女王様と茨姫 後編
ぽんぽん、と軽い花火の音が大会の始まりを伝えた。
今日ばかりは訓練用の闘技場も開放され、街の人々が集まりはしゃいでいる。おてんば娘の行く末とやらは、街のみなが気になっていたことであるらしい。
「楽しみねぇ、タリーア様の雄姿!」
「でも、もしかしたらこれで御結婚なさっちゃうかもしれないんでしょう? あたしやだ、そんなの!」
「ばか、タリーア様にかなう男がいるワケないじゃない!」
「そ、そうよね。そうよねぇ! タリーア様だもの! やっぱり楽しみだわ!!」
娘たちの楽しそうな会話を聞いて、氷雨は口元を隠した。
「若い娘が同じ娘にあこがれて……。かわいいもんだ」
「氷雨さんはやめてくださいね」
「少なくともお前よりは魅力的かもな、カガミ」
俺は真面目だと言うのに氷雨はツンとそっぽを向いた。
会場の特等席に氷雨は領主と並んで座っていた。領主のほうはすでに緊張で倒れそうで、こちらの会話など耳に入らない様子だ。
「あ、来たぞ、未来の花嫁と花婿候補が」
そう呼ぶには物々しい姿をした今回の主役たちが、垂れ幕をくぐり歓声の中登場した。
先頭はタリーア。いつも通り甲冑に身を包み、腰には愛用の剣をさしている。それに続くのは領主の娘にふさわしい身分と力をもった男たちだ。いずれも縁談の話が出ていた相手である。
一人闘技場の中央に立ったタリーアに、観衆は静まりかえって彼女を見守った。
タリーアは高々と宣言する。
「これより、領主の娘タリーアの婚儀の選定式を始める! わたくしは宣言します。この場において、わたくしに剣をもって立ち向かい、うち倒した相手を婿に迎えることを約束します」
こうしてタリーアの物騒な花婿選定式は始まった。
泣きつかれた氷雨が苦肉の策で提案したのは、タリーアが何より自信をもっている剣をもって婿を決めてはどうか、ということだった。鼻っ柱の強い生意気な小娘の自信を一度喪失させることで、タリーアの猛る心を落ち着かせようというのだ。
それが魔女としての祝福ってどうなのよ、と思わないでもないが、藁にもすがる思いで領主はそれを採用した。何より、タリーアが乗り気になったのだ。
「いいでしょう。それさえ乗り切ればわたくしは自由でいられるのですから、楽なものです!」
負ける気がしない、ということだ。
そしてお祭り騒ぎで開催されたのが、今回のコレ。俺としてはちょっとくやしいけど、残念ながらタリーアの思惑通り、この場に彼女にかなう男はいなかった。列を作っていた男たちは、順番にボロボロになって会場を後にした。次に戦う男の顔色は悪く、すでに逃げ腰だ。これでタリーアに勝てるはずはない。
「氷雨殿、これでは話が違うではありませんか……」
もともと白かった顔を真っ青にさせ、領主は氷雨に泣きごとを言う。
「予想できていたことです。ま、第一回なんだから仕方ないでしょう。みな、タリーア様の力を甘く見すぎたのですわ」
「2回目を開催するまでもない。婚姻を申し込む相手がいなくなります……」
激しい金属音が交差する。勝負は一瞬でついていた。彼女は片手剣を軽くふるって鞘に戻すと、倒れ伏した相手に侮蔑の視線を向ける。
「わたくしと結婚したいのならば、わたくしの屍を越えていきなさい!」
越えちゃ意味ないでしょ、とのツッコミは控えるとして、意気揚々と吠えるタリーアは実に楽しげだ。
その様子を見ながら領主はまた体をひくつかせて涙目になっている。氷雨は美しい作り笑いを浮かべて優しい声音で言う。
「大丈夫ですわ。彼女は茨に覆われた城に眠るお姫様のようなもの。いつしか茨のトゲをものともしない王子様が現れて、彼女の深い眠りを覚ますでしょう」
「……いつです?」
「いつしか」
「そんな悠長な!」
氷雨は領主を軽く無視して、にっこりとタリーアに向かって微笑んだ。タリーアがこちらを見ていたのだ。いや、氷雨を見ているんだろうな、うん。
「何を言われましても、私ができるのはここまで。さて、そろそろお暇させていただきます」
「え!? 今!?」
今までで一番大きな声を出した領主に、氷雨は優雅な仕草で一礼する。
「暖かなおもてなし、心から感謝いたします。どうかタリーア様によろしくお伝えください。カガミ、行くぞ」
「はいはい」
さっと身をひるがえし会場を後にする氷雨。俺は氷雨の後を追う前に、領主に向かって一応くぎを刺しておく。
「氷雨ができることは本当にあれだけです。そしてそれを許可したのはあなただ。どうか、バカなことは御考えにならないでくださいね?」
ぷるぷると震える領主。それにひきかえ、疲れ知らずで剣を振り回すタリーア。
どうでもいいのだが、今回の件は俺もちょっとだけ心を痛めないでもない。だから心やさしい俺は一つだけ言ってやった。
「俺はこれでも占術士でしてね」
ピン、とダイスを指ではじき、落ちてきたところを掌に載せた。
「うん。さっきの氷雨の祝福のオマケを差し上げます。お姫様の眠りは必ず覚めます。それを忘れず、気長に待ってやるのも親の愛ですよ。では失礼」
来たときとは反対に、静かな通りを俺達は歩いている。
「こういうのやり逃げっていうんじゃないんですか、氷雨さん」
「いいんだよ。あのまま残ってたら、タリーアにつかまり領主につかまり、婿が決まるまで動けなくなる」
氷雨は帽子を深くかぶりなおした。
「それに、問題はしばらくすれば解決するわ。タリーアは多分ちゃんとわかってる。でも認めたくないんでしょ」
「何を」
「自分が女であること」
「はぁ? あれだけ女性賛美しながら?」
「変だと思わないか? あんなに女性賛美しときながら、自分は男のようにふるまう。あれは彼女なりの抵抗の証だ。タリーアは自分が普通の令嬢らしくなれないことに焦りと苛立ちを感じていたんだろう。かといって性分を捻じ曲げて我慢することもできない。だから、女でも男の代りができる、男以上の活躍ができることを示すしかなかった。自分の在り方を周りに認めさせるためにね」
「あァ、なるほど。女性の新たな社会進出とかいってたのは、父親の望み通りになれない自分の自己肯定ってワケか」
「そういうこと。で、苛立ちの矛先が男っていう性別に向かった。浅はかな考えだがな……。そこらへんが極端すぎる男嫌いにつながってるんだろう。まぁ、あの世間知らずのお嬢様が自覚しているかどうかは別だが」
それでも人々に嫌われず、むしろ慕われている様子なのは、根が素直な性格であるからか。
「純粋に男が嫌いって感じでもありましたけど。なんか氷雨さん見る目がやけに危なくて、俺ヒヤヒヤしましたよ」
俺を冷ややかな目で一瞥すると、氷雨は続けた。
「でもいずれ向き合わなければならない。自分よりも強い男がいること。自分よりも優れいている男がいること。そして、性差うんぬんじゃなくて自分がいかに狭量であったか、ということ。男性のかわりができるから女性のほうが優れているんじゃない、女性にしかできないことがあるから優れているんだ。そして逆もまたしかり。まずはそれを認めないとな」
「口で言えばいいのに、氷雨さんは。そういう教えを垂れるほうがよっぽど祝福っぽくない?」
「うるさい。体でわからせるほうが効果があるんだよ、ああいった子相手には!」
こんな教育法でよく白雪ちゃんを育てたものだ、と俺は半ばあきれ、半ば感心してしまう。いや、だからこそあんなふうに育ったのか。愛らしい容貌のわりにやけにたくましい性格をした氷雨の愛娘を思いだし、俺は一人納得していた。
「なにはともあれ、これでようやく祝福を終えましたね、東の森の城の魔女さん?」
「……本当にうるさいやつだ、お前は」
きまり悪そうな氷雨は、歩調を上げて俺を置いていこうとする。
本当ならばほっといてもよかった今回の面倒、氷雨がわざわざ関わったのには理由がある。
領主が呼びよせたと言う12人の魔法使い、その最後の一人とは、実は氷雨のことだったのだ。領主に「東の森の城にすむ魔女」と覚えのありすぎるフレーズを聞かされてギクリとした俺達だったが、なるほど、よくよく思い出してみると、確かにそんな出来事が十数年前起こっていた。
当時ちょうどこちらの地方に用事で来ていた氷雨は、領主の使いから手紙を受け取った。ここで「私を呼びつけるなんていい度胸だ、絶対行かない」と言ったら氷雨らしいという他ないが、実は違う。気まぐれに、ちゃんと祝ってやろうかと考えたのだ。しかし氷雨が彼らの別荘地に向かった時にはすでに領主の子、つまりタリーアは誕生しており、11人の魔法使いたちがめいめいに祝福をし終えていた。領主は初めての子に興奮し、氷雨の到着に気付きもしない。
氷雨は拗ねた。
『あれだけ祝ってもらえば十分じゃない。私の出る幕はない』
『それにアレでしょ、氷雨さん。上げようと思ってた煎じ薬、もう誰かに渡されちゃったんでしょ』
『黙ってろ、帰るぞバカガミ!!』
懐かしい記憶だ。
「わからないものですねェ、旅の縁というのは。あそこで氷雨さんが拗ねた呪いが、タリーア嬢にかかっちゃったんじゃないですか」
「そんな呪いが私にもできるなんてな。ならどうしてお前はピンピンしているんだ」
氷雨は俺のことを呪う気満々のようだ。
「まあまあ、氷雨さん。次に行きましょうよ」
「まあまあって、お前……。また占いは失敗じゃないか! ちゃんとしなさいって言ったのに」
「いやでも、これで積年の思い残しが晴れたっていうか」
「すっかり忘れたことだった! わざわざ古傷掘り起こして事後処理しただけじゃない!」
痛いところを突かれたので俺はおとなしく黙ることにする。気付いたら空は少し曇り空、女王様のお心も冷えてきている。これはまずい。
「じゃあ次こそ」
俺は九つのダイスを取り出した。
とりあえず、氷雨のご機嫌がよくなる旅路に期待!
これにて茨姫編終了です。
お付き合いいただきありがとうございました。次回もよろしくお願いします!
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