女王様とシンデレラ 後編
「ここを出て好きな人と結婚っていうけど、アテはあるの? シンデレラちゃん」
聞くまでもないことをカガミは言う。
「ないよ。あたし、まだ恋もしたことないもん」
「ま、そりゃそうかもねぇ」
ようやく十歳を過ぎたあたりの女の子だ、当然と言えば当然。むしろこんなガキと結婚したいなんて言い出すのは経済力のない子どもと危ない変態オヤジだけだ。
「でも、あたしは幸せになりたい。ここはいや」
ひび割れた指を見てシンデレラはぽつりと言った。ここでは幸せになれない、と頭の回転の遅いシンデレラでも気付いているのだろう。
正直言って、この娘にまともに家事ができるとは思えない。白み始めた外の明かりが小屋にも差し込んでくると、シンデレラの姿が良く見えた。やはり汚らしいが、それ以上にあかぎれまみれの手や鞭の痕のほうが目に付いた。明らかに厳しい生活と折檻によってできた傷だ。
「一応聞くけど、昨日は上手にお米は炊けた?」
「え、タクってなに? 焼いたり茹でたりするのとは違うの?」
「シンデレラちゃん、お掃除ってできる?」
「うん! でもほうきってダメね、ホコリが散らばるだけできれいにならないの。だから新しいママにぶたれちゃった」
ダメなのはお前の頭だ。カガミとの間抜けな会話を聞きながら、やはりダメか、と私はこめかみをもむ。
仕事がろくにできない以上、シンデレラがこの先どうなるのかは目に見えていた。シンデレラにとって不幸な、『新しいママ』にとって幸いなことに、この街には夜にこそ怪しい光を放つ裏通りがしっかりと存在していた(色ボケ王子の趣味かもしれない)。もう少しシンデレラが大人びたら、あっという間にそこに転売されるだろう。
「で、魔女さん。あたしどうしたらいいかな?」
期待に目を輝かせる小娘。
どうしようもなく、腹が立ってきた。
「……いい、シンデレラ。私はあんたを助けない」
「えぇ~!?」
べちっ!
とたんに不満の声をあげるシンデレラの額を間髪いれずに平手で叩き、黙らせる。
「黙って聞きなさい。だけど、何にもできないあんたにチャンスっていう魔法をかけてあげる。ただし場合によっては今より不幸になるわ」
「チャンス……?」
「そう。今までしなかった現状打破の努力ってヤツさえすれば無事に生き残れる、人生一発逆転のチャンス。すべてはシンデレラ次第」
どうする?
私はゆっくりとシンデレラに問いかけた。
「よかったのかなァ、シンデレラちゃん。あれ、半ば騙したようなもんじゃないですか?」
「いいのよ、あれで」
私たちは次の国へ行く途中、小高い丘の上でお茶を飲みながら一休みしていた。ここからだとあの色ボケ王子の城がよく見える。
「そもそもお前が悪い。 あのままだと指名手配くらって、出国もままならなかったんだから」
「だからって自分の身代りにシンデレラちゃん押しつけるとはね……」
そうなのだ。今、あの愚かな娘は色ボケ王子の次期婚約者候補として城で暮らしている。
第一級重罪人となっていた私たちは、シンデレラのボロ小屋を出た途端に多くの兵隊に囲まれた。すでにアタリはつけられていたらしい。
大げさなほどの包帯をまいて王子様自らおでましだ。顔はほとんど見えないが、その下はどうもボコボコに腫れあがっているらしい。私を見てニヤ、と笑った(ように包帯が動いた)が、隣に立つカガミを見てすぐに衛兵の後ろに隠れる。
「罪人、カガミおよびその連れ! 王族への無礼と暴行の罪により、実刑に処す!」
それはカガミに死刑、私には一生を王子の傍で仕えるように、という内容だった。わかりやすいほどの恨みと下心をこめた判決だ。
またもやカガミのスイッチが入りそうになったのを肌で感じた私は、そうなる前にさっさと行動にうつった。捕縛を命じようと息をすいこんだ近衛兵長の真ん前に、シンデレラをつきだしたのだ。
「この度の御無礼、たいへん申し訳ありませんでした。かわりにこの娘を差し出しますわ」
役立つものと言えば手持ちのミズモチヘビの化粧水と傷薬くらいしかなかったが、身支度をしっかりさせたシンデレラは儚げで可憐な美少女へと変身していた。服は汚いままだが、それがかえって純さと哀れさを誘い、庇護欲をかきたてる。元が良かったのだろう、それに気付かれず女郎屋の下働きとして売られなかったのは幸いか、それとも父親の最後の良心か。
いずれにせよ、シンデレラに目を奪われている王子に一言二言囁くだけで、場は十分におさまった。
「不憫な少女を救うとなれば、この美談は国中に広まり王子の名声はさらなるものとなるでしょう……。まだ何も知らない幼い娘です、今からお好みに育て上げる、というのもまた一興かと」
「一応シンデレラが成人するまでは決して王子が手を出せないよう、呪いは渡しといたわ。これでとりあえずシンデレラの居場所はできた。王子に飽きられるまでの、ね」
シンデレラに渡したのは男の欲求を一気に削ぐ効果を持つ丸薬だ。7粒しかないが、それをすべて服用すると男性として機能しなくなる、という蓄積型の呪いでもあるからそれで十分。
「うわァ、シビアだねぇ氷雨さん。今からそれを言う?」
「当然でしょ。そういうことを見越した上での魔法なんだから。あとはそれまでの時間を、シンデレラが有効に使えるかどうかにかかってる」
急に現れた女の子とすぐさま婚約させるほど、城の連中は甘くない。だが王子の意志は(今のところ)かたい、とみた近臣たちは『次期婚約者候補』という非常に不安定であいまいな地位をシンデレラに与えた。不必要・邪魔な存在とみなされた場合、いつでも切り捨てられるように、との処置。つまり、この先もシンデレラには何があるかわからないのだ。
じっくりゆっくり言い聞かせてやった私の言葉を理解したならば、シンデレラはこの先の時間をすべて勉学に使うことになるだろう。それは生きるための術を得ることに他ならない。
安全ではあるが気苦労も多いだろう城での生活を、つつがなく送るための処世術。
王子に嫌われないよう、だが増長させないよううまく手綱をとる方法。
王子に飽きられる、もしくは何らかの事情で城を放りだされたとき、食いぶちを稼ぐ手段。
もし成人するまで育てられ、そのときどうしても王子を好きになれなかった時の、相手のだまくらかし方。
そして何よりシンデレラには一般教養というものが必要だろう。
それらをどうにかして城にいる間に身につけなければならない。お膳立てだけはしてやった。王妃の座に就く可能性がほんの少しでもある以上、教育係がつくのは間違いない。高価で高度な書物も、城なら手に入り放題だ。
私がかけた魔法はただの『きっかけ』にすぎない。終わりの時の鐘が鳴り響いた瞬間、シンデレラにかけられた魔法はとける。もしシンデレラが一時の甘い蜜に酔いしれ私の言葉を忘れたならば、そこに待っているのは地獄への道かもしれない。
「私はそこまで責任は持てない。義理もないしね」
「とかなんとか言って、こういうのはしっかりもらってくるんだからなァ」
カガミは傍らの小袋を見て言った。パンパンにつまっていたはずの中身は少し減っていたが、そこにはまだ大量の金貨が入っている。
「いいじゃない、理想の美少女を見つけてくれたお礼ってコトで向こうが押し付けてきたんだから」
「ま、これのおかげでシンデレラちゃんの『新しいママ』ともすんなり話が通ったんだけどね」
全く使えない使用人のいい厄介払いができた、とむしろ歓迎された。おそらくシンデレラの父に払った値より、金貨数枚のほうがよっぽど高かったに違いない。
「シンデレラは最後まで勘違いしてたみたいだけど、お前までバカ言うんじゃないだろうな。私は善良でもなんでもない魔女。見返りもなしに動くとでも思うわけ?」
俺は、楽しげな笑みを浮かべる氷雨をじっくり眺めた。
氷雨は一気に4つのことをやってのけた。
危うく罪人になるところ(俺のせいだけど)を、あっさり逃れ。
自分に目をつけ、権力にものを言わせようとした男を遠のけ。
礼金までがっぽりせしめ。
そして最大限に利用させてもらった御礼に、哀れな少女に人生転換のチャンスを与えた。
『魔女さん、ありがとう!!』
薬のおかげで傷が薄くなった手を大きく振って叫ぶシンデレラ。本当に感謝してよかったのかを彼女が知るのはもうしばらく先だろう。
優しいけれど残酷な魔女に関わってしまった君は、これからどうなるんだろうね?
気になるけれど、ダイスはふらないでおく。
「まったくやるよねぇ、俺の女王様は。……いや、ここでは俺の魔女さんかな?」
「どうでもいいけど、カガミ。次こそまともに占いなさい。今度みたいなヘマしたら許さないわよ」
「そんなヘマでもなかったでしょう。これでしばらくは不自由しませんよ」
小袋を指さすが、彼女はお気に召さないらしい。
眉間にしわを寄せている顔もけっこう好きだけど、怒りが長引くと困るので俺はポケットからダイスを取り出すことにする。
次も氷雨が満足し、俺が楽しめる旅路を示してくれ。で、氷雨に『運命の出会い』なんて起こさせない場所ね。
よろしく、相棒!
俺は九つのダイスを空に向かって放り投げた。
シンデレラ編はこれにて終了です、いかがでしたでしょうか。
次回もよろしくお願いします!
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