プロローグ
五つの大陸と、五つの神々。世界には多くの神が点在し
大地をそれぞれの恵みで加護し、人類に、あるいは動物に
絶対の恵みを約束した。
そうして生まれ、恵まれた大地の一つ、アルバ大陸に位置した
雪と水の都、ザルム王国。その一角に存在する王族が住まう城のとある一室で
白銀の瞳を持ち、白髪の長い髪を手でいじりながら椅子に座る少年が一人
つぶやくようにして声を上げた。
「はぁ……どうして僕はこんな王族に生まれちゃったのかなぁ……」
ため息混じりに青年が言うと、どこからか声が漏れる。
「シルフィーナーーーお前の生まれを嘆く前に俺様を使いこなせるように
もう少し剣の鍛錬をしてくれねぇーか? 王族の剣である俺を
唯一扱える男なんだから頼むぜーーー?」
少年、アゼルリア・ロスト・シルフィーナは声の方向に視界を転じ、
鞘に収められた豪華な彫り物の施された剣を眺めて言う。
「いやいや、僕だってがんばってるよ? 多分この国一番……
いや……それは言い過ぎかも知れないけど、とにかく
君を父上から託されるくらいの実力はある。そんな僕に
まだ精進しろとか言うの?」
「当たり前だ、お前はまだまだのベーベーなんだよ」
「べーべーってなんだよ?」
「赤ちゃんって事だよ、俺から見ればお前の剣の腕は
あの若かりし頃の親父殿と比べれば赤子のようなものだ」
「うぁーそこで父上の事を口に出すのかよ……
あの人は化け物なんだよ。聞くところによれば
1000の兵を一人でなぎ倒したって言うじゃないか?
そんな人を僕が超えれるわけないじゃん」
そこで、剣が大きなため息を就く。
ソレを聞いてシルフィーがめんどくさそうに立ち上がる。
「シルフィーナ、俺は悲しいぞ……お前がこのような
雑魚雑魚の雑魚野郎に成り下がっていたとは……
本当に残念だ」
「はぁ……いつもいつも僕をからかって楽しいの?」
剣は即答した。
「あぁ、楽しいねぇーお前の親父殿と共にいた頃よりも数段
楽しい、何せお前がいびりやすいやつだからな」
「ひどい奴だな……」
そう言いつつ、シルフィーは横たわる言葉を発する剣を握り
腰に添えると無数に乱列する本の中を器用に進んだ。
■■■■
剣を託されたのはもう2年も前のことになる。
幼い頃から剣術と魔法を極め、武王の称号を得るために
必死に精進してきた。
武王とはこの国の国王に与えられる称号のことだ。
過去の国王でそれを得たのは第十三代国王と現十七代国王だけ。
したがって武王と呼ばれるためには才能が大きくかかわってくるといわれている。
そして、才能あるものに託されるのが『魔剣』言葉を発する魔を持つ剣。
使いこなせれば山をも切り裂けると言われている剣をシルフィーは父上から
託された。ソレはつまり父は息子の自分に才能があると判断したと言うことだ。
其の頃の自分は認められたんだとうれしく思えた。
手に握られた剣を片手に構え、前に立つ赤服の男を見据えて
シルフィーは息を整えた。
それを笑いながら眺め、長剣を握る男。
「今日もよろしくお願いします。ゼファーさん」
赤髪の男はその声に微笑を浮かべ答えた。
「こちらこそよろしくお願いします。今日はとても気分が良い
本気でお相手しましょう」
「ゼファーさんの本気ですか……それは少し厄介ですね。
でも僕も負けません」
「よい気構えですね。でははじめましょう」
そう男が言った瞬間、広場の空気が重々しく変わり
男の全身から殺気があふれ出る。
同時にシルフィーは行動する。
足を加速させ、片手に握る魔剣をさらに強く握り締め
男の元に向かう。
ソレを男はうれしそうに眺め、長剣で空を裂く。
空気が切れる音が空間に響くと、同時に手のひらに
痺れと重みが伝わった。
「っ!」
「おやおや、この程度ですか? シルフィー殿」
「そうだぜ! もっと見せ付けてやれ俺様の力を」
手元でしゃべる剣を見て、手をガタガタと震わせながら言う。
「無茶を言うな、父上と同等にやり合う事のできる剣聖のゼフィーさんだよ?
今の僕じゃ防ぐので精一杯だよ」
ソレはシルフィーの本音だった。
本気を出しても彼に勝てる気がしない。
今現在この国では9人の剣聖がいる。
その中でももっとも国王に近い剣術を持っているのが前にいる
ゼファーアルセルスだ、そして何より彼はシルフィーの師匠。
剣の腕ならすでに中将クラスまで極めていた彼にも剣聖には届かない。
「なんだよ、つまんねぇー奴だな」
「つまらないって、しょうがないだろ? 今の実力がこれなんだから
そもそも、14の僕が剣聖のゼファーさんと剣で遣り合えていることすら
奇跡なんだからな?」
前に立つ男を見据えて、手に力を込めながらそう続けると
ゼファーが笑いながら声を漏らした。
同時に視界が空に向く。
「君には才能がある。5年先か10年先か、それはわかりませんが
おそらく君は……」
そこで意識が突然閉ざされた。
■■■■
……陛下はどうなった?
……わからない……
……剣聖がすでに5人やられている
……くぅーどこの国の連中だ
……わからない……
……夜襲とは姑息な
……我々はシルフィー様を安全な場所まで連れ出します
……頼んだぞ。我々は陛下の下へ……
声が聞こえていた。
ソレはよく耳にする神官たちの声。
幼い頃から話相手として付き合ってきた
大切な人たちの声。
しかし、彼らの言っていることが理解できなかった。
剣聖が5人敗れた、とかどこの国の連中だ、とか
夜襲とか、本当にわけがわからなかった。
同時に意識が鮮明になってくる。
視界が神官たちの顔を映し出し、周囲の状況を伝える。
そして今自分を抱えているのが神官のアルバと言う人物だと理解した。
「えっと……一体何が起こっている? 説明を」
アルバがシルフィーを抱えながら言う。
彼の話は耳を疑う物ばかりだった。
何より、剣聖5人が何者かによって殺された事を聞かされた。
「わかった。逃げろと言うのだろう? でも僕は行くよ
父上が心配だ」
「殿下、しかし……」
シルフィーはアルバの手から離れ、地面に足を下ろすと周囲の人々に言う。
「気にするな、僕にはこの剣がある。本気を出せばこの剣が力を貸してくれるさ」
「ほぉー寝起きで頭でもおかしくなったか? 俺を扱えるのは
実力が拮抗した相手のみだぞ? まだお前は全然だ
俺の力は見込めないぞ」
剣がそういう。
その事はよく理解していた。
「そんなこと知ってるさ、でもやるよ僕は。王国の一大事だ」
その瞬間、窓の外が白色の光を放った。
それに剣が反応する。
「おいおいおいおいおいおい!なんかくるぞ? でっかいのがくる」
「へ?」
刹那、剣がそう言った瞬間、窓の外に広がる光がさらに大きくなり
視界が同時に真っ白な光の中へ吸い込まれていった。
「な……」
光の中、闇と等しく思える光の中。
ソレは聞こえた。
……七色に染まる、九つ夢、大地に広がる、思いの種
世界は広く、未来は狭く、遠い空を眺めて、人は生きて行く。
声は優しい女の物だった。
(……声?)
「……おい」
「……おい起きろ馬鹿」
目覚めなければよかった。
あのまま、あの日、死んでいればよかった。
そう、何度も思った。
瞼の先に移るのは赤色に染まった空。
黒煙をあげる瓦礫のあふれる見知らぬ場所。
「何だよこれ……どこだよこれ」
震える唇に揺れる心、状況が読めない。
光に包まれた後、一体何が起こった。
そう胸で何度も叫んだ。
「わからねぇーのか? ここはザルム王国だ」
その日、ザルム王国は滅んだ。
周囲の国ではさまざまな仮説がたてられ
後に、渡り神が引き起こした災害だと判明した。