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女王様とラプンツェル 後編



 なにはともあれ、絶対にここでは婿探ししない! そう心に決めた私は、さっさとこの街を出ようとカガミに言った。今となってはこの優雅な造りの宿もまったく魅力を感じない。

「そうですね。ここにいても、氷雨さんにも俺にも益はなさそうだし」

 なんだってダイスはこんなところを指したのか、とカガミも首をかしげる始末だ。

「あっ! そういえば、お前赤頭巾につまらない意地張って、ダイス適当に振ってただろう!」

「あ、覚えてました? 氷雨さんってばそういう時だけ記憶力いいんだから」

「やっぱりお前のせいか~~!!」

 つかみかかると、カガミはふぬけた笑みを浮かべて私をなだめにかかる。

「そう怒んないでくださいよ、ね? 俺も不思議なんですから。いくら適当に振ったからって、ここまでひどいことになるわけないんです。だから何か一発逆転があるんじゃないかなァ~と」

「でもお前今、完全に諦めが入ってただろ。ここから出ようって言っただろ」

「あはは、そうなんですよねぇ。俺もまいっちゃうほどイヤな感じ。なんなんだろうなァ」

 腕が落ちたのかなァ、と言うバカに対し、私は冷ややかに言った。

「わかった。お前との付き合いもこれまでだ。縁を切るぞ」

「え、ちょ、ストップストップ! 無理、ダメ、勘弁!」

 カガミはようやく焦り始め、離れようとする私の腕をつかんで引き寄せた。

「氷雨さん、大丈夫だって、落ち着いて。俺の勘だとそろそろ動きがあるから」

 珍しくも真剣な顔つきで向き合うカガミに、私は探るように視線を合わせた。

「本当だろうな」

「もちろん。保障する。ことによってはここで俺達が街を出ようとすることこそダイスの示した道かもしれない」

 普段からこういう顔をしていれば名の知れた占術士と頷けるだろうに。そう思った私の心を読んだのか、カガミはふっと口元をゆるめてみせる。

「これでも伝説の占術士らしいので。信じてください」

「……まったく……」

 頷きかけた、その瞬間。

「お客様、お休みのところ大変失礼たします。城から領主さまよりお使いが来ています。なんでも、明日またお越しいただくように、とのことですが」

 扉越しに聞こえてきた声に、私はカガミの目を改めて見つめ返した。

「お前はこの事態を前にして私に信じろと言っているんだな? ほんと~~にだな?」

「……ごめんなさい……」



「ねぇ、改めて聞きたいのだけれど」

 またもや長い長い階段を上らされた私たちを前にして、ラプンツェルは鷹揚に言う。

「カガミはそこの女に雇われているのね?」

「ええ、そうですよ」

 カガミはどうして命令通り私が塔へ出向いたのかわからないようで、警戒したようにこちらをちらちら見ている。今にも暴れだしそうだ、とでも考えているのだろう。バカなやつ。

 だが、実は私自身よくわかっていなかったのだ。どうしてこんな苛立たしいところにまた来てしまったのか。

 ダイスは私をどう導くつもりなのか。

 私のイライラも気にせず、ラプンツェルはほがらかに言い放った。

「辞めなさい。昨日のことで腕がたつことはわかったわ。わたくしが雇ってあげる」

「あっは、イヤに決まってるでしょ~」

 あ、こいつ素が出たな。私よりよっぽど危なっかしい。

「義理があるでしょうしためらうのも無理はないけど……。カガミ、迷うことはないわ。わたくしの下へくれば身分をあげる。お給金だって今の10倍あげる。何より、このわたくしの側にいられるのよ」

「いやいやいや、そういう問題じゃなくて。俺は氷雨から離れるのが嫌なんですってば」

 ここまで言われてようやくカガミの思うところがわかったらしく、ラプンツェルは腰を浮かせて叫んだ。

「なっ……! な、何を言っているの! こんな女、私の足元にも及ばないわ。ちゃんと見なさい! こんな、邪悪な魔女みたいな女、どこがいいというの!」

 私はラプンツェルの言葉にはっと目を見開いた。

 わかった。わざわざ私がここへ出向いてしまった理由。

私は立ち上がり、カガミを押しのけてラプンツェルと向き直った。

「いい加減やめなさい、見苦しい」

 大股で歩みより、力任せに御簾を取り払う。どうせこの部屋にいるのは侍女一人、カガミが抑え込んでくれる。

「昨日からどうにも不快な気分だったのよね」

「な、何をするの!?」

 私はラプンツェルを見下ろした。どうしても顔を見せたくないらしく、彼女の顔が黒いヴェールで覆われていた。

「気に入らない記憶ばっかり蘇ってきた」

 御簾をふみつけ、ヴェールも引っぺがす。

「その理由がようやくわかった。あなたが私に向ける目、声。母と……王妃とそっくり」

 私を侮蔑する目。私を厭う声。私を―――この容姿を、嫌う女の気配。

 後ろから「あらま~」という間抜けなカガミの感想が聞こえる。こちらは何も考えていない声だな。

ラプンツェルはあまりのことに対応しきれないらしく、口をぱくぱくと動かし震えている。

「高望しすぎて塔から降りられなくなったお姫様。どうせカガミなんてどうでもいいんでしょう。私のような女からカガミって男を奪ってみせたかったんでしょう。つまらない虚栄と嫉妬にかられるお姫様」

 どれだけの時間をこの塔で過ごしていたのだろう。

 一人で。

 何も見ずに。

 理想の、存在するはずもない空想の相手だけを思い浮かべて。

「閉じこもっているうちに、今やこんな御簾とヴェールがなくちゃ人にも会えないような姿になってしまった」

 目と口元に浮かぶシワ。たるみはじめた顎。そして何よりも目をひいたのは、自らを塔に閉じ込めていた時間を示すような、手入れもされていない恐ろしく長い髪。その隙間から覗いたのは、哀れを誘うほどの醜悪な顔だった。

「う、う、うるさい! わたくしは美しい。下賤の女め、控えなさい!」

「聞きなさい」

 まっすぐにラプンツェルを見据えると、彼女は固まったように動かなくなった。しょせんは外を知らない地方の貴族、この程度の器なのだ。

「ねぇ。あなたに相応しい男ってどんな男?」

「わ、わたくしに相応しいのは、相応しいのは、美しい容姿、知性、力を持った男よ……。わたくしはここで待っているの。わたくしをここから連れ出してくれる王子様を……」

私は臓物からわきあがるような苦々しい痛みを感じた。

 やはり、この女は似ている。

「無理ね。集まるのは貴女の身分と財を狙う愚か者ばかり。この先もずっとね」

 私が言いきった途端、ラプンツェルの目に絶望が浮かぶ。

「どうして!? こんなに、ずっと待っているのに!」

「そう、待つだけ。どんな男も見下しけなし、自分だけを美化し続けたお姫様、貴女を醜くしているのは老いじゃない。老いとは本来美しいものよ。きちんと年を重ねればね。貴女は自己愛の幻想にとらわれて間違った時間を過ごした。そうして醜くなった女を、いったいどこの誰が愛するというの?」

 そこまで言って、私は一息つく。

 ここからが一番辛いところだ。彼女にとっても、私にとっても。

「それでも一向にかまわないんでしょうね。……全部わかってやってるんだろう、今が一番心地よい生ぬるい状態だと。停滞した濁った空気が一番安らぐ、と」

 あまりにも美しいがゆえに運命の相手をみつけることができないかわいそうなお姫様という幻は、愛すべき他者を忘れた身にはあまりに甘美なのだろう。

「う……うるさい、うるさい! あなた、やっぱり悪い魔女ね? そう言ってわたくしを貶めて、苦しめようとしているのね!」

「そう、私は魔女だ。でもあなたには負ける。塔に閉じ込められる哀れなお姫様と、塔の扉を閉ざす醜い魔女、いっぺんにやってのけているんだから。だが私はあなたを外へ連れ出そうなんて思っちゃいない。いつまでもここにいればいい。好きにすればいい!」

 ラプンツェルは目を皿のように大きく開いた。愚かしい女だ。

 私は唇をぎり、とかみしめた。

「―――――でも、私は違う。もう飽き飽きだ」

 聞こえたのか、聞こえなかったのか。固まったまま動かないラプンツェルの表情からは、読み取ることはできなかった。



 呆然自失のラプンツェルを残し、俺は昨日と同じく氷雨を抱えて塔を駆け降りていった。彼女が意識を取り戻し、怒り狂って追手を差し向けてくると厄介だ。

 今回は散々だった。いったい何を思ってダイスはここを指したのだろう。これでは氷雨に愛想をつかされても仕方のないことかもしれない。

 どうしよう。

 氷雨は俺の腕の中で気難しげな顔をしている。

「氷雨さん?」

 俺がおそるおそる声をかけると、氷雨はおだやかに言った。

「考えていた。お前のダイスがここへ導いたのは、ある意味天啓だったのかもな」

「え?」

 これまた予想外。怒鳴り声を覚悟していたというのに、氷雨は落ち着いたものだ。

「なァ、カガミ」

「なんです」

 これはからかってはいけないな、と思いつつ、俺は静かに言った。氷雨程度の荷物を抱えたランニングなど、息を切らすまでもない。

「ラプンツェルにはとにかくイライラしてしかたなかった。知らぬ間にラプンツェルと母が重なっていたからだ」

「………」

「でも、また気づいてしまった。ラプンツェルは私でもあるんだ」

 いつもと変わらない調子で話し続ける氷雨。

「あの女に言いながら、改めて自分のことを考えた。私はラプンツェルと違うと思った。自分なんか愛せなかったから。王子を愛したから。白雪を愛したから」

 塔は高い。まだ下には着かない。

「だから塔から出られたと思っていた。出たと思っていたのに」

 階段の途中には転々とステンドグラスの窓がある。

「でも、私は王子と白雪を愛するだけの塔に閉じこもっていたんだな」

 俺は氷雨を抱え込み、勢いよく後ろに足を回して蹴りあげた。恐ろしく長い髪の女が描かれた窓がはかない音をたてて突き破られる。

「王子は振り向かないし、娘は勝手にいなくなるし……。それでも求めずにはいられないんだ。他がいなくても、二人だけがいればよかったのに。だけどお前は勝手に塔の中に入り込んでいた」

「ええ。どうしてももぐりこみたかったんです」

 見下ろすと街の家々は拳大の大きさに見える。この程度の高さ、俺には関係ない。窓枠に足をかけ、ためらうことなく俺は飛び出した。すると、髪が風にあおられて氷雨のエメラルドの瞳があらわになる。

 まっすぐで、鋭くて、光の中だというのに憂いを帯びる影。

 ああ、たまらないな。だから俺は離れられないんだ。

「今思えば、私を連れ出してくれたのはお前だったんだな」

 俺は衝撃に備えるために、氷雨の体をより一層自分の胸に引き寄せた。







「はァ~~~~~!? 氷雨さんってば何血迷ってんの~~~~!?」

「うるさい。決めたことだ」

 木々の隙間からのぞく晴れ渡った空。森の中はひんやりと涼しく過ごしやすい。人もよく通るらしく小道ができていて歩きやすいし、散歩にはぴったりだろう。

 あァ、これが散歩程度だったなら。

 俺のこの時の絶望感といったらない。

 なんだってこの人は、この期に及んでまだ旅を続けるとか言っちゃってるんだろうか!

 適当に振ったダイスが示したのは、まさしく俺達に転換期を迎える素晴らしい旅路だったといえる。

 ダイスはやはり間違っていなかったのだ。

 もともとこの旅は奇妙そのものだった。長年の人間不信の引きこもりがいきなり旅に出ると言いだす。この俺が占っているにもかかわらず、望み通りにいかない旅路。行く先々で起こる面倒事。

氷雨は、それらに不満を抱かなかった理由に気付いた。(いや、小さな不満はたくさん抱いていたが、本当にブチ切れて俺を解雇しなかったのがその証である。)新しい男うんぬんではなく、塔の中に飽いた氷雨は外へ出たくなってみただけだったのだ。ただ王子と白雪ちゃんへの愛情過多によりそれに気付いていなかったし、脱し切れてなかった、というワケだ。

 溺愛する白雪ちゃんが自分から離れて行ってしまったことはショックだったに違いないが、それが氷雨の心の何かの引き金を引いたのは間違いない。言うまでもなく俺もそれを狙っていたのだが、まァ大失敗に終わったというワケで。

 そして回り回ってこうなれば、行くところは一つだと思うにきまってる。


 息苦しくも心地よい塔から連れ出したのは誰? 俺だっつーの!

 じゃあベクトルもこっち向くのが自然じゃないの!?


「無理して運命の相手探しもすることないでしょう!?」

「今度は男探しに行くわけじゃない。ただの旅だ」

「いや、それはいいけど……」

「ま、ついでに誰かいい人に会えるかもしれないし」

「それが良くないんだってば――――!!」

 俺の魂の咆哮も、氷雨には全く届かない。

「何だ? カガミ、お前まさか、私がこれから心機一転して気持ちよ~く出発しようとしているというのに、それを邪魔する気?」

「うっ……」

 ジロリと睨む様はさすが女王、逆らえなくなるオーラに満ち満ちていた。

 なんだって氷雨はこうなのか。そして、なんだって俺は氷雨に逆らえないのか。

 本当に厄介だ。

「あーもう。邪魔も何も、氷雨さん一人で行かせるワケないでしょう。俺も気持ちを新たにお供させていただきます」

「着いてこなくてもいい」

 ツンと顎をそらせたお決まりのポーズ。

「着いていきます。あんたが嫌だって言ったって着いていきます」

「あ、そう。じゃ、ダイスを振ってくれないか。伝説の占術士」

「ハイハイ……。今や伝説どころか雇用主に頭が上がらない情けない占術士ですけどね……。で、行先は?」

 ダイスを取り出すと、氷雨は高慢で、何よりも美しい頬笑みを俺に向けた。

「決まっている。私がとことん楽しめる方角だ」

 俺はため息を一つつき、ダイスを空に向かって放り投げた。

 本当に、非常に、心の底から残念であるが、この旅はまだまだ終われそうにない。



これにてラプンツェル編、ならびに「女王様とカガミさん」の第一部が終了いたしました!

とはいっても新たな目標を掲げた氷雨の旅はまだ続きます。

これからもどうぞお付き合いください!


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