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女王様と人魚姫 前編





 どうしてこんなにも空が遠いのだろう。

 わたしの世界は空と同じ色をしているというのに。

 伸ばした手は何もつかむことなく下ろされた。こぽこぽと白い泡だけが彼女の望む世界へ舞い上がって行く。

 かつて沈んだ船の残骸は彼女の住処だった。同居人である色鮮やかなかわいらしい小魚たちは、親友を慰めるようにゆったりと周囲を泳いでいる。彼らの優しさは身にしみたが、それでも彼女の心をいやすことはできなかった。

 どうしても会いたい。

 二股にわかれた尾びれをゆらし、彼女は海に溶け込む涙を流す。




「砂浜!」

 靴を脱ぎ、そおっと素足をのせた。きめ細やかな砂のあまりのやわらかさに、氷雨は沈んでしまうのではないかと思った。

「海!」

 ざあんと砂浜に寄せる波は、氷雨のつけた足跡をきれいに消し、まっさらな姿に戻してしまう。ついでに氷雨の足をくすぐって濡らしていく。

 肌を焼く太陽の下、氷雨は真っ白な頬を興奮に赤らめ、幼い子どものように声を挙げて笑った。


 ああ、最高にいい眺めだ。


 俺は氷雨の靴と帽子を持って氷雨の後を歩いていた。

 なんだってこの人は、年月を経るごとに魅力を増していくのだろう。それを間近で見ているのは此の上なく楽しいことだ。ましてや、こうして無邪気に笑う姿を拝むのは何年振りか。俺はこの光景を焼き付けようと、陽光にきらめく氷雨の白銀の髪に目を細めた。穏やかな心地だ。しかしその反面不安も増していく。

いつになったら俺と添う気になってくれるのかなァ。

 そんな俺の心の曇りなどまったく気にかけてくれない氷雨は、夢中で打ちよせる波と戯れている。

 ラプンツェルの一件から、氷雨はふっきれたようによく笑うようになった。

 出会いだ結婚だのと口にすることはなくなり、かわりに好奇心のおもむくままに動き回っている。ヒトと言うものに対する不信感は捨てきれないため、顔を隠すための帽子を外すことはできないまでも、今まで見たことのなかった世界を感じてみたくなったようだ。

 俺のダイスはやっぱり優秀で、今回は氷雨が『新しい発見ができる場所』へ案内してくれた。

 人目を避けるようにして入った山を越え、森を進み続け、竹林を抜けてちょっとした探検気分で進んでいった先に待っていたもの、それは広大な海だ。

 氷雨は森の中で暮らしてきたため、川で遊んだことはあっても海は見たことがなかった。そんな氷雨からしたら、この巨大な水たまりは圧巻だろう。

「氷雨さん、焼けちゃいますよ。肌が痛くなる前に帽子かぶったら? 裾も濡れそう」

「平気だ」

 氷雨は長いドレスの裾をしっかりと持ち直したが、うわのそらだ。

「ふふ」

 あ、しまった。

 つい漏れてしまった笑い声に素早く反応した氷雨は、ご機嫌な笑顔を一変させて俺をじっとりと睨んだ。

「なんだ、そのバカにしたような笑いは」

「いえ。なんでもないです」

 俺はあわてて弁解しようとするも、氷雨は甘くない。

「なんでもなくない。そもそもカガミ、なんでお前は冷静なんだ。海だぞ!」

「海ですねェ」

「……見たことあるのか?」

「んん、とォ~い昔だけど、まあ一応」

 俺がそう答えると、目に見えて氷雨はしゅんとしてしまった。

「あ、氷雨さん?」

 呼びかけてもつーんとそっぽを向いてしまう。満足感から油断してしまったのか、今日二度目の失敗だ。氷雨の『初めての体験』への素直な感動を共有してやれなかった。氷雨は時折幼い子どもみたいな部分を見せる。俺はそれも好ましく思っているのだが、こんなふうに悲しませるのはまったくもって本意ではない。

「ひ、氷雨さん! ほら、魚! 泳いでますよ!」

 俺はあわてて自分も靴を脱いで裾をたくしあげ、海に足を突っ込んだ。

「どこだ」

「ほら、こっち、見える?」

 海はターコイズに輝いているのに透明で、ふくらはぎが浸かるくらいに進んでいっても底が見えた。平たい魚が4匹ばかり群れをなし、くるくるとまわっている。派手な黄色に黒の縞が入った小魚のダンスは、なかなかかわいらしい。俺が手をひいて魚たちを指さすと、氷雨は食い入るようにその様をのぞきこんでいる。

 ご機嫌はなおったかな。俺は気付かれないようにそっと氷雨の頭に帽子をかぶせてやった。

 旅がまだ終わらない、ということに衝撃はうけたものの、これはこれでいいものだ。

 氷雨の婿探しなどという、この上なくくだらない目的がなくなったことだし。

 俺が口元をゆるめると、不意に強い潮風が吹いた。かぶせなおしたばかりの氷雨の帽子が飛びそうになり、慌ててそれをつかまえる。

 すると、風と一緒に全く別のものが吹いてきた。


「―――――――――歌?」


 氷雨はふ、と顔をあげ、周囲を見渡した。

 波の音しか聞こえなかった砂浜に、そのひそやかな歌声は忍び寄るように近づいてきて、いつの間にかはっきりと聞こえるようになっていた。

 澄み渡った高音は笛の音のようだったが、どこか悲しげで切ない旋律だ。気のせいか風も強さを増している。

「なんですかね、コレ」

「……海。歌。風」

 氷雨は呪文のようにぽつぽつと呟くと、ぱっと砂浜に向かって走り出した。

「氷雨さん!?」

「カガミ、はやく海からあがれ! まずいことになるかもしれない!」

「へ?」

氷雨の言葉は正しかった。

 一瞬ののち、ぐわっと体をもちあげるほど大きな波が押し寄せてきたのだ。俺は頭から飲みこまれ、ずぶぬれになる。

「うっわ!?」

 砂に足をすくわれ、波にひきずられて倒れこんでしまった。その上にまた波がかぶさり、完全に海にのまれる。

「カガミ!」

 先に逃げた氷雨の膝上にまで水がきている。水に体が浮き、砂地に足がつく前に更に波が襲ってきた。これは普通の人間だったら死んでたな。

 俺は息を止め、浮上するのではなく潜水して砂を蹴りあげるように足を踏み込んだ。ぐわ、と圧力がかかるが、それにかまってはいられない。氷雨の体がぐらりと傾いている。俺はそのままの勢いで水を切るように駆け抜け、倒れそうになる氷雨をすくいあげてから更に走った。

「カガミ!」

「ぶっは! 氷雨さん、大丈夫!? 水、塩辛くてびっくりした!?」

「今それ聞くことか!?」

「なんなんです、これ!? いきなり波が高くなって潮が満ちて……!」

「……人魚だ。多分近くに人魚がいる」

「に、にんぎょ!?」

「これはさっきの歌のせいだ、人魚を探して口をふさげ!」

「そんなこと言っても無理だって! 逃げるので精いっぱい!」

「くっ!」

 氷雨はきょろきょろとあたりを見渡しているが、俺は背中にかかる水しぶきに戦々恐々としていた。おだやかな浜辺の風景がいまや見る影もなく、荒れる海にまけて砂浜の面積は大分小さくなっている。俺はしかたなく唯一突き出していた大岩に登った。竹林に逃げ込むにはすでに遅く、背中には切り立ったような絶壁の岩肌。逃げ場はもうない。

 最悪、氷雨にがんばって息止めてもらって、俺が泳ぐしかないかなァー、と覚悟を決めた時だ。

「こンのヘタクソ!! 音痴!! 音ハズレ――――!!」

 氷雨は細い腕をふりかぶって海に叫んだ。

「え、ちょ、えェ~~……。この状況でそういうこと言っちゃう?」

 悲しいことに氷雨のよく通る声はしっかり相手に届いていたようで、一際歌声の威力は増した。打ちつけてきた波の飛沫をあびながら、あおってどうすんの、と俺が力なく突っ込むが、氷雨は止まらない。

「今すぐ黙らないと捕まえて三枚におろす! 人魚っていえば不老長寿だとか言うわね、ウロコもそいで霊薬に生まれ変わらせてやる! この東の魔女をなめるな――――――」


「魔女?!」


 ぴたりと歌がやんだかと思うと、背後からすっとんきょうな声がした。

 それに合わせて波も動きを止める。

「魔女なの、あなた魔女なの!?」

「う、わっ」

 びちゃっと水を滴らせながら岩に這い上がってきたのは、すんなりとした女の腕。しかしその肌の色は藻のように青緑色で、指の間には水かきがついている。

「魔女ならわたしの話、聞いてくれますか!? お願いがあるんです!!」

 またびちゃりと音を立ててもう一方の腕がのぞいたかと思うと、今度は巨大な魚の尻尾がのりあげてくる。

「氷雨さん、なに、あれ。怖いんですけど」

「に、人魚、かな」

 俺達はじりじりと後退して相手の動向をうかがった。なにやら生臭い匂いまでしてきて、気味が悪いことこの上ない。

「ごめんなさい、ちょっと待っててください」

うんしょ、と力むと、ようやく声の主が顔をのぞかせた。

「ふう、お待たせいたしました!」

 水揚げされた魚のようにごろんと転がると、彼女はぽってりと厚めの唇に笑みをかざった。

「わたしを人間にしてください!」




 瞳は黒真珠のように輝き、ウェーブのかかった長い緑の髪はまるで波にたゆたう海藻。刺激的なピンク色のイソギンチャクで織り込まれた胸当てはセクシーだ。肉感的でなかなか魅力的な女性であった。

 しかし、明らかに人間ではない。

 青緑の肌色はもちろん、曲線を描く腰から下は海と同じターコイズのウロコで覆われ、二股に分かれた尾はそれぞれ独立して動いている。まるで足のようだ。

「んん、人魚は人魚なんですよね……?」

「え、はい。立派な人魚ですよ! 何か?」

「なんか、違う」

「ええ?」

 いぶかしむ私たちをいぶかしむ自称人魚は、眉を八の字にして困っている。

「氷雨さんはすぐ人魚って見抜いたじゃないですか。なんでいざ本物目の前にして怪しんでるんですか」

「だって、想像とちょっと違う」

 カガミを睨むが、いつもより眼光に力がないのは自分でよくわかっている。私が書物で読んだ人魚というのは、人間の女性の上半身に魚の下半身がついた生物だ。しかし眼前にいる生物は、人型の上半身に巨大な魚が二匹くっついた半魚人。いや、同じなのかもしれないが印象としては大分違う……。

 だが本人がそうだと言っているのだから、認めないことには話が進まない。

「風を起こして海を荒れさせたのは、貴女で間違いない?」

「あ、はい! そうです! それで証明できます!? なんならもう一回やりましょうか! あ―――――― 」

「あ、はーいわかりましたので結構でーす」

 彼女が声を歌に変えた瞬間にざァんと打ち付けてきた波に、カガミは素早く人魚の口を抑えた。

「じゃあやっぱり人魚か」

「そう言ってるじゃないですか」

「もっと上半身が人間っぽいと思っていた」

 疑って悪かった、と私が言うと、人魚はとたんにぽろぽろぽろっと大粒の涙をこぼした。

「えっ、なんだ、どうした」

「氷雨さん、いきなり泣かせちゃダメでしょー」

「うるさい! おい、なんだ! 泣くな!」

「うっ、うっ、うっ、そ、そこなんですぅ~~~!」

「は?」

「実は、わたし今恋をしているんです」

「こい?」

「はいっ」

 メロウと名乗った人魚は、けろっと涙をひっこめて青緑の頬をより緑色に染めて言った。

「その運命の相手は、この前ここで一人歌っていた時に偶然流れてきた方なんですけど」

「流れて?」

「はい。それをわたしが拾ったんです」

 流れてっていうか、思いっきりコイツの歌の犠牲者だろうが。

「海水をいっぱい飲んで苦しそうだったので、わたしが助けてあげたんですよ。ぐっしょりと水のしたたる髪、血の気のひいた肌、ぐったりと意識を失った端正な顔立ち……! 一目ぼれでした」

「あ、そ」

 どうもメロウの美的感覚が理解できないものの、とにかくその助けた相手に恋をしてしまったということだ。

「その時は恥ずかしくなって彼の意識が戻る前に逃げちゃったんですけど、ずっとあの胸の高鳴りが忘れられなくて。それで、思ったんです。もう彼といっしょに末長く幸せになるしかない!と」

 メロウの言ったこのフレーズは虫唾がはしるほど大嫌いだ。私は両手を組んで祈るように太陽と向き合う人魚に言った。

「ふーん。で問題は、お前が人魚だってことなワケだ」

「そうなんです~」

 へにゃっとしおれたメロウは悲しげな目でこちらを見た。

「人の魚と書いて人魚といえど、やっぱり人間とは程遠いこの姿ではあの人に会いに行くことすらままなりません。ここで一人悲しみのあまり歌っていたら、ちょうど通りかかった貴女がたが幸運にも魔女だっていうじゃないですか。これはもう運命ですね。お願いです、助けてください! なんとか彼に会う方法を教えてください!!」

「嫌だ」

 即答する私に、当然でしょうね、とカガミも苦笑する。

「なんでですかァ~!? 助けてくれたっていいじゃないですか! ここまでヒト型に近いんだから、人間にするのだってなんとかなりません!? できないなら、せめてヒトと人魚の橋渡しだけでも!」

「ふざけるな。お前はいきなりヒトを溺れさせようとした相手に愛想よく手助けするのか」

「だ、だって、こっちはそんなつもりはなくて……」

「そんなつもりがなくてもこっちは死ぬところだった。私は絶対にお前なんか助けてやらない」

 正直なところ、人魚を人間にするなんて複雑な魔術が私にできるわけはないのだが。

 私は余計なことは言わず、ただ相手の要求を退けた。

 肉厚な唇を震わせ、メロウは押し黙る。大きな目が助けを求めるようにカガミを見るが、肩をすくめるのみだ。

「ばかばかしい、相手にしていられないな。行くぞ、カガミ」

 私がメロウに背を向けると、メロウは歌うように言った。

「………どこへ行くつもりですか」

 ざばん、とまた岩に波がぶつかる。

「お忘れですか。わたしは人魚。そしてここは海。貴女方に逃げ場はないんです」

 メロウは先ほどまでの豊かな感情を消していた。

「協力してくれるって言うまで、ここにいてもらいます。飲める水も、食べるものもないんですよ」

 私は冷えきった視線でメロウを刺した。並みたいていの相手ならこれで屈服させるだけの自信がある。しかし、メロウはわずかにひるんだだけで引こうとしなかった。それだけの覚悟があるということだろう。

 となると、問題はこっちか。

「やめろ、カガミ」

 私はため息まじりに言った。

「俺ェ? まだ何もしてないでしょ」

 カガミは軽く笑うが、これがちょっと危ないサインだということを私はよく知っている。

「一応人魚って一部じゃ保護対象になっているらしい。見つかると面倒だ。人魚は仲間同士で思念による対話もできるっていうし、確実にバレるしな。だから、ダメ」

「あら……」

 ごき、と指を鳴らしながらの残念そうなつぶやきに、やはり止めておいてよかったと思う。

「とにかく、こいつを人魚のタタキにする以外の方法でなんとかしよう」

「はーい」

「あ、あの、ちょっと?」

 完全に無視してやり取りをする私たちに、メロウはあせったように言った。

「だから、逃げられないですって。わたし、歌っちゃいますよ?」

「歌えば?」

「え、じゃ、どうするんです。あなた方、死んじゃいますよ」

「死なせないから大丈夫。氷雨さん、ちょっとだけ息止められます? あと、目を開けると海水しみるかも」

「わかった。あ、カガミ、ちゃんと靴とか持ってるな?」

「ええ、びしょびしょだけど、ちゃんと荷物袋はベルトとつながってます」

「無視しないでくださいよぉ!!」

 魔物めいた凄みを保てなくなったメロウは泣き声を上げるが、聞こえないフリに限る。

 よっし、と体を曲げ伸ばしし始めたカガミを見て、メロウはぎょっと目を丸くして肌を白っぽく変色させた。これが人間でいう青ざめる、ということだろうか。

「泳ぐ気ですか!? だから、わたしが歌えば泳ぐどころじゃないのに……!!」

 ガタガタと震え始めたメロウは、何を言っても無視する私たちに絶望の眼差しを向けてうなだれた。

「………ごめんなさい。もういいです。無理強いしてごめんなさい……」

 メロウはがっくりと肩を落とすと、水面に向かって話しかけた。

「めっちゃん、いる?」

 静かな呼びかけだったが、それに応える5メートル以上の巨大な影はすぐに現れた。

 ざばあっと派手な波しぶきをたてて水面に突き出たのは、ぎざぎざののこぎり状の鋭い歯。側頭部は白っぽく、拳ほどの目は奈落のように暗い。

 書物でしか見たことがない。だが、この姿形、間違いない。

 ホホジロザメだ。

 残忍な顔付だというのにどこか間抜けに見えるのは、かわいいピンクのチョッキが着せられているせいだろうか。

「この人たちを港まで運んであげて……」

 サメはうなずくようにぶるりと体を大きくふるわせた。

「本当に殺そうとは思ってなかったんです。どうか助けてほしくて、必死で……。でもこのままだと本当に死んでしまうから。ごめんなさい」

 ぺこ、と頭をさらに下げるメロウ。だが、私は当然そんなことに関心を払っていられなかった。


「す……すごい!!」


「はい?」

「あ、ちょっと氷雨さん?」

 私は岩の端っこすれすれまで行くと、身を乗り出してサメを見つめた。

「サメ! 魔力を帯びないというのに、海の生物で5指に入る強い種だと読んだ! こんなに大きいのね!」

「氷雨さん、危ないよ」

「歯、怖いな。ね、口、開けてもらえないかな」

「俺まで無視?」

 ごちゃごちゃとうるさいカガミは一時放置だ。言葉がわかるのか、サメは思った以上に愛想よく大きな口を開いてくれた。

 牙といってもいいような歯は幾重にも重なりあっており、ぽっかりと空いた口内は二度と出てこられない落とし穴のようだ。

 恐れと快感の混じる奇妙な感覚が背中を走る。

「んんんんん……!! すごい! ああ、白雪にも会わせてやりたい!」

 私はぽかんとしたメロウも肩をすくめるカガミも無視して大はしゃぎだ。

 私は魔女と称されるものの、持っている魔力にはさしたる量も力もない。ろくでもないこの力を忌々しく思ったこともある。その反動かは知らないが、私はこうした『魔力を持たずとも強い生物』に強く魅かれてしまう。

「そういや、白雪ちゃんもあなたもそういう見るからに凶暴な生き物好きでしたっけね……」

「あ……えと、近くの港にお送りするので、どうぞめっちゃんに乗ってください」

「えっ、乗るの!?」

「はい。わたし波を起こすことはできても、水を引かせることができないんです。だから、どうぞ。めっちゃんはわたしの友達なんです」

 カガミは疑わしげな眼差しでサメのめっちゃんとメロウを交互に見た。この怪しげな人魚が何か企んでいるのではないかと警戒しているのだ。

 だが、私の心は決まっていた。

「乗りたい!」

「ひ、氷雨さァん……」

「本当に私たちを殺すつもりならわざわざこんな手を使わないはずだ。さすがのお前だって、私を背負ったままこのサメから逃れるのは難しいだろ?」

「できなくはないですけどね」

「なぁ、めっちゃん。送ってくれるのか?」

 めっちゃんは肯定するようにぶるりと巨体を震わせる。

「カガミ、お願いしよう」

「もー。これで何か要求されたって知りませんよ?」

「おい、人魚。無礼な振舞いに本当はそのウロコ全部はいでやろうかと思ったけどお前の見事な友人に免じて許す。だからしっかり私たちを送り届けさせろよ」

「は、はい!! めっちゃん、くれぐれもよろしくね」

 さすがに人魚というべきか、とぷんと波音も静かに海に入ったメロウはめっちゃんに寄り添って私たちが乗りやすいよう誘導した。

 カガミの手を借りながらめっちゃんの背に乗り込む。サメの肌は水にぬれてぬめっているように見えるが、やはり硬質で触ると痛そうだ。ピンクのチョッキからはみ出さないよう気をつけなければならない。

 乗り心地はよいとはいえないが、これはおもしろい。興奮している私に、カガミはこれ以上余計な口を叩く気はないらしく、おとなしく後ろから支えてくれた。

「じゃあ、めっちゃん。お願いね!」

 ばしゃん、と尾をゆらして飛沫をあげためっちゃんは、ゆったりとしたスピードで動きだした。

 メロウは少しだけ後を追いかけてきたが、無事に泳ぎ出しためっちゃんに笑みを見せて離れていった。


「お願いね……。めっちゃん」


 私たちを見送るメロウのつぶやきは、こちらの耳に届くことなく広がった海に呑み込まれた。




続きを書きたいと思いつつ、気づいたらこんなに時間が経っていました。

それでも、書いていきたいと思います。

よろしければ、どうぞお付き合いください、


ご意見、感想をお待ちしております。



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