女王様とシンデレラ 前編
少女はボロボロの小屋の隙間からのぞく、小さな星を見つめていた。春になったというのにその小さな指はぱっくりとひび割れ、足には鞭で叩かれた折檻の痕がはっきりと残っている。痛々しい傷は今も少女を苦しめているはずだ。
それでも少女は涙一つこぼさず、口元には笑みさえ浮かべていた。
一心に星を見つめている。
「早く来ないかなァ…… あたしを助けてくれる魔女さん」
「カガミよ、カガミよ、カガミさん」
「はーい。なんですか、氷雨さん」
歌うような調子の呼びかけに、俺は上機嫌で答えた。だってそうだろう。満天の空の下。俺の腕の中には氷雨がおとなしくおさまっている。こんな機会めったにない。
「お前、言ったよな。こっちの方角が吉だって」
「ええ、ダイスがそう言ってます」
やっぱりコイツは俺の味方だよなぁ、絶対裏切らないし。こちらを見上げる氷雨を見つめ、俺はにっこりとほほ笑んだ。
「じゃあなんでこんな状況にいるんだ、私たちは」
「え、こんな状況って? 俺的には満足なんだけどなァ」
そう返した瞬間、氷雨は切れ長の目をさらにつり上げ、
スッパアン!
あたりに響き渡る小気味いい音を立てて、俺の頭をひっぱたいた。
「バカか!! なんで衛兵に追われているこの状態に満足してるんだ!」
「いたぞ!! 捕まえろ――!!」
途端に上がる、俺たちを追いたてる複数の声。
「ちっ、見つかったじゃないか、バカガミめッ!!」
「ベッタベタなボケやめてくださいよ、あんたのせいでしょうが。黙って隠れてりゃいいのに……」
「うるさい、逃げるわよ!」
「はいはい」
俺は氷雨の手を引き、物陰から物陰へ滑るように動いた。こういうのも悪くない、と思っているのはどうやら俺だけのようで、氷雨は呪いのようにブツブツと文句を言い続けた。
「こんなヤツを信じるんじゃなかった……! こんな所来るんじゃなかった……! いや、外になんて出るんじゃなかった……!!!」
そんな呪詛は当然無視、俺は氷雨を抱きかかえるようにしながら、町はずれにみつけた屋敷の横のボロボロの物置めがけて走った。役得役得!
なんやかんやで始まってしまった氷雨の婿探しの旅だったが、俺たちは最初からつまづいていた。それも当然、勢いだけで城を飛び出してしまったのだ。
行くあてなんかありはしない。
「そういうときこそお前の出番だろォが」
氷雨は容赦なく俺の背中を蹴った。
「はいはい、わかったから蹴らないでくださいよ。で? どこへ行こうか」
とりあえず注文は聞いておく。
「そうね、とりあえず…… 隣国のじゃない王子様にでも会ってみる」
「了解」
俺はそう言ってダイスを取り出し、右手を集中させた。
頼むよ、相棒。氷雨が満足し、俺が楽しめる旅路を示してくれ。で、氷雨に間違っても新たな『運命の出会い』なんて起こさせない場所ね。俺だけで十分なんだから。コレ最重要。
そしてダイスが差したのは、ここからそうは遠くない小さな国の首都だった。
馬車に揺られ、汽車に乗り、久方ぶりの世界というやつを楽しむ。森の薄暗い静けさも好きだが、こうして明るい所で見る氷雨はまた特別な美しさがあった。人に顔を見られるのが嫌なのか、目深に帽子をかぶってはいるものの、除く口元はいつになく楽しげだ。その目的はさておいて、旅に出たかいがあったというもの。
俺は持ち前の切り替えの速さと前向きさで、過去の失敗はさっさと忘れることにした。
そんな感じで楽しく旅は進むものか、と思っていたのだが。
どうも、人生の旅路ってのはそう簡単にはいかないらしい。
シンデレラ編のスタートです! といってもまだ肝心の彼女は影しか見えておりませんが……
どうぞお付き合いくださいませ。
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