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1章:学園の片思いと校長のスルメ


「……むぅーむぅー」


 小さな個室で可愛らしげな声がうなるようにして響いた。

 声の先にはオレンジ色の背の位置まで伸びる髪をした

 少女が一人頬を赤らめ幸せそうに笑みを浮かべている。

 少女、エリィーナ・ルイナスはそのとき、幸せの絶頂に達していた。

 理由は数時間ほど前にさかのぼる。

 

 □□□□□□


 太陽は中天に接し、日の明かりが空より窓を通して

 教室の一室に差し込んでいた。


「えぇーであるからして、この魔法公式は以下の通りになる……」


 教室の中央から聞こえるズッシリとした重い声を耳に入れながら 

 エリィーナは窓越しに座る黒髪の青年を見据えて胸を高鳴らせていた。

 どうしてそんな気持ちになるのかわからない。

 けれど、最近彼の事が本当に気になって仕方が無い。

 この気持ちがどう言うモノなのかわからないけれど、今私は

 最高に充実した時間をすごしている。

 そう胸にエリィーナは思いつつ幸せそうに彼の背を見据えていた。

 そこで、思わぬ攻撃を受ける。

 それは突然、本当に不意をつかれ攻撃だった。


「エリィーナ君、一体君はこの時間何をしていたんだね?」


 その声に思わず立ち上がり、周囲をプイプイと見渡し

 頭を同時に抑える。


「え!ちょ……何?」


 思わずもらした困惑する声に周囲の同じ学生服を着込む生徒らから

 一斉に笑いの声が漏れ出るのを聞いて、ようやく事態を把握した。

 どうやら、やってしまったらしい。

 ここで一瞬逃げ道を考えるが、どうしようも無いとエリィーナは悟った。

 ノートには黒板に描かれた魔法式らしき式は一切書かれておらず

 意味不明な落書きが無数に白紙の紙に描かれている。

 まだ、ここに式が描かれているのなら逃げ道はあったが、それが

 落書きとなると、もう逃げ道は無い。


「まったく、何に気をとられていたのか知らないが、近頃の

 君は集中力が欠落している。もう少し授業に集中しないと

 君の望む職場にはつけぬぞ」

「はい……すみません」


 視線を机に落とし、沈んだ声でそういうと、初老の男は頷き

 そそくさと黒板のある方向へ歩いていった。

 同時にエリィーナも席へ沈んだ気持ちと共に座る。


「やっちゃったなぁ……」


 そう小さく呟くエリィーナを面白そうに見据えてからかうようにして

 声をかける一人の少女。


「エリィーあんた、また彼の事考えてたんでしょう?

 良いわねぇー青春てなんて美しいの? クフフ」


 声はエリィーナの背後から漏れる。

 その声にエリィーナは僅かに視線を背後に移し、挙動不審な行動をとる。


「ちょ、カッ、か、彼って誰の事かな~私には全然わかんないだけど

 ~オホホホ」

「隠してもだめよ。親友の私にははっきりと貴方が彼に恋してるって

 事見え見えなんだから」


(恋? 何言ってるの、私はただあいつの事が気になるだけ……

 そう!決して恋とかじゃないなんだから!)


 そう自分に言い聞かせる彼女を他所に背後に座る心友は続ける。


「でも、どうして彼なの? 他にいい男ならエリィーナの美貌を持ってすれば

 人の数ほどいるでしょうに、なんで彼なの?」

「だから言ってるでしょう!? 私は別にアイツの事が好きとか

 そう言うのじゃなくって、ただ……」

「ただ?」


 その後の言葉が見つからなかった。

 最初はもちろん、頼りない彼を私が引っ張っていかなくちゃ、

 なんて思ってた。けれど、最近は何かそれとは別の感情が胸を支配している。

 それが何なのかわからない。もしかするとそれが『恋』という感情なのかも知れない。

 けれど、それを認めてしまったら私は……


 心のどこかで恋を否定していた。 

 愛することを否定していた。

 だから答えが出ない。

 だから曖昧な言葉をエリィーナは口からもらしてしまう。


「弟みたいな奴なのよ、私が姉でアイツが弟

 うん、兄弟みたいな関係よ。そんな相手と恋なんて」


 それに呆れるようなため息が背後から漏れる。


「まったく、エリィーナはいつから恋に臆病になったのかしらね

 まぁーいいわ。私の作戦はすでに動き出しているのですもの

 ウフフ」

「臆病って……私は恋なんて……それになに

 その作戦とか、特にその気味の悪い笑い声は……」

「秘密」


 その不気味な笑い声の真相を知る事になるのは授業が終わる

 鐘の音がなる頃のことである。


 □□□□□□


「えっと……どうして私が……」 


 思わずもらしたその言葉に、前の長椅子に

 座っていた老人が口にスルメを齧りながら

 独特の笑い声と共に言葉を漏らす。


「ヨホホホ、うん。簡単な話じゃ、そちらが適任と思ったから

 こういうチーム構成になったのじゃ。決して娘に頼まれたからという

 事ではないぞ? 絶対にそうではないからな?」


 老人は事も見事に強固なスルメの皮を噛み切り

 喉にごくりと飲み込むとそう言った。

 それにエリィーナは呆れるように見据え、同時に裏で糸を引いている

 人物を脳裏で思い浮かべ、ため息を漏らす。


「はぁ……話はわかりました。えっと、適任とおっしゃいましたが

 どうして彼もいるんですか? 見る限りここにいるのは学園でも五本の指に

 入るほどの実力者ばかりです。私も自慢ではありませんが雷撃の魔法に関しては

 ここの誰よりも優れていると自負しています。しかし彼は……」


 視線を老人から左右に並ぶ数人の男や女、その中でも

 黒髪をした青年を見据えつつ言った。

 彼はここにいるべきではない。

 そう思ったからだ。


「我々も同意見です。言っては何ですが、その。彼は……」


 周囲からも同じような問いが老人に投げかけられる。

 何かいいにくそうに同じ学生服着た赤髪の男がそう言うと

 老人は机に並ぶスルメを手に取り口に含み再び

 老人とは思えない力でスルメを噛み切り言葉を呟いた。


「だからいったじゃろう? ワシは適任だと思ったから

 このチームを結成した。君たちにはやれる。

 それほどの実力がある。うん、絶対いける」


 そこで、白銀のメガネを駆けた藍色の髪に水色の瞳をした

 女性が声をはさむ。


「校長は実力があると仰いましたが……明らかに

 実力が無い者がこの中にはいるではありませんか? 

 そう、今この話題の中心にいる人物、ディエル・シルフィ高等部二年、

 彼は我々のように呼び名があるわけでも成績優秀なわけでもありません。

 何故彼が我々と共に魔物討伐に出向くのですか? 我々には納得がいきません」



 彼女の言った事は正論だった。

 シルフィーの事は二年間共に学び共に過ごしてきてよくわかっている。 

 彼はエリィーナにとって弟のような存在で長所も短所も理解していた。

 もちろん短所は彼が魔法や武術に置いて人並み以下な成績であるという事。

 長所は、やさしさ。言ってしまえば彼にはやさしさだけがいいところで

 後はダメな人間なのだ。だからこそ彼を守ってやりたい、引っ張って

 行きたい、そういつしか思うようになった。だからこそ弟のように思ってきた。

 彼らが言いたいのは明らかに短所の方だろう。

 エリィーナ自信、彼をつれて危険な魔物討伐に出向くのは避けたかった。

 だからこそ、反論したのだが……。



「ほほぉー君自身はどうなんだね? 君には実力がないと

 思うかね?」


 老人は座り込み、欠伸をするシルフィーに向かって言うと、

 シルフィーは曖昧な言葉を老人に返した。


「う~ん、みなさんがそう判断したのなら僕は多分皆さんの思っているような

 実力なんでしょう。でも校長が僕にどうしても行けと言うのなら僕は

 校長先生の言葉に従います」


 その声音は強くも弱くもなく、普通の声音で彼はそう言う。

 それにハッとしてエリィーナは老人に言葉を漏らそうとするが

 老人はうれしそうに頷きながらこう漏らした。


「ほほぉーそうかそうか、つまり君は別に行ってもいいと言うのだな?

 ならば行くといい、誰がどう意見しようと、彼が動向するのを

 ワシ、この校長が許す。異論はないな?」


 その言葉に呆れる声とため息が漏れ、周囲の人間がうなだれる。

 それと同じくエリィーナはため息と、内心で僅かに喜びを覚えた。

 理由はわからなかったが、少しだけうれしかった。



(連れて行くのは怖いけど、一緒にいてくれるのは心強い。

 アレ? なんで心強いの? は、へ?)



 頭の中で絡まりする思考を麻痺させてその日、校長室を後にした。

 そしてすべての授業が終わりを迎えて、しばらくの事、部屋に戻ろうとした

 その矢先、彼と通路ですれ違った。

 彼はこう言った。


「エリィーナ? 偶然だね。これから部屋に戻るのかい?」

「えぇ、まぁーそうね。で、何?」

「いや、何って、まぁ-アレだ。明日はお互いにがんばろう」

「がんばるって、シルフィーはおとなしく私の後ろにいればいいのよ

 怪我とかされたら困るし……」

「アハハ、僕は相当危なっかしいらしいね。でもまぁー

 そうするよ。でももしものときは……」

「どうするっていうの?」

「う~んそのとき考える」

「何それ?」


 彼は笑いながら頭を描きつつ言う。


「なんだろうな~アハハ、まぁー明日はよろしく。

 そしておやすみなさい」

 それだけの会話だった。

 しかしなぜか胸がどくどくと鼓動し、高鳴って耳に響き

 部屋に戻ってもその高鳴りは収まらなかった。


(何故……)

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