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閑話 ―女王様の独り語り―




 私の世界はたった3人で構成されている。私と、私の愛する2人。

 その2人を思うとそれだけで充たされるような心地がする。だがその半面、心の裏側で悲鳴を上げる私がいる。



 決まってここから始まる私の愛。

 嫌な、嫌な記憶だった。

 私はまだ幼い子どもだった。そう、ようやく12歳を迎えたばかりの子どもの頬を、王妃は渾身の力をこめて叩いたのだ。いくらか白いものが混ざった金色の髪が怒りに逆立っているようだった。私は勢いに負けて冷たい石の床に倒れこむ。

「そのように幼い身ながらなんと汚らわしい。お前は私の子ではない!」

 違う、違う。そんなことしていない。そんな男など知らない。私は必死で周りを見渡した。

 いつも朝起こしに来てくれた侍女。時折いたずらを手伝ってくれた使用人。私が摘んだ花を胸にさして見回りをしていた警備衛兵。おかしを一緒につまみ食いした小間使い。そして、ろくに話したこともない弟と妹。

 どうしてそんな目で私を見る? 

 顔をあげると王妃の隣に立つ王の、哀れみを含んだエメラルドの瞳が私をうつしていた。

 一瞬その目にとりすがろうかと思った。だが、できなかった。王が妃の肩を抱いて、私を見降ろしこう言ったのだ。

「仕方のないことだったんだ。お前のせいではない、この子のせいでもない。この子の生まれのせいだ」

 この一言で私は全てを理解した。

 生みの親でさえ私を信じない。

 違う。そんなことをしてはいない。私はそんな男など知らない。

 どれだけ叫んだことか。

 だが、もうどんなに声をあげてもどうにもならない。私は頬を伝う涙に気づくこともできず、ただ呆然と2人を見上げていた。



 私は美しい。あくまで自国での一般的な美的感覚をもってしての評価であるが、否定するのも嫌みなのでハッキリ主張しておく。私はその事実を冷静に受け止めて自覚しているだけだ。

 だが私の苦労は何よりもこの美貌が原因であるといっていい。

 私はとある東の小国の第一王女として生まれた。そりゃ私の赤ん坊時代なのだから、天使や妖精も裸足で逃げ出すほどの愛らしさだったことだろう。身分も幸いし、当然何不自由ない暮らしをさせてもらった。だが、それに陰りが見え始めるのは私の顔の造りがはっきりしていった幼児期である。整いすぎていたのだ。王である父親よりも、王妃である母親よりも。これで王族を示すエメラルドの瞳を持っていなかったら王妃の不義が疑われたかもしれない。

 そして、第一王子と第二王女の続けざまの誕生が追い打ちをかけた。王子は王妃と、王女は王ととても似通った顔立ちをしていたのだ。彼らこそ心から両親に望まれた子どもたちだった。愛情は当然そちらに向かう。そして年を追うごとに「尋常ではない美しさ」を宿す第一王女との距離は開いていった。

 王妃からはうとまれ、妻の怒りの巻き添えをくうことを厭った王からは避けられ。これで陰ながら遊びに付き合ってくれる周囲の者たちがいなかったら、私はとてもじゃないが城にいられなかっただろう。

 だが、その迷惑な美しさを欲するものは私が思う以上にたくさんいたようで、幼いながら求婚者は後を絶たず、すでに私は煩わしい思いをさせられていた。

 そんな毎日を送り、ギリギリのバランスを保っていた私の王女生活。崩壊のときは一瞬だった。

 投げ文が王妃の下に届いたのだ。第一王女が城内の使用人と密通している、と。

 誰が何を思ってそんなものを送りつけたのかはわからない。しかし、そんな信憑性も何もあったものじゃない文を受け、王妃は激怒した。

『やはり思ったとおりだった、わたしの腹を借りてでてきた卑しい妖め!』

 そう言ってがなる王妃に、私はもちろん反論した。誰のことだ、証人は、証拠は、というか密通ってなんだ、わからないっつーの!! 温室育ちの娘だった私は色ごとのいろはさえ知らなかった。知らぬ存ぜぬを押し通したが、怒り狂った王妃には通用しない。

 そして更に困ったことに、私は微力ながら潜在的に魔力を持っていた。実際のところはとりわけ珍しくもない力であり、占いや魔術に欠かせないものなのであるが、これが第一王女化け物説を裏付ける証拠となってしまった。

 その結果が、畏れ多くも王妃の体をのっとり生まれた『魔性の力を宿す悪魔の子』というレッテル。自分の腹から出た子であろうに、王妃はとことん私を毛嫌いしていた。きっと理由などどうでもよかったのだろう、とにかく私を遠ざけたがっていたのが見え見えだ。

 そして第一王女排除のきっかけが生まれてしまった時点で、助けてくれる者はいなかった。


 

 ああ、そうかそうか! なんてことだ、全部私の独りよがりだったのか。

 まるでこの世の全てが私を笑っているように感じる。

 私を避け続けてきた王よ、王妃よ。私が生まれたことは、一時ばかりそそいでくれた愛は、貴方達にとっても大失敗だったようだ。幼い弟妹たちがかわいいから私を放っておいたのではなく、私そのものが遠ざけたい事柄だったのですね。いつかまた、私を見てくれると思っていたのは大間違いだったのですね。いやいや、過度な期待をかけて申し訳ない、もう二度とそんな希望は持たないさ!

 使用人たちよ、お前たちは私を少しでも想ってくれていると、愛情をもっていてくれていると、すっかり勘違いしていた。助けてくれるのではないかと、王に進言してくれるのではないかと甘えていたよ。まったく恥ずかしいことだ、ずっと信じ込んでいたなんて! 

 あきれ果てるほどに私は愚かだったんだ。

 なるほどな。

 人とは、そんなものなのだな。

 はいはい、悪かった! 私が悪かったよ。よくわかったから、もうそんな目で見るな。私は今すぐあなたたちの前から姿を消すから。それで満足だろう?

 だが、できることなら死にたくはない。いかに間違いであろうと生まれてきてしまったのだ、お前らのために死ぬ気にはさらさらなれない。

 私は生きていたいのだ。

            ―――――この我がまま、なんとか通してもらえないだろうか。



 王妃は処刑を望んだが、子殺しはあまりにも外聞が悪い。いきなり消えるにしても私は悪目立ちし過ぎていた。そこで『王の温情』により私は国のはずれにあった物見の城と森を領土として賜った。12歳にして一城の主となったというワケだ。

 一人になってしばらくの時が経ち、よくよく考えると、王妃は私を娘としては見ていなかったのではないか、と思うようになった。

 よそから来る高貴な客人や使者が、列席した私の容貌をほめそやすたびに向けてきた醜悪な視線。

 姿ばかりが立派で中身がないとけなす声。

 いつしか顔も見たくないとばかりに遠ざかるようになった細い後ろ姿。

 彼女は母ではなかった。東で最も美しい女と呼ばれた王妃は、かつて得た名声を奪われた一人の女として私に嫉妬心を燃やしていたのだ。

 もう、どうでもいい話ではあるけれど。

 男を狂わす魔女と指さされ追放された私には関係のない話だ。

 時間はゆっくりと流れていった。皮肉なことに、私が唯一望んだこと―――――生きたいという意志が生来の魔力に反応し、私に流れる時の速さを変えてしまったらしい。いつまで経っても変わらぬ姿に、魔女の噂はより一層広まっていった。

 そんな私を恐れるように、月に一度だけ見張りに来ていた城からの使者の足もいつしか遠のき、私は城の外からまったく切り離された。

 もう、これでいい!

 これで煩わしいことから全部離れることができた。丁度いいではないか!

 私は魔女として暮らし、誰もいない城の中で女王として君臨した。

 これでいい、これがいい。

 そう思っていた。そう、思い込もうとしていた。

 しかしある日、唐突に彼はやってきた。

 隣の国から、従者も連れずにたった一人で。

 そして私に言ったのだ。恋に落ちるのも当然。


「なァんだ、普通の女の子じゃないか」




 二人目は冷たい雨の中、森の中で青ざめ震えていた小さな女の子。

 捨てられたのだと一目見ただけで分かった。

 あまりにも異様な姿だったからだ。

 粗末な服をまとい、泥にまみれた手足をさらし、転んだとき張り付いたのだろう木の葉を頬につけ。

 そんな格好だというのに、見る者を惹きつけてやまない、隠しきれないこの容貌。

 泥の隙間からは雪のように白い肌がのぞく。かみしめた可憐な唇は真っ赤な血の色。雨のしずくをたらす髪は黒檀のような艶やかな黒だった。

 ああ、と私は嘆息した。私も、人から見ればこのように映ったのかもしれない。理性ある者を狂わす魔性の子。だがこの少女は、望まぬ姿形を持って生まれてしまった哀れな子。それゆえに捨てられたのだ。

私は少女に傘をさしかけた。

 話しかけて見ると小生意気な口と気性に驚かされた。笑いさえこみあげてくる。

自分を食べろといった少女にむかい、私は心を決めた。

 拒絶されたこの子なら、私の世界に入れてやってもいい。

 そう思って差し出した手を、少女は迷うことなくつかみとった。


「いいわ。あんたについていってあげる」




 こうして私の世界は完成形を見る。

 なんとも素晴らしい世界ではないか!







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