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女王様とラプンツェル 中編

「そうね、簡単にだけど、見立てるなら中の下かしら。背は高いし、一見細身だけど鍛えていそう。顔は目力が弱いのと唇が薄いのが気になるけど、おおむねきれいなほうね。でも身なりは悪くない、としかいえないし、見るからに財はなさそう。秀でた才もない、地位もない、ただの一般平民。残念だけど、見た目だけじゃ男としての価値はないの。わたくしにはとても釣り合わないわ、ごめんなさいね」

 御簾越しで顔の見えない女領主ラプンツェルは、カガミを前にして一息に言ってのけた。

「えーと。それはすみません」

 カガミもどうしたらいいのかわからないらしい。私へ目配せをしながらどうしようか、と聞いてくる。だが、私は顔を伏せたままカガミの視線には気付かないフリをした。

 こんな女、私だってどうしたらいいかわからない。

 あれから私たちは訳もわからぬまま再び馬車に詰め込まれ、行きの馬車から見た細長い建物へ連れていかれた。どうやら領主の館であるらしく、背高のっぽの特異なたたずまいから街の人々から『塔』と呼びならわされているという。

 馬車を降りてからは待ち構えていた侍女らしき女性に背を押され、長い長い階段を上って行った。そしてようやく私たちを呼びつけた相手に対面したと思ったとたん、カガミはとんでもない洗礼を受けてしまったのだ。

 結局何がしたかったのだろうか、この失礼な女は。

 直接顔を見せるでもなく、一段高い所から私たちを見降ろしているこの地の支配者に、私は苛立ちを抑えきれなくなってきていた。

 真っ白な硬い石で整えられた謁見室は、美しいが寒々しい。赤い絨毯が道のようにしいてあるものの、その先にいる女領主はいったいなんのつもりか姿を見せようとしないのだ。たかが辺境の一領主のくせに、まるで王侯貴族のようなふるまいだ。

 ひざまずくにしてもいい加減足も痛くなってくる。まったくもって気に入らない。私はひたすら絨毯の毛足の数を数えることに集中していた。

「では、お暇してもよろしいでしょうか」

 カガミの力の抜けた声を聞くと、後ろにひかえていたたった一人の侍女が慌てたように言い添えた。

「お館様、ラプンツェル様。こちらの方は占術士として参ったのです」

「あら、そうなの」

 ふうん、とこちらも気の抜けた返事をするラプンツェル。

「ではさっそくお願い」

「……何を?」

 意味が分からずカガミが尋ね返すと、御簾の中で大きなため息が聞こえた。

「もう、なんなの貴方達。占い師でしょう、さっさと占って」

「え―……ですから、何を?」

 侍女はこちらが何も知らされていない、とようやく気付いたらしく、わざとらしい大声で言った。

「お館様、御安心くださいませ。こちらは遠方から来られた占い師、カガミ殿。今度こそ、お館様にふさわしい殿方がいつ現れるのかがわかりますわ」

 思わず眉間にシワが寄る。どこかで聞いた話だ。

 とにかくこれでなんとなく状況はわかった、とカガミに目配せしようとすると、ラプンツェルは素っ頓狂な声を挙げた。

「カガミ!? まさか王都の宮殿に仕えていたという伝説の占術士!?」

 分厚い御簾のせいで動く影しかわからないが、身を乗り出してまじまじとカガミを見つめているのはわかる。だがそれも数秒、先ほどよりも数段大きなため息が聞こえてきた。

「いえ、そんなわけないわね。あの高名な占術士がこんなに若いはずないもの。そもそも才ある者だけが持つ気高いオーラがないわ」

 よくぞ言った! 

 ……と、いつもの私なら心の中で快哉を叫んだだろう。だがどういうワケか、この女の言動は一から十まで気に入らない。どうもラプンツェルとは本能レベルで相性が悪いらしい。

「いいわ、名前をあやかったからには腕もそこそこあるんでしょう。とりあえず、お願い」

「はァ……」

 当然だがカガミは気が乗らないようで、またのろのろとこちらを振り返ってきた。私はお好きにどうぞと肩をすくめてやる。

 止めてもらいたかったのか、恨めしそうにこちらを見たまま懐から得意のダイスを取り出したカガミは、はたから見てもやる気のなさそうに商売道具を放り投げた。

空を舞ったダイスは規則正しい円を描くように絨毯に落ちてくる。

「珍しい占い方があったものね。幾人もの占い師を見たけど、これは始めて見るわ。怪しいわねぇ」

 ラプンツェルが呑気に言う。ああ、だんだんこの作りもののような柔らかい声音さえ耳障りになってきた。

「出ましたけど」

 カガミが切りだすと、ラプンツェルは右手を振った。さっさと言えということらしい。

「えー……。残念ながら、領主さまにふさわしい男はまだしばらく現れないかと」

「ではいつになったら?」

「申し訳ありません。そこまではこの拙い腕では」 

困ったようなカガミの声に、私は悟った。おそらくこの女にふさわしい男は『現れない』。そう出たのだろう。

 さて、このつまらない答えにどう反応するのか、と私は野次馬のような好奇心をこめて領主をうかがった。激昂するか、嘆き悲しむか。

 ところが返ってきたのは予想外の反応だった。

「やっぱりね!」

 ほがらかともとれる響きに私たちが首をかしげると、一人納得したようにラプンツェルはまた話しだした。

「そうだと思ってたの。わたくしほどの美貌と知力をもって、地位もあって財もある人間にふさわしい相手がそうそういるはずないと。そんな簡単に見つかるような相手じゃないことだけは確かね」

「はァ?」

 思いっきりバカにしたようなカガミの態度にも焦ったが、それ以上にこの女の考えに驚かされた。

「わかるでしょうけど、わたくしも年頃。そろそろ身を固めないといけないのだけれど、相応しい相手がまったく見つからないのよ。触れを出してはみたものの、寄ってくるのはわたくしの圧倒的な魅力に魅かれた哀れな男ばかり。悲しいことだわ」

 まるでお芝居のような物言いだが、ラプンツェルは本気に違いない。とにかく、これでなぜ街中に男ばかりがあふれかえっているのか納得がいった。一言でいえば、これは彼女の婿探し。女領主の心を射止め、玉の輿を狙う者たちがわんさか集まっているのだ。

 それを先ほどカガミにやったように彼女自身が採点しているのだろう。残念ながらお眼鏡にはかなわなかったな、カガミ。

「残念だけど仕方のないことだわ。カガミとやら、腕は悪くないようね。わたくし、占い師も数多呼びよせて占わせて見ているのだけれど、他の連中ったらもうすぐ現れるだの自分こそが婿に相応しいだの、嘘ばっかり。わたくしの相手がそう簡単に出てくるわけないのに。あなたはよくわかってるみたいね、特別に礼金をはずんであげる。でももう下がっていいわよ」

「それはどーも」

 カガミはさっさと身をひるがえし、案内を待たずに謁見室を立ち去ろうとした。しかし、その後に続く私を女領主は呼びとめる。

「ちょっと待って。後ろのその女はなんなの?」

「え?」

「術士ではないの?」

「彼女は俺の主人ですよ」

 カガミがさらりとかわそうとするが、ラプンツェルはしつこく尋ねてきた。

「主人? そうなの、ちょっと顔をお見せなさい」

「いえ、そんなお見せするような顔では……」

 お前、自分で主人という相手にいい度胸だな。だが、ここではこの女にわざわざ顔を見せる方がよっぽど嫌だ。私は黙ったまま一礼する。

「いいから。ここへはあまり女は来ないの。そこの侍女くらいなものね。見てあげるからさっさと顔をあげなさい」

 こうなったら意地でも見せるものか、とも思ったが、これではおそらく根競べになってしまう。勝つ自信はあるが、早くこの女と別れていい加減宿で休みたい欲求のほうが勝ってしまった。

 負けたのではない。勝負を捨てて利を得ようとしただけだ。

 私はそう自分に言い聞かせ、まっすぐに御簾のむこうの影と向き合ってやった。

「………」

 途端、御簾の向こう側の空気がピリリと変わったのが伝わってきた。嫌な心地だ。

 今度は私を値踏みしているのか、と睨みつけてやると、ラプンツェルは呑気な声にどこか皮肉な、こちらをバカにするような響きをもたせて言った。

「……わたくしには及ばないけど、ずいぶんキレイなお顔ね。怪しいくらい」

「……どうも」

「この街へは何をしに?」

「旅の途中に立ち寄ったに過ぎませんわ」

「あら、そうなの。おひとり?」

 ここでの『ひとり』は独り身か、ということだろう。

「……ええ、まぁ」

 私がそう答えた瞬間、彼女が思い切り口の端を釣り上げたのがわかった。女の勘だが。

「ということは、占い師連れで口実を作ってまでこの街にやってきた貴女もやっぱりそういうクチね?」

「仰っている意味がわかりかねますわ」

 私はゆっくりと微笑んで見せた。

 こちらはなぜ呼ばれたのかもわからなかったというのに、一体何のつもりか明らかに私を侮蔑しにかかっている。その理由は何か。私は軽い笑みで受け流し、ラプンツェルの言葉を待った。何が気に入らないのか、ラプンツェルは苛立たしさをも交えて鼻を鳴らした。

「冗談でしょ? 今、塔の下はわたくしを求める男性でひしめきあっているわ。でも一部である方々も集まってきているのよ……貴女みたいな……」

 私は瞬時にラプンツェルの真意を悟り、体の内が燃え上がるのと頭の芯が冷え切るのを同時に感じた。

「わたくしのおこぼれを期待する、はしたない女性たちが」



「あんのクソ女――――!!!」

「あらヤダ、氷雨さん久々の激昂モード」

 氷雨は妙にでかいベッドに添えられていた長枕を振り回し、いつかのように大暴れだ。しかし、これも仕方のないことだと言える。

「おこぼれだと!? 私が、あの女の!? ふざけるな!!」

「いやでも、氷雨さん実際未来の旦那探しの旅してるワケで」

 俺がそう言うと、氷雨はハッと気づいたように動きをとめた。そうだった、といわんばかりのしかめ面だ。

「一緒にするな! えーと、いいか、私はあの女とは違うぞ。あの女は月にでも腰掛けながら地上の男を値踏みしているだけだが、私は自ら動いている」

「ハイハイ」

 やたらと高そうな宿の備品を壊す前に、ととりあえず氷雨を椅子に座らせる。

 つい先ほど、女領主のとんでも発言を受け、俺は我ながら素晴らしいスピードで氷雨をひったくって退場した。でなければ塔を潰すほどの大乱闘が起こっていただろう。それは得策とはいえない。

「でも男共のお買い得安売り大会なのは事実でしょ。好みの相手、いたんですか」

 俺が尋ねると、氷雨はバカにしたように笑った。

「わかるワケないだろ、一瞬見ただけじゃ」

「……そぉね」

 鎮静効果のあるお茶を淹れてやりつつ、俺は氷雨の様子を伺った。思うのだが、氷雨は真剣に運命の相手とやらを探すつもりはあるのだろうか。口では結婚だのなんだのというが、どうも熱意に欠けるというか。もしかして俺、心配する必要全然ないんじゃないの?

「やっぱりアレか、最初の出会いが最高過ぎたのか……」

 俺が安心したのもつかの間、氷雨はカップを手に取ると揺れる液体を見つめてため息をついた。氷雨の気持ちは落ち着いてきたらしいが、今度は俺のほうが落ち着かなくなった。

 ありていに言えば、イライラする。

「ま~だ言うんですか」

「言うさ。あの人は、この先何があっても私の王子様だからな」

 そう言うと、氷雨は扇のようなまつげを伏せてカップを大切そうに手で包んだ。



ラプンツェルの中編です。

次はいよいよラスト……! といきたいところですが、ちょっとした番外編をはさみたいと思います。

どうぞ、お付き合いください。


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