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女王様と白雪 中編


「バッカじゃないの?」


 あたしはシビレイチゴを探す手を休め、思ったことをばっさりと口にした。だって、こいつはバカだ。

 するとカガミは人のよさそうな顔に困ったような笑みを浮かべて肩を落とした。

「実は俺もそう思う、白雪ちゃん。……ソレ、どうするの?」

「決まってるでしょ、母様のためにジャムを作るの」

「……シビレイチゴで?」

「先手必勝よ。一週間くらい舌が麻痺したってどうってことないわ」

 バスケットに集めているのは可愛い赤い実。甘い香りが魅力的だが、食べるてしばらくすると舌がしびれてしばらく味覚もおかしくなってしまう、あたしの最近のお気に入りのイタズラ道具だ。

 城の裏手は、昼間のごくわずかな時間だけ明るく太陽に照らされる。今はその貴重な時間、それを母様のために使うなんて、あたしってば良い子! 

 母様があたしの顔をニキビだらけにしようと企んでいるよ、と教えてくれるついでにグチを言いに来た目の前の男はカガミ、背が高く細身の爽やか笑顔好青年風。あくまで『風』。

 だってあたしはこいつのことを少しは知っているから。

 今でこそこんな森の奥で居候生活を送っているけれど、一時は王宮に招かれ貴族連中に引っ張りだこにされていたほどの凄腕占術士だった、らしい。というのは、あたしが母様の娘になったときには、カガミはすでにこの城に居ついていたからだ。

 

 あたしは母様の本当の娘ではない。

 8年前、ざぁざぁと氷のような雨が降る夜、幼いあたしは森に捨てられた。寒くって寒くってどうしようもなくて、いっそのこと噂の魔女が食べてくれればいいのに、とさえ思った。

 ふ、と雨がとまった。

 いや、誰かの傘が差しかけられたのだ。見上げると緑色をした宝石が二つあった。

「ガキんちょ。私の通り道をふさがないでくれる?」

 艶やかに歌うような声音。

 そこには待ち望んでいた魔女がいた。噂とは違って彼女は気品すら漂わせる美しい人だった。それでも高圧的な口調、道なんてありもしない森の中でいちゃもんをつけてくる高飛車っぷりに、この人こそ例の魔女だとすぐにわかった。

「ちょっと、口が利けないの?」

「……利けるわ」

 むっとして言い返すと、魔女はかたちの良い眉を片方くいっとあげて、意地悪そうな顔つきで言った。

「ねぇ、ガキんちょ。このままだと、あなたは凍え死ぬか飢えて死ぬわよ。どうする?」

「どっちも嫌。どうせならあんたが食べてよ」

「へぇ、食べていいワケ」

 あたしを見降ろす彼女は、どこか楽しそうで。魔女は体をかがめ、あたしの顔をじいっと見つめた。白銀の長い髪が、あたしの頬にふれる。傘の外で降っている雨とそっくりなのに、こちらはしみるほど暖かかった。

「ガキんちょ。悪いけど私ゲテモノは趣味じゃないの」

「……」

「でも、食べてもいいって言ったわよね」

 赤い唇が弧を描く。

「……言ったわ」

 何が言いたいのかわからなくて、あたしは一心にエメラルドを睨みつけた。それを見てさらに魔女は笑う。

「それじゃガキんちょ、あなたは私がもらってあげるわ」

 そう言って差し出された真っ白な手をつかんだその日から、あたしは母様の娘になった。

 ちょっと……っていうか相当ひんまがった性格の持ち主ではあるけれど、まぁ悪い人ではない。なんてったって、あたしの母様なんだから当然だ。


 で、その時から哀れなカガミは母様の下僕だった。高慢で傲岸不遜な母様にべったりとまとわりつき、飽きもせずうっとうしがられている。

 ちょっとかわいそうだから、あたしはシビレイチゴを物色する手をとめた。少しは向き合ってあげようかな、という心遣い。

「こういうときこそダイスを使わないわけ? 母様がどうやったらオチるか、とか」

「やだ、白雪ちゃんお下品。っていうか、そういうのにダイス使っちゃうとか野暮じゃない?」

「野暮とか言ってらんないでしょ。 もう待ち続けて二桁突入なんでしょ?」

「そう。10年目。アニバーサリー」

「笑えねー。祝えねー」

 あたしは心底げんなりとして口元を歪めた。

「ほんっとバカ! 当然あんたもだけど、母様も母様よ、いつまでもあんなつまんない男にこだわり続けて。 だからあたしの軽ぅい一言にあんなに怒るのよ」

「そぉねぇ……」

 はは、と肯定とも否定とも取りづらい返答を返すカガミ。

 あたしが見たところ、一番苛立っていいのはこの男のはずなのに。

 母様は一途っていうか、気持ち悪いくらいに王子様とやらを愛しちゃっている。でもどうやってアプローチしたらいいのかわからないのだろう。

 母様は生まれついてのあの美貌、言い寄られることはあっても逆はなかったに違いない。よくは知らないが、カガミによれば人目をひきすぎる容貌のせいで母様はずいぶんと苦しめられてきたらしい。そしてついには重度の人間嫌いにまでなってしまった。つまり、母様の狭すぎる世界にはその王子様とあたしと、ついでにカガミくらいしかいないのだろう。

 その恋愛下手、コミュニケーション下手に、王子の鈍感さと悪癖が加わってズルズルと不毛なことを続けているワケだが。それをひたすら見守り続けているカガミもまた気持ち悪い。


 と、今まで思っていたけれど。

 あたしだけが知ってる秘密がある。

 それを伝えるべきなのか、ちょっとだけ迷った。だが今この時は、言う『流れ』ではないか。

 第三者であるあたしこそ、この不毛な関係の終止符を打つ手だてになりうるのではないか。

 奇妙な使命感があった。

 そう思うのは、母様にいい相手ができないのはあたしっていうお荷物のせい、と考えたくないからかもしれないけど。

 気づいたらポロっと口からこぼれていた。

「あたし、母様がなんでいい男に巡り合えないのか知ってる」

「そりゃ、こんなとこに引きこもってちゃねぇ」

 はは、と笑うカガミを、あたしは下から見上げた。

「カガミ」

「なーに?」

 悪びれもしないサワヤカスマイル。

 その顔で、あんたは今までやってたわけね。


 この間偶然見てしまった光景。

 母様にいたずらしてやろうと、クモやヤモリを探しに入りこんだ薄暗い地下室。今じゃ物置と化して誰も使っていないはずだった。

 揺れるランプの灯。

 背を向けて立つカガミ。

 やってることはいたって普通の、送られてきた手紙や物資の分別作業。

 異様なのは、いたぶるようにして切り刻まれたモノの残骸が床一面に散らばっていることだ。大暴れした母様の部屋に似ているようで、まったく違う。母様の場合は怒りの熱気が満ちるが、ここは底冷えのするような冷気しか漂っていない。黙々と、恨みをこめるようにコマギレにする作業を続ける男の姿は、今思い出しても寒気がする。

 足元にひらりと落ちた残骸のカケラには、安っぽいハートと顔の半分しか写っていない男の写真―――。


「母様に来る縁談話、全部あんたが握りつぶしてるわね」

 そういったとたん、こめかみから汗が流れた。

 ぐっと腰をかがめたカガミの顔が、途端に逆行で見えなくなる。でも、私を見る目だけが鈍く光っているように思えた。

「白雪ちゃん」

「……」

 口が、利けない。

 体が、動かない。

 心臓が――――――……

「しー、ね?」

 人差し指を口元にあてるジェスチャーをしたかと思うと、カガミは不意ににこっと笑って私を抱きあげた。もういつもと同じあほのカガミだ。

「いやー、どきっとさせられちゃったよ。よく見てるよねぇ、女王と違って」

 それはこっちのセリフだ、この道化! 絶対言わないけど、けっこう……いや、かなり怖かった。

 年の離れた弟のように(けっして兄ではない!)思っていたが、こんな感覚は初めてだ。

 カガミはあたしが落ち着いたのを確かめてから、小さく言った。

「ねぇ、さっきの話だけど。俺が白雪ちゃんの母様とっちゃってもいいワケ?」

「……あんたが母様幸せにできるんならね。さっさとしてくれないと、あたしが気を遣うでしょ」

 へぇ、とカガミは今度はにんまりと笑った。なんだか、自分が罠にかかったネズミのように思えてきた。どこぞにいるというイカれたチェシャ猫は、こいつそっくりに違いない。

「じゃあ白雪ちゃんの了解もとれたことだし、ちょうど時期が来たみたいだ。ダイスも言ってる。そろそろ勝負に出ようかな」

「勝負って……」

「ねぇ白雪ちゃん、取引しない?」

「取引?」

 楽しそうな笑みの向こうに何が隠れているのかわからない。カガミはいつもそんなふうに笑う。

「……あたし、怪しい誘いには乗らない主義なの」

「やっだなぁ、女王の誘いにはあっさり乗っちゃったくせに。俺のこと少しくらい信用してよ。知ってるでしょ、俺は占術士、だから誓いによって嘘は言えない。白雪ちゃんにとって損にはならないよ。そして何より、女王の幸せのためになることだ」

 どうかな? と小首をかしげる仕草は、この上なく胡散臭い。だが、こいつの言うことは本当だ、母様との誓いでもあるからカガミは絶対に嘘は言わない。

「聞くだけ聞いてあげる。何?」

 カガミの口が三日月のようになる。聞かなければよかった、かな。


白雪編の中盤です。


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