一瞬青年は微笑を浮かべる。
するとすぐに少女は顔そらして言う。
「な、何なのよ? あの笑顔は……なんかむかつく」
さらに周囲で声が上がる。
それは赤色の髪を持つ図体の大きな巨体の男だった。
手には大槍が握られている。
「そうだぜ、いくらあんたが王剣の騎士だって言っても
今はこのチームの仲間だ、一人の判断でそいつが安全
だと決め付けるのはよくねぇー理由も無いのにそんな
得体の知れない奴を信じることなんてできねぇーよ」
そこで場違いな言葉を木の根に体重を預けて口にする青髪の男。
「私は貴殿と一度手合わせをしたい……」
それを無視して声が放たれる。
「この男を拘束するのならば、私は彼をこの剣にかけて守る」
体を前に出し、鞘に手をかける男。
「どうしてそこまで……」
「……」
すると……もっとも影が薄く、存在感の無い黒髪の男が一歩また一歩と前に歩み寄り
そして声を上げた。
「……シルフィーナ」
声の主に青年は首をかしげた。
(どうして名前を……偶然か?)
それを見た黒髪の彼は、あわてて古ぼけた灰色の本を前に突き出して言う。
「君はシルフィーナなんだろ?」
その本には見覚えがあった。
そして同時に目を大きく開いて声を漏らす。
「それは確か……知識と導きの本『レグルス』
どこでそれを手に入れた?」
青年は鋭く眉を尖らせ、持ち主を見据えてそう言うと
男は笑いながらいう。
「だって、これは僕の本だよ? 僕が持ってて当然じゃないか
だって僕はディエル・シルフィーだからね」
「……嘘だ、ディエルはもう17になってるはずだ
それに君みたいに大人しそうな奴じゃなかったぞ
確かに黒髪で何時も馬鹿みたいに本を持ち歩いてたけど
…………本当にディエルなのか?」
それに彼は頷き答えた。
「うん、僕はディエルさ、君と共にアリーネの裸を除き見た
親友のディエル・シルフィー17歳だい!」
「……マジか! チョッと感激。いや本当に感激だ」
うれしかった。
かつて王族だった自分が唯一親友と呼べた男。
そんな彼が笑いながら前に立っている。
その表情は心底喜んでいるように青年の目には映った。
「僕は君があの時死んだのだと思ってた。でもよかったよ
本当によかった……」
その日、青年アゼルリア・ロスト・シルフィーナは赤色の封筒を彼らの前に提示した。
それは学園入学の許可書である。
かねてより入学試験や魔法実力試験など違う場所で試験を受け
見事に合格し、その道中に立ち寄ったのがこの森だった。
そしてその数日後、彼ははれてシドニア魔法学園に入学する事となる。