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女王様とシンデレラ 中編



「―――で?」

「はい?」

「反省はしてるワケ? カガミさんや?」

 私は名前の如し、と定評のある冷えた攻撃的な目つきで目の前の飄々とした男を睨んだ。

「え、あ、ハイハイ。反省。してますよ、今日は洒落た宿でも用意したかったんだけど、なにぶん外は兵がうろうろ……」

「そこじゃない! 確かにこんな灰まみれのボロ小屋で夜を明かさなくちゃいけないことにはイライラしてるけど、私が言いたいのはこうなった原因のほうだ!」

 本当にこの男はズレている! 私はこめかみをもんで頭痛に耐える。付き合いは長いが、どうもカガミという男はわからない。

「なんだってあんなことをした。来て早々私たちお尋ね者になっちゃったじゃないか!」

 私は言いながら小屋の隙間から外をのぞいた。暗くてよくは見えないが、星とは違う下品な明かりがいくつもうろついているのだけはわかった。私たちを探す兵たちの灯火だ。

「あんなこと……?」

 きょとんとした顔で私を見返すカガミ。こいつ、まさか、本当にわかってないんじゃないだろうな。

「あのバカ王子ぶん殴ったこと!」

「ああ、そのこと」

 わざとらしくポン、と手をたたくと、カガミはいつものように不抜けた笑みを浮かべた。

「いや、だってー。なんかこう、つい、みたいな?」

「すっとぼけるなっ」



 数時間前のことだ。おだやかな日差しが大きな窓から差し込む。謁見の間は荘厳な構えに優雅さが加わって、より一層気品を増していた。小国とはいえなかなかのたたずまいではないか、と感心する一方で、それをぶち壊しにする能天気な声。

「おお――――!! これは美しい! なんて美しさだ! 僕はこれまで君のような女性にあったことはないよ」

「……ほほ、どうも」

 早くも頬がひきつってきた。私はチラリとカガミを見る。カガミもどうやら同じことを思ったようで、くいっと顎を動かして『さっさと撤退しましょう』と促してきた。

 この国の王子に会うのはいたって簡単だった。

 今でこそこんなちゃらんぽらんだが、一昔前は凄腕の占術士として名を馳せたカガミ。その噂はいまだに消えず、伝説的存在としてまつりあげられていた。その名を出せばだいたいの国ではフリーパス状態だという。おかげであっさりと目的の王子様には会えた。が、しかし。

「御高名な占術士カガミ殿のお連れと聞いたが……。お名前をお伺いしても? お嬢さん」

 そこまで悪くはないが、しいていえば上の下、といったところか。私は一目でそう王子の容姿を判断したが、第一声がコレでは頭の中身のほうは期待できそうもない。

 ハズレだ。こんなところに長居は無用。

「いえ、そんな畏れ多い。私、もうお嬢さんなんて年でもございませんし。旅の途中で偶然この国に来たので、ごあいさつを申し上げに来ただけなのです。早々に失礼を……」

 私がそう言って踵を返そうとするが、この色ボケ王子は意外にも素早い動きで私の手をつかんだ。

「そんなつれないことを仰らず。これも出会いです、どうか城で客人としてしばらくご滞在なさっては?」

 つつ、とそのまま手を滑らせて私の腕をなでていく王子。思わぬことに背筋がぞっとし、拳をたたきつけてやろうかと思ったその時だ。

「触るな」

「は?」

 呆けたような声を挙げたバカ王子。私は、血の気が引く思いでカガミのほうを向いた。お得意の爽やか笑顔をあっさり捨てて、ヤツは幽鬼のように佇んでいる。

 まずい、カガミのスイッチ入った!!

「その人に触んなっつってんだよ、聞こえねーのかクソ野郎」

 ばりんっと小気味よい音がしたかと思うと、涼やかな風が私の髪を舞いあげるのを感じた。

 王子がカガミのドロップキックをまともに受けて、窓ガラスを突き破り外へと飛んで行ったのだ。悲鳴を上げる間もなく私の視界は真っ白に包まれる。言うまでもなく、カガミの外套の色だ。

「氷雨さん、もうここは諦めましょうよ。ろくなのいないって」

 もうアレは見る必要はない、と私の頭を自分の胸に押し当ててくるカガミ。その口調にスイッチがもう切られたことがわかりホッとしたが、もうコイツは十分すぎるほどやってしまった。

「バ、バカ!! 何してる!」

「だって汚いんですもん。俺、鳥肌たっちゃいました」

「またお前やったな!? どうしてそう時々抑えがきかなくなるんだ!」

「だってぇ―」

 私とカガミの声だけが謁見の間に響く。側にひかえていた従僕たちも何が起こったのか理解できず、茫然としているようだった。が、しかし長くは続かない。

「きゃあああああ死体がァああああ!! って違う、王子!! なんで鼻から血ィ出しながらお庭でお休みになってるんですか!?」

 外を通りかかった使用人の悲鳴を皮切りに、辺りは一斉に騒ぎ始めた。

「何がどうしたんだ!?」

「お客人がいきなり王子を!!」

「なんと、王子の命を狙う者であったか!!」

「狼藉者だ、捕えろ!! 近衛兵、早くこっちへ―――!!」

 カガミのせいで周囲は見えないが、どんどん足音が近づいてくるのがわかる。しかも腰にさした剣をガチャガチャ言わせるような、物騒な金属音まで聞こえる。

「うわああ、バカバカバカガミ! お前のせいだからな!? ああ、娘の幸せも自分の幸せも見ずに終わるのかっ、私は!!」

「大丈夫ですって」

 そう言うと、カガミは私を懐に抱えたままふわりと飛び上がった。

 あまりのことに私はただカガミにしがみつくだけだったが、どうやら兵士の頭をふんづけながら逃げているらしい。

「面倒なんでこのまま行きますね、氷雨さん」

「どうでもいいから、とっとと行け―――!!」



「―――ってことになったんだろォがっ。 どうするのよ、これじゃいつまでたっても出られない!」

「どうするって……。氷雨さん魔女でしょー? どうにかならないんですか」

「だったらカガミ、即行でドクツルキノコとキゼツゼンマイ採ってきて立食パーティー企画してこい。そうしたらなんとかしてやる」

 魔女だからってなんでもできると思うなよ。むしろできないことのほうが断然多い。

「へぇ―――。で、ここまで逃げてきたのね? 魔女さんたち」

「そうよ……って、どちらさま」

 ついつい普通に返事をしてしまったが、ここで好奇心むき出しの甲高い声とはどういうことだ。いきなり何会話に入ってきてんだ、と私はくるりと後ろを振り返る。そこには顔を灰だらけにしたみすぼらしい少女がいて、興味津津といった感じでこちらを見ていた。

「小娘、どこから入ってきたの」

「最初っからいたのぉ! 勝手に人の寝床にはいりこんできて散々しゃべってたくせに、今頃あたしに気付くのね……」

「寝床ぉ? ここが?」

 灰まみれだし、ホコリが盛大にダンスパーティーしているし、隙間風は入り放題だし。どう見たってここはまともな人間が寝泊まりする場所ではない。

「す、好きでいるんじゃないもん!」

 声は透き通るように愛らしいが、どうも外見はいただけない。一応幼い女の子のようだが、これではまるでボロ雑巾のようではないか。

「ふぅん? 好きでもないのにいるのね?」

「ここしか居場所がないの……」

 少女は悲しそうに目を伏せ、聞いてもいないのに自分のことを話し始めた。

「あたし、シンデレラ。あたしのママは死んじゃったの。新しいママはできたけど、その人は本当のママみたいに優しくないのよ。ずっとあたしのこといじめるの。あたしの部屋はここだって、この灰置き場に置かれてるの。新しいお姉ちゃんたちもそうよ、毎日毎日掃除洗濯炊事をやらせて……」

「はぁ? 私女王とか言われてたけど、フツーに家事してたわよ」

「ええ!? 女王で魔女なのにィ?」

「あ、この人は特殊ケースだから気にしないでいいよ」

 どういう意味だ、カガミ。そう問い詰めようとする前に、シンデレラは私の腕をつかんで泣きそうな声で言った。

「じゃあ魔女さんは、あたしのこと助けに来てくれたんじゃないの?」

「助けぇ?」

「うん。あたしを助けてくれる魔女さんが来てくれるように毎日祈ってたのよ。きっとその人はすっごくキレイで優しくて、使い魔を連れているの。つまりアナタがぴったりってことよ。今日やっと来てくれたと思ったのに……」

 大きな瞳をうるっとさせるシンデレラは子犬のようだ。薄汚れてはいるが、実はなかなかの美しい少女なのだろう、整った目鼻立ちがまた余計に哀れを誘う。だが、そんなモンに心奪われ庇護欲をかりたてられるような私ではない。(隣ではカガミが「俺、使い魔なのね。あたってるー。でも明らかにこの人は優しくないよ」とヘラヘラ笑っていた。)

「なに甘ったれたこと言ってるのよ。典型的な継子いじめの話に付き合ってなんかいられない」

「そんなぁ! 魔女さんは善い魔女さんで、ふつうは困ってる女の子を助けてくれるものよぉ」

 あたしの読んだお話ではそうだったもん、と口をとがらすシンデレラ。小娘にむかって私はフンっと鼻をならして笑ってやった。

「じゃあその善い魔女さんを待つことね。ソレ、私じゃないことは確かだから。現状打破する努力もできないあんたはそうするしかない」

「え、ど、努力?」

「意地悪なお母様の食事にワライダケ入れるとか、いけすかないお姉さまの枕にカエル5匹くらい仕込むとか」

「そ、そんなことできないよぉ!」

 あっという間にべそをかきはじめる小娘に、私は心底ゲンナリした。まったく今時の娘には根性が足りない! 白雪はシンデレラと同じ年くらいだが、この私に刃向かうだけの度胸と行動力、そして知恵(それは悪知恵と呼ぶべきものだったが)があった。

 なんと情けないことか!

「じゃあ諦めるのね。一生人の言うこと聞いて尽くしていけばいい」

「やだあああ!! ここから出て、好きな人と結婚して、一生幸せに暮らしました、めでたしめでたしってするのぉ!」

「うっさいわね! 私だってそうしたかったの! すっごく素敵な王子様! でもできないことだってあるのよ! だから私はこんなボロ小屋であんたと向かい合ってるワケ!!」

「氷雨さん氷雨さん、感情移入しすぎ」

 呆れたようなカガミの声に私はハッと我に返った。

「こほん……とにかく、あんたの希望は夢物語で実現は難しいってこと。そんな誰かの助けを待つだけじゃ、とてもじゃないけど無理よ。っていうか父親はどうした。真っ先に助けを求めてもいいはずでしょ」

「パパは、いなくなっちゃったの」

「え?」

「お前は今日からここで暮すんだ、きちんと言うことをきいてしっかり働きなさいって言って、どこかに行っちゃった」

 シンデレラの言葉に、私とカガミは静かに目を合わせて小さくうなずいた。

「……シンデレラちゃんさァ、こんなこと言うのはとっても悪いんだけど」

「なァに? 使い魔さん。あ、あなたってもしかしてカラスかヘビが化けた姿?」

「いやいや、お兄さんは確かにこの魔女さんの使い魔みたいなもんだけど、一応まともな……」

 話ができなくなりそうなので、後をついで私が続けた。

「あんたのパパ、『ろくでなし』って呼ばれてなかった?」 

 ちょっと氷雨さん、それはストレートすぎ、とあわてるカガミを余所に、シンデレラは私の予想通りの反応を示した。

「どうしてわかるの!? そうなの、周りの人はみんなパパのこと『ろくでなし』って呼んでたわ!! あだ名か何かかしら? パパはあんまり働かなくって、ママがかわりにがんばってたの。そうしたら病気になってそのまま……。で、ついこの前パパはあたしをこの新しいおうちに連れてきて新しいママに会わせてくれたわ」

 すごーい、さすが魔女さんは違う! やっぱりあたしを助けてくれるんだわ! とはしゃぐシンデレラを前に、私とカガミは嫌な汗が背中を流れるのを感じていた。もう一度目を会わせ、コクリと大きくうなずく。

 そこでちょっと待ってね、と言った後、カガミが私の肩を抱いて小さなスペースをつくり、緊急こしょこしょ会議を始めた。

「おい、このバカ娘、父親に売られたって気付いてないぞ」

「いやー、そうみたいですねぇ。ド天然というか、健気というか」

「最悪。救えないわ、だからバカって嫌い」

「氷雨さんってば。言っとくけど、あんたと同じく白雪ちゃんもかなりの特殊ケースなんだからね? あの年の子にあのレベルを求めちゃかわいそうだよ」

「それにしたってコイツは頭の重要な部分が欠けてる!」

「えー、何々、あたしも聞きたいよぉ」

 くいくいと私の服の裾をひっぱってくるシンデレラ。その顔はやはり薄汚れているのに、どういうわけか笑顔でいっぱいだ。

「……お前、どうしてそんなに嬉しそうなの。汚い格好してこきつかわれて、要領の悪さに散々怒られてるように見えるけど」

「うわァ、やっぱり魔女さんすごい! よくわかるわね。 その通りだけど、でもいいの! ママもパパもいなくなっちゃったけど、思ってた通りの魔女さんが来てくれたもの。私を助けてくれる魔女さん!」

 私は思いっきり口元を歪めた。

 とてつもなく苦いものを口の中に無理やり突っ込まれた気分だ。それなのに、最もそれを多く食している当の本人がその苦さにまったく気づいておらず、ましてやその先に甘いものがあると信じ込んでいるとは!


 これが己の身の上の不幸を嘆いていじけている娘だったら。私はそう思わずにいられなかった。そういうつまらないことしか考えられない人間ならば私の視界にも入らない。だが、目の前にいるのは何の根拠もなく未来を夢見るバカな娘。怨むこともできず、呪うこともできず、かといって自分でどうこうする知恵もない、空想の救いの手を待つだけの愚か者。

 私はシンデレラの、美しいだけのガラス玉のような目を見ていられなかった。



シンデレラの登場です! 白雪とはまた別の意味で変わった子です。

次回でシンデレラ編は終わります、どうかお付き合いください。


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