女王様と白雪 後編 -ついでに始まり-
「あ、あ、あ、あの……」
「あの?」
「あの恩知らず~~~~!!!」
女王は窓から身を乗り出して絶叫した。
「何してんの、危ないでしょう」
俺がのんびり声をかけても、それは油にしかならなかったようで、女王はさらにヒートアップして叫ぶ。
「バカ娘、バカ娘とは思っていたが、ここまでバカだとは思わなかった!!」
女王の部屋は城の最上部にある。そんなところから体を半分以上外に出しているのはいただけない。俺は抱きかかえるようにして窓から彼女を離した。
「で、今度はどうしたんです。どうせまた白雪ちゃんでしょ」
「……出てった」
「へ?」
「出てったの! コレだけ残して!」
鼻先に突きつけられた羊皮紙には、丁寧な字で短い文章が書かれていた。
『愛する母様へ
運命ってやつを信じてみることにしたから旅に出るわ。母様も探してみたらどう?
貴女の愛らしい娘より』
「ほォ」
「あのひねくれ娘はいつから運命論者になった! 行動的なのは知ってる、私の娘だもの、百歩譲ってその度胸は認めてあげるわ!! でもフツーお母様になんのあいさつもなく勝手に出ていくか!? 白雪のばかばかばかっ!」
この前娘にバカにされた時の比ではない。部屋は巨大な怪獣が壊滅させた後のような状態になっている。
さらに暴れようとする怪獣をおさえながら、俺は白雪ちゃんの行動の早さにちょっと驚いていた。
あの日、シビレイチゴを探す白雪ちゃんに俺は言った。
「新しい出会いっていうのは、何かきっかけがあって起こるものだ」
「そんなの知ってる。だから何?」
小生意気にツンと顎を上げて俺を睨む白雪ちゃん。血はつながっていなくとも、彼女は間違いなく女王の娘だ。黒檀の髪をうっとうしげにかきあげる仕草はまだ幼いが、数年後には立派な女性に変化することはダイスを使わずとも一目瞭然だった。
「まァまァ、ちょっと俺の話も聞いてよ。そのきっかけってヤツはひねくれ者で、なかなか思うようにはいかないワケさ。大抵は気づかず終わる。で、後でくやしがる」
「……」
「だけど、俺にはコイツがある」
そこで俺はポケットにある相棒、九つのダイスを取り出した。
「ときどきコイツは勝手に動くんだ。俺が知っといたほうがいい情報なんかを教えるために」
「なるほど? で?」
はっきりした結論から聞きたがるのも女王と同じ。俺は薄笑いをひっこめて、お望み通り単刀直入に言った。
「白雪ちゃんの『出会い』が近づいてる」
さすがに驚いたらしく、真っ黒な目を見開く白雪ちゃん。当然だ、彼女はまだまだあどけない少女にすぎない。だが、だからこそ、こういう話題には飛びつくはずだ。
「……それ、良くない出会い?」
おそるおそる、とこちらを伺う様子はまるでネコ。口元がゆるみそうになるが、ここで笑っては信用ガタオチ間違いない。
「いや、むしろ俺の見立てでは最高だね。ただ条件がある」
「条件?」
「長い目で見ればこれが最良だ。でも辛い判断になることは間違いない」
誤解しないでほしい。俺は本当のことしか言えない。だから当然これも本当、真実、まぎれもない本心。
純真無垢(……かな?)な白雪ちゃんをたぶらかしているではない、決して。俺だって白雪ちゃんはかわいく思っている。幸せだって願ってる。その上での俺の提案だ。
「この『出会い』に女王を介入させてはいけない。つまりは、君が母親から離れるってことだ。そしてそれが、女王にとっての『きっかけ』となる。もちろん最良の、ね」
「なに。あたしが、母様の邪魔だっていいたいの」
「違う」
「じゃあ何よ! はっきり言いなさいよ、ばか!」
条件を言ったとたんに泣き出しそうになった白雪ちゃん。それでもこの態度。いやいや、親子って似てる。俺は耐えきれず、やわらかく微笑みながら言った。
「逆だよ、邪魔なのは女王。このまま白雪ちゃんたちが『出会い』を果たしたとしても、相手の男は女王にズタボロにされるよ。目に見えてるでしょ」
「……そうね。納得だわ」
まだ見ぬ運命の相手が、あの魔女の手にかかってモザイク処理の必要な姿に変わる様を想像したのか、白雪ちゃんは冷静さを取り戻して口元をひきつらせた。
「俺が言いたいのは、このままだとせっかくの『きっかけ』もパアになるってことだよ! 君たち親子のためにはならない」
すると、白雪ちゃんは女王直伝ポーズで俺を見た。さっきの半べそはもう忘れたらしい。
「ふぅん。……カガミ、あんたのためにもならないってワケね」
……ああ、本当にこの子って末恐ろしい。
もっと渋るかと思っていたが、さすが白雪ちゃん。
「白雪ちゃんは大丈夫ですよ。ダイスが間違いなく幸せになれるって言ってるし」
「私の娘なんだからちょっとした幸運くらいつかむのは当たり前でしょ!? だからってこんないきなり…!」
言いたいことがありすぎて言葉にならないのか、女王は唇をかみしめ、なんらかの破片が飛び散る床を見つめた。
俺はにっこりと笑って女王の肩に手を置いた。
「ね、いい機会だと思わない?」
「……」
返事をしない彼女に、俺は言い聞かせるように続けた。
「白雪ちゃんはこれから素敵な下僕・・・ごほ、もといパートナーと巡り合います。娘の幸せを母親が壊しちゃいけない」
俺はこれみよがしに手の中のダイスを転がしてみせる。
「……」
「ついでに言えば、母親のほうがうまくいかないと白雪ちゃんにも影響が出るみたいだ。このまま見込みのない王子に熱上げてていいんですか? 娘に心配かけさせるだけだよ」
瞳がうるんだままだが、しっかりとこちらを向いた女王。
あと、一息。
俺は舌舐めずりしたくなるのを懸命にこらえた。
「だからさ、これを機に俺と―――」
「わかった」
「は?」
本当に?
これからって決め台詞の前に、女王はこちらがびっくりするほど歯切れのよい返事を返してくれた。
いや、うれしいけど、何よ、どしたの? 俺、あと一時間くらいは根気よく説得するつもりでいたんだけど。あんたらしくないよ? いやいや、うれしいけど。
と、俺が心配しつつテンション急上昇したのもつかの間、さすがは俺の女王だった。
「わかった。私はこれから旅に出る」
「……はぁ?」
「白雪の気持ちも将来も考えた上での決断だ、止めるなカガミ」
「いや、ちょ、ま……」
「実は、私も前から思っていたのよ。このままでいいのか、と。確かにお前の言うとおりいい機会だ、きっぱりと王子のことは諦めよう。旅に出て各国を放浪し、私にふさわしいすっごくかっこよくて素敵でイイ男を探す! それでこの城に帰ってきて、幸せになった白雪夫婦と二世帯住宅」
ぶつぶつと呟き始めた女王に、俺は計画が最後の最後でまさかの方向に突っ走ってしまったことを悟った。
まじかよ。
俺、10年も待ったんですけど。
王子との婚姻は絶対にあり得ないこと、女王に近づこうとする輩の動向などなど、障害物になりそうなものはすべてダイスによって確認し、練りに練って練り上げた俺の計画。そして何より一番の問題だった白雪ちゃんが、好い具合に親離れして自分のパートナーと出会う時期が訪れたこの季節!! 完璧だと思っていた。
最後の最後、一番重要で一番知りたいことはダイスには問わなかった。その時になって自分でつかみ取りたい最上の真実だからだ。だが不安は感じていなかった。うまくいくと信じていた。
それが、このオチか。
へぇ……―――
ってうおおおおおおおおおお!! 俺のバカぁ! やっぱり白雪ちゃんは正しいよ! 俺はバカだよ! ほんっとバカだよ! そして女王もバカだよ!! どうやったらそうなるのよ!? 目の前にいるでしょうよ、運命的な相手がぁ!!
『きっかけ』は起こした! 『出会い』ならばとうに済んでる! ならばどうして気づかない!!?
心の中の俺が七転八倒している。顔なんて、こわばるのを通り越して瞬間冷凍されたようにカチンコチンだ。
「カガミ、お前はどうする。この城を賃貸で貸してやってもいいけど」
妙に晴れやかな声。俺は首をきしませながら、もう何に対してだかわからない10年分の恨みのこもった視線をむける。そこにあるのは一対のエメラルド。
もう決めた。
そう言いたげな、いや実際言っているのだろうソレは、新たな目標に向かって爛々と輝いている。
正直言って―――美しかった。
「……はは」
思わずこぼれた乾いた笑い。自嘲、後悔、恨み、つらみ、苦しみ、悲しみ。
だが、どうした、何がおかしい? とこちらを見返す彼女にはどうしても勝てない。
「それも魅力的ですが、一人はさびしいし。仕方ないから、あんたの婿探しに付き合ってあげますよ。女王……城を出るなら本名のほうがいいか。ね、氷雨さん」
そう言うしかないじゃないか!
だって俺は、どんな形であってもあんたの傍にいると、ずっと昔に決めてしまっているんだから!
こうして女王こと氷雨と俺の旅は始まってしまった。
この旅が短くなることを、俺はとことん、心の底から祈っている。
ここまできてしまったからには
―――俺は、意地でもダイスは振らない。
これにて白雪編終了です! 次回からは氷雨とカガミの奇妙な旅が始まります。どうか見守ってやってください。
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