女王様と茨姫 前編
激しい金属音が交差する。勝負は一瞬でついていた。彼女は片手剣を軽くふるって鞘に戻すと、倒れ伏した相手に侮蔑の視線を向ける。
あっという間に気絶した男は、だらしなく白目をむいて泡を吹いていた。ごつごつとした顔。ごわついたアゴ鬚。むやみにでかい四肢。そして何より、この情けなさ。
なんて汚らわしいのだろうか。
メイド・オブ・砂糖にスパイス、それにすてきなものすべて! それを好きになるのは仕方のないことなのかもしれない。
汚らわしいものを見てしまった目を清めるために彼女は視線を横に走らせた。そして感嘆する。繊細な造りの顔。艶やかに流れる白銀の髪。ほっそりとして優美な体つき。長い足を組んでこちらを見ているあの女性のなんと美しいことか!
そして担架で運ばれていく男をもう一度見て、彼女は改めて思う。
メイド・オブ・カエルにカタツムリ、それに子犬のしっぽ。誰がそんなモンの求婚に応えるというのだろうか!! 身の程知らずにもほどがある。
わたくしは絶対に、結婚なんてしない!!
今まで彼女は鋭い棘をもってして近寄る男共を蹴散らしてきた。
そして、これからもそうあり続けよう、と心に決めている。
きりりと結んだ髪をゆらし、彼女は吠える。
「次の相手、来なさい!!」
ぽかぽかとした日よりは、凍てつく女王様のお心も溶かしてくれるようだ。
氷雨は小さく歌を口ずさんでいる。
「何の歌です?」
「さっき、お店の前でガキんちょが歌ってた。なかなかいいセンスだ」
女の子はなんでできてるだとかどうだかといった、ナンセンスな歌詞ではあるが、氷雨の歌声なんてレアすぎる。俺は買ってきた果物のジュースを手渡すと、当然静かに黙って氷雨の歌を聞いていた。
俺たちはダイスの示した方角へ進み、ようやく街までたどり着いた。規模は小さいが、なかなかに活気があってにぎわっている。
「こんなに人を見るのは久しぶりだ。この前はゆっくり歩く暇もなかったからな」
十年以上城にひきこもっていた氷雨は、物珍しそうに辺りを見回した。ツバ広の帽子で顔を隠しているが、のぞく口元は穏やかだ。久々の感覚を満喫している様子に俺も満足する。青空の下、騒がしい街中で、氷雨ととぼけた味のジュースを飲むのも悪くない。
つやつやとした採れたての野菜や果物、金具をいじっただけの飾り細工、タネが見え隠れしている大道芸人の手品。俺達は気の向くままに足を運んだ。
「ふぅん、やはり変わるものだな。ずいぶん前にこの地方を訪れたことがあったが、雰囲気が全然違う」
「ああ、たしかふらっと来ましたね。今は若い娘さんも外を堂々と出歩くようになったし、男に交じって働くこともあるんですよ」
「へぇ、それはいい! 女は美しくも強いものだ、きっといい働きをするだろう。それに、街が華やかになる」
氷雨はこの通りの行動派だから、おとなしく家で花嫁修業、なんてできるわけがない。そんな自分と重ねてか、氷雨は楽しそうに笑った。
と、そこへ明らかに無作法な男たち5人が近づいてくる。でかい図体だけが取り柄、といった連中は肩で風を切り、店の店主や道行く人たちにガンを飛ばしていた。俺はイヤぁな予感にせっかくあがってきたテンションが下がりそうになったが、氷雨はまったく気づかない。おそらく汚いものは最初から視界に入れないようにしているのだろう。うらやましいったらない。
俺はせめてもの抵抗で、氷雨の肩を抱き進行方向を変えようと思ったが、残念ながらそれが逆手に出てしまった。
「おいおい、みせつけてくれるじゃねぇか、兄ちゃん」
聞くのもいやになるようなダミ声。
もう、なんでそんなパターン化した声のかけ方しかできないの!!
「真昼間からイチャついてんじゃねーぞ、若造!」
やたらとでかい顔を俺に寄せてきながら、男は臭い息をはきかけた。
「あー、すんませんね。行きますよ、氷雨さん」
外見はともかく若造なんて呼ばれる年ではないし、本当なら教育的指導をしてやりたいところではあった。しかし前回の反省もある。俺はあくまで穏便に事を片付けようとした、が。
「なに? 今のは私に言っているのか」
ちょっと氷雨さん。黙っててくれない?
俺の必死のアイコンタクトもむなしく、氷雨さんは帽子をくいっと持ち上げて、自分に喧嘩を売ってきた愚か者を睨みつけた。
ああ、もう。
「訂正してもらおうか。この上ない侮辱だ」
「おお、こりゃ驚いた! 予想以上の美人だ」
「なんだなんだ、本当だな、オイ」
「ねーちゃん、俺達と来いよ! そんな優男相手じゃもったいない」
一気に色めき立つ男たちに、氷雨は絶対零度の視線を向けた。
「カガミ、不愉快だ。さっさと黙らせろ」
「あのね、氷雨さん。暴れてもいいけど、またお尋ね者にされちゃ困るでしょ」
「うるさい、こんな屈辱受けて耐えられるか! お前のつれあいのように思われた揚句、バカ者共にからまれるなんて」
「え、そこから不満なワケ?」
「おいコラ、無視してんじゃねーぞ!!」
スル―されたのが我慢ならなかったのか、男たちは俺達を囲んだ。力づくで、ということなのだろう。遠巻きに見ていた街の人々が更に距離を置いて、通りに妙なサークルができてしまった。
俺はちょっとショックを受けてしまったので、お許しもでたことだしこいつら相手にストレス発散しようか、と氷雨さんを後ろにかばい拳を固めた。
と、その時だ。
「そこの者、待て!」
鋭い声が飛んだ。
「私の前で愚かな行為は許さんぞ!」
物々しい甲冑に身を包んだ騎士が、人ごみを馬に乗ったまま疾走してきた。ちょっと、危ないんじゃない?
しかし俺の心配はいらなかったようで、心得たように人々は道を空け、むしろ安心したように笑みを浮かべている。騎士は器用に馬を操って輪に切れ目を作って入り込んできた。
「礼をわきまえない者共だ。今すぐ散れ! 次は引っ立てるぞ」
「げ……! おい、お前ら行くぞ」
騎士の姿を見た途端、勢いをなくしたリーダー格らしい男の合図で、男たちはあっさりと引きさがった。
「お前ら、運が良かったな」
うーん、捨て台詞を忘れないところが小物の証拠か。
騎士に睨まれながら、さっさと退散した男たち。その背中を見て氷雨さんはポカンとしてつぶやく。
「なんだ、アレ」
「さァ」
この辺りは物騒でもなんでもなさそうだったが、こんな重装備で街中をうろつくとは、怪しいにもほどがある。
「貴女方は旅人か?」
馬上で問いかける騎士は、兜でくぐもってはいても通りの良い声で尋ねた。
「ええ。東から国を超えて参りました」
「それはそれは……。我が領内の不祥事は我が家の不始末。大変失礼しました」
騎士は馬から降りて頭を下げると、慣れた手つきで兜をとった。するとその途端、周囲から黄色い歓声が上がる。
風になびく金糸の長い髪。
「その輝かんばかりの美貌と気品、並みの方ではない。貴人とお見受けいたします。わたくしはタリーア、領主の娘です。どうか、我が屋敷へお越しください」
騎士、いや彼女は薄い唇の端をあげ、きりりと微笑んで見せた。
娘たちの歓声は、さらに熱をあげていった。
茨姫編のスタートです。
どうか最後までお付き合いください!
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