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女王様と赤頭巾 後編


「嘘をついてごめんなさい。オレ、本当は人狼なんです」

 トレードマークの頭巾を膝でにぎりしめてうなだれる赤頭巾。普段はピンとたっているであろう狼の耳が垂れている。

「んなのわかってるってば」

「うるさい! オレはお姉さんに話してるんだ!」

 赤頭巾の家に戻った私たちは、彼のお手製のお茶を前に座っていた。今度はカガミもうなずく混ぜ物一切なしのお茶だ。

「あー、そこのは気にしないでいい。赤頭巾が嘘ついてたのは、人狼の一族を守るためだったんだろう?」

 私がそう切り出すと、赤頭巾はぶんぶんと首を縦に振った。

「ああ。オレ達の一族は昔からこの辺に住んでたんだけど、ちょっと前から人間たちが時々姿を見せるようになってきたんだ」

 どうも谷一つ越えたところまで人里が広がってきてしまったらしい。だが住み慣れた土地を離れるのも嫌だ。そうして迷っている最中、事件は起きた。

「オレのおばあちゃんが、人間に捕まりそうになった。たまたま狼の姿で一人のときを、狩りに出てた人間に狙われた。人狼は誇り高い生き物だけど、群れで生きるものなんだ」

 運よく助かったが、次はどうなるかわからない。

「だから、一族で誰かが見張りをすることになった。寄ってきた人間を追い払うんだ」

 一族の血をしみこませた赤い頭巾は代々人間に化ける時に用いられたものだという。狼の臭いを頭巾のせいとごまかすためでもあるが、何よりたった一人で一族を守らねばならない孤独な少年のお守りがわりだった。

「それだけじゃないでしょーが。なんで俺のこと殺そうとしたのさ」

 カガミの質問に黙り込んだ赤頭巾のかわりに、私が答える。

「わかりやすい警告のためだろう。翌朝お前の無残な死体を私に見せ、人狼の存在を見せつける。で、生き残った私が村でそれを広めれば人が寄り付かなくなるってところか。あんな物置に寝床が整っているのも不自然だ。以前来たというハンターたちにも、同じことをしたな?」

 赤頭巾は小さくうなずいた。

「食うためでもないのに生き物を殺したくなかったけど。最小限の犠牲で一族を守りたかったんだ。あー、でも、そこのクソオヤジは……」

 言いにくそうな赤頭巾に、私は思わず笑いそうになりながら先をうながした。

「別にいいかなって。オレの血がやっとけって騒いだ」

「こ、このクソガキ……」

「さすがは人狼、第六感まで優れている。それを考えたのは一族の者たち?」

 またうなずく赤頭巾に、私はバッサリと言い捨てた。

「今すぐやめろ」

「そんな! だって、そうでもしないとオレたちが!!」

 必死な顔を向けてくる赤頭巾に、私はうなずき返した。

「わかってる。でも、それじゃいずれ危険な目にあう」

「え?」

「いい? 今はそれで済んでるかもしれない。でも噂が広まれば、確実に凄腕のハンターたちが競って来るようになるわ。さばききれない数の集団になってね」

「いくら恐ろしい人狼って広めたところで、本当に怖がるのは普通の人たちだけ。ハンターはハイリスクハイリターンを狙って来るんだから、当然ッちゃ当然ですね」

 カガミが続けると、赤頭巾はさっと顔色を変えた。

「……」

 今までやってきたことは無駄だったのか。

 頭巾をにぎる手に力がこもり、赤頭巾は蒼白な顔をして肩を震わせた。だが、彼は一言も言わなかった。『どうしたらいいのか』と。

 だが、ここで見捨てるようであれば私は最初から口を出したりしない。そうすればこの人狼の一族は自滅するだけなのだから。

私は好き嫌いが激しいと思う。特に嫌いの方が。その分、一度気に入ればついつい構ってしまう。悪い癖だ。

「赤頭巾。私はちょっとだけお前が気にいったの。少しばかり手助けしてあげる」

 一宿一飯の礼ってヤツ。


 

思えば、この災難は俺に原因があるのかもしれない。俺は前回ダイスを振る際、氷雨の機嫌がよくなるように、とかなんとか考えていた気がする。確かに氷雨の機嫌はいいのかもしれない。だが、それで俺がこんな目にあってるとしたら、相当割に合わない。ちくしょう、大失敗だ。たとえそれがリストラ回避につながったとしても、だ!

俺は氷雨に従って朝っぱらから木を切り、ペンキを塗り、と工作にいそしんだ。そしてできあがったのがこれだ。

『この先危険!! 立ち入り禁止』

『クマに注意!!』

 黄色と黒の警戒色でデカデカと書かれた板きれ。

 それらを赤頭巾はあきれ顔で見つめていた。

「お姉さん……。本当にこれで安心なのか?」

「当たり前よ」

 自信満々の氷雨。クソガキが呆れるのも無理はない、魔女のくせに相変わらず魔法が使えない氷雨は、まさかの解決法を見出したのだ。それがこの立て札というわけだ。

「だってクマって……。オレだって素手で仕留められるぞ」

「それは赤頭巾が人狼だからでしょ。村人なら相当ビビるわよ」

「でもさァ―――」

 己より数段も格下の獣に負けた気分なのだろう、赤頭巾は不満げだ。と、そこへタイミングよく実験台が現れた。だだっ広い草原だから、遠くからでもよくわかる。狩猟用の銃を背負ったものものしい集団。顔はけわしく、どこか緊張しているようだ。おそらく近くにある村の男たちだろう。

 むこうもこちらに気づいたらしく、大声で問いかけてくる。

「おーい、あんたたち、こんなところで何してんだ?」

 こちらへの警戒も相当だ。

 だがそこは慣れたもの、さっと後ろに隠れた氷雨のかわりに、俺がにこやかに対応する。

「いやぁ、今ここの坊ちゃんのオヤジさんに頼まれて立て札立てるとこなんですけどねぇ。この先の林でクマがでるらしいんですよ」

「クマ!?」

「そうそう。あと狼なんかもいるみたいで、怖いですねぇ。もう何人か食われたって話です」

「やっぱりそうか、クマと狼か!」

「え、やっぱり?」

 合点したように顔を見合わせた村人たちは、足取り軽くこちらへ駆け寄ってきた。警戒心が一気にとけ、安心しきった不抜けた笑顔を浮かべている。

「いやね、最近人狼が出た!って言う旅人がよく村に来るんだけどね。そんな恐ろしいのこんな所にでるわけないと思ってね。でも本当に出るなら、役場から専門の狩人呼んでもらわにゃ、ってんで見に来たんだよ」

「狼の遠吠えとクマのでっかい姿みて、勘違いしたんだろうな」

「まったく、ずいぶん遠くまで来たってのに無駄足くっちまった」

 口ぐちに言う村人たちを、赤頭巾は唖然として見つめている。

「あっはっは、それは御気の毒でしたねぇ。でも危ないんで、村の人たちにもよく伝えといてください」

「ああ、わかったよ。ありがとな、兄ちゃんたち」

 やれやれ、と踵を返す村人たちを見送ると、赤頭巾は聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呟いた。

「うっそだろ……」

「嘘のような本当の話ってヤツ?」

 俺が笑うと脛を蹴ってきた。元気なクソガキ。……氷雨が今こっち睨んでなければなァ。

 


 昨日と同じく素晴らしい晴天の下、私は家の周りの冊に腰掛けていた。

「お姉さん……。全部あなたのおかげだ。オレはしばらくここに残るけど、また一族のもとで暮らせそうだ。ありがとう」

 改まって頭を下げる赤頭巾。素直なのはいいことだ。

「ちょこっと知恵を貸しただけよ。昨日は物騒だけどなかなか楽しい一夜が過ごせたわ」

 カガミは私の言いつけに従い、文句を言いながらも立て札を立てている最中だ。それが済み次第、私たちはまた旅に出る。

隣に立つ赤頭巾は思いつめたようにじっとこちらを見つめてくる。その視線には気付かないフリをした。

「お姉さん……。あいつと行くんだよな……」

「そうね」

「……いつか、またここへ来てほしい。いや、オレが会いに行く。だからこれを受け取ってほしい」

「ん?」

 手渡されたのは赤い布でできた小さな巾着。中身を見ると、真珠のような光を放つ、鋭い牙が3本入っていた。

「お礼だ。オレの抜け変わった歯。どれくらいになるかわからないけど、売って路銀の足しにしてほしい。これくらいしかオレにできることないから。でもできれば、一本だけとっておいて。お守りがわりになる。それがあなたを守るから」

 たどたどしくも、一気にいいのけた赤頭巾は顔を今までにないほど紅潮させていた。

「だから、だから、オレが大人になったら、オレと……!!」

 見ないフリにも限界があった。

 私は唇をかみしめる少年を見すえる。そして、彼が意を決したように口を開いた瞬間、背後に感じたカガミの気配に、赤頭巾の唇を指でおさえた。

「お、おねえはん!?」

「赤頭巾。お前はきっとイイ男になる」

 冊からおりてしっかりと赤頭巾と向き直る。

 そして一言一言言い聞かせるように私は言った。

「ソレはもっと後で聞きたいセリフね。今潰すには惜しい。誰よりも強くなることだ、少年」

 少年、にことさら強く力をこめると、赤ずきんはハッとしたように目を開いた。

 そして、ゆっくりとうなずいてみせる。先ほど少年といったのを撤回したくなるくらい、男の顔だった。

「お姉さん……いや、氷雨さん。オレはあいつより強くなる。いつか、必ず言わせてもらう」



「氷雨さんのバカ、年下好き、変態」

 ぶつぶつぶつ、とうっとうしい男が後ろからついてくる。

「カガミ、お前私をなんだと思ってるんだ」

「いい年してものっすごい年下の少年を惑わす魔性の女」

ふてくされるカガミは面倒くさい。そしてしつこい。

「誰がそんなことした、誰が。年上のキレイなお姉さんにあこがれるってのは、あの年頃の少年にはよくあることだ」

「だってさァー、あんな期待させるようなこと言ってさァー」

 ぐったりとしたカガミは、私の肩を抱きよせると思い切り体重をかけて寄りかかってきた。

「重い、軽々しく触るな」

「いーじゃないですか、これくらいー。俺の身体的疲労と精神的苦痛に比べたら」

 そしてそっと顔を寄せてポツリと言った。

「その上、小僧があそこで生意気言うようだったら、俺も考えちゃうよね」

 カガミの顔は見えない。だが、ちゃらけた声の調子には似合わない凄みがあった。

 本気、だったのだろう。

「カガミ」

「ま、俺のことよぉくわかってる氷雨さんに、うまくはぐらかされたけどね」

 ぽん、と肩を叩いて笑顔を見せたカガミ。

 相変わらず異常なヤツだな、コイツは。

 あの時、赤頭巾の言葉をとめて正解だったというわけだ。私は小さくため息をつくと、腹いせにカガミの頭をすっぱあん! と叩いた。

「いたーい! 何すんですか、いきなり」

「うるさい。変態はどっちだ、バカ者」

 今回も今回で目的は達成されなかったが、収穫はあった。

 赤頭巾はよくわかっていなかったらしいが、人狼の、しかも最も美しいとされる子どもの牙はとんでもない値がつく。タリスマンの媒体としても最上級品だといえよう。それが3本も手に入るとは! 私のうだつの上がらない魔術も、これを持っているだけで少しは効果が上がるというものだ。そして将来有望な少年。もし白雪が運命の相手(仮)とうまくいかなかったら、赤頭巾を紹介してやろう。

 それを想像してふっと笑うと、カガミが冷めた目で私を見る。

 私を脅すつもりか、愚か者め。

「悪いが甘酸っぱい思い出に水を差す趣味はない。でも私の相手にガキはごめんだわ」

 ガキは、ね。

 近い将来少年から青年に変わる赤頭巾。その姿を、私は青空の中から見つけてみようかと空を見上げた。

「ハイハイハーイ、妄想タイム終了!! 次行きますよー、氷雨さんはおいといて、今度は俺が楽しいって思うトコ示せー!!」

「なんでだ! この旅の目的わかってないだろお前!! あっ、ダイス本当に投げるなバカ!!」




これにて赤頭巾編終了です。 お付き合いいただきありがとうございました!!

次回もよろしくお願いします。


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