女王様とラプンツェル 前編
彼女は高い塔から下界を見下ろしていた。今日も多くの男たちが自分を求めて群がっている。だが、その中から求める人の影はみつからない。
いつになったら現れるのか。
彼女は空気が重くなるようなため息を一つついた。
だが、これは仕方のないことなのだ。
自分と釣り合う王子様。それは美と智と力を持ち合わせている男でないといけない。
それから地位と、財と、優しさと、スマートさと、ああそうだ、毎日一緒に過ごすのだからユーモアセンスもなければ。
そんな男がごろごろ転がっているわけがない。きっと世界に一人だけだ。その男に釣り合う女が世界で自分しかいないように。
だから、これは仕方のないこと。
塔にとらわれ、待ち続けるしかない。
そして今日も彼女は塔から下界を見降ろす。
砂利道をぬけ大門をくぐると、座席から伝わる振動が落ち着いたものに変わった。隙間なくしきつめられた石畳のおかげだ。
「大きな街ですねぇ」
「そうね。人が多い」
氷雨は浮かない顔で馬車の小窓から外を眺めていた。全体的に白っぽい壁で統一された街並みはちょっと気取った印象を受ける。馬車が2台行き来できるだけの幅がある通りはなかなか立派なもので、辺境ながら地方都市として十分栄えていることがうかがえた。
街のシンボルなのか、太い通りの向かう先には一際高い白い塔がそびえ立っている。
「確かに、人が多いですね……」
氷雨と一緒に外をのぞいた俺は、同意しながらもぬぐいきれない違和感に顔をしかめた。
「しかも、とんでもなく着飾った野郎どもが」
「……頭悪いのかしら、この街の住人は」
そうなのだ。通りを行きかう人で賑わっているのはいいのだが、飛び交うのは女性の甲高い声ではなく、低く響く野太い声と重い足音。とにかく男、それも出来うる限り着飾った若い男が視界の半数以上を占めているのだ。貴族風の優男から騎士然としたたくましい男とバリエーションに富んでいる。
「何か祭りでもあるんですかねぇ……男限定の」
「うっわ、気持ちが悪い。なんなの、そのむさくるしい発想は」
氷雨は口元をひきつらせて窓から顔を離した。運命の相手を探している割に人間嫌い男嫌いの氷雨には、耐えられない光景が浮かんでしまったのだろう。
「ここに来たのは失敗だったかもね……」
「でもこれだけいれば、気に入る男もいるかもしれませんよ」
ため息をつく氷雨に、俺はとりあえずフォローをいれておく。もちろん氷雨が気に入る男なんざ現れないことを知った上でのフォローだが。
「ん―――。ここにはいなそうな気がするんだが……」
あ、鋭い。
魔女としての勘か何かは知らないが、早々に見切りをつけたようだ。膝にのせていた縁の広い帽子を深くかぶってしまう。
「それより、一旦降りて宿で休みたい。さすがに半日以上乗ってると疲れた」
「ハイハイ、女王様」
御者に声をかけ道端で停めてもらう。
「どこかいい宿はありませんか? できるだけキレイでいい部屋がいいんだけど」
金を少し多めに渡しながら尋ねると、御者の男は下品な笑みをうかべて一本外れた通りを指さした。
「あの通りをまっすぐ行くと、右にレンガ作りのでかい建物がありますよ。安宿はもういっぱいだから高級志向の宿になりますが、お客さんなら大丈夫でしょう。兄さんも玉の輿狙いってことでしょう?」
「玉の輿?」
俺が首をかしげると、御者はまたもや心得たように笑った。
「ああ、女連れだと思ったら、アンタじゃなくてあっちということですか。顔はよく見えないが、ありゃあいい女だ。俺も立候補したいくらいで」
「は? 何言ってんだアンタ」
言っている意味はよくわからなかったが、氷雨への邪な視線にイラッときた俺は、とりあえず男の頭をひっぱたいておくことにした。
「おい、カガミ。何やってる」
「いえ、別に」
頭から煙を出してひっくり返っている御者に背をむけ、俺は氷雨と連れだってその場を後にした。
教えられた宿は小奇麗で、高級志向というのもうなずけた。ロビーには受付嬢がにっこりとほほ笑んでいる。この街で初めて見た女性だと思ったら、ホテルの中には幾人かの女性の姿も見られ、ようやく安心感を抱いた。さすがに男だけだと不気味すぎる。気になるのは彼女たちも装いに気合いが入りまくっている、という点。やはり祭りか何かだろうか。
「お客様、こちらにご記入いただけますか?」
面倒なもので、紙質まで立派な宿帳には名前だけでなく職業や出身までも記さなければならないようだ。
さらさらと書いていくと、それを横目で見ていた受付嬢がハッとしたように俺の腕を抑えた。
「え、なんですか?」
「カガミ様……!? 占術士でいらっしゃるのですか!?」
「ええ、まァ。はしくれですけど」
「大変! お客様、急ぎ塔へお送りいたします!」
「は?」
いきなり慌てだした受付嬢はさっさと外へ行くと、馬車を呼びに外へ飛び出して行ってしまった。
「なんなんだ、一体」
後ろにいた氷雨も困惑顔だ。
「まいったな。ここ、占い師ダメだったんですかね」
「お前、以前何かしたんじゃないだろうな」
「やだなァ、俺は清廉潔白ですよ」
胡散臭いことこの上ないな、と言う氷雨から目をそらす。と、白い壁紙に張られた無粋なチラシが目に入った。
「あ―――……。コレ、かな?」
そこには書かれていたのは実に簡潔な文章だった。
『~求む! 占い師・魔術師~ この街におとずれた術士は必ず、至急、塔へ出向くこと。これは領主ラプンツェルの命である』
ラプンツェル編です!
今回の話は「女王様とカガミさん」の転換期となるかと思います。どうぞお付き合いください。
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