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女王様と赤頭巾 前編



 小さな影が草原の中にひそんでいた。影はピクリとも動かず、遠目からは石があるようにしか思えないだろう。

 緩やかな風が短い前髪を揺らすが、気にはならない。鼻から吸って、口から吐く。静かで規則的な呼吸は神経の高ぶりをおさえてくれる。

 トレードマークの赤い頭巾は朝焼けに照らされた一帯に溶け込んでいた。ヤツらの活動開始の時間だ。一族の誇りにかけ、今日も必ずやり遂げて見せる。

 どうか我が祖よ、見守っていてください。そう心でつぶやくと、小柄な姿には似合わない大ぶりな銃を構えた。



 道に迷った。

 いや、正確に言えば迷っていない。ダイスが示す方角に来ただけなのだが、一体何を指しているのかがわからないのだ。

 今、俺と氷雨は草原に一本通った田舎道をのんびりと歩いている。遠くからぴょろろろ、と間抜けな鳥の声がした。草を揺らしながら風が吹き抜ける。

「あー、爽やかで気持ちいいですねぇ、氷雨さん」

「そうね」

 ぐうーっと伸びをして、氷雨は青空を仰いだ。さきほどまで馬車に揺られていたので、体がきしんでいるのだろう。

「でも、やっぱりお前の占いはアテにできない。何もないじゃないか」

 そう、辺り一面に広がるのは草原やぽつぽつと生える木々だけで、人の気配というものがまったくなかった。おかげで氷雨は人目を気にせず帽子をとって歩いていられるのだが、このままでは旅の目的は叶えられそうにない。

「んー、でも何もないってことはないはずなんだけどな」

「今回ハズレだったらお前を解雇してやる」

「まったまた~!」

「覚悟しとけよ」

「……ハハハ」

 氷雨のリストラ発言に、俺は背筋に緊張がはしった。ヤバい。けっこう本気っぽいぞ。

 ダイスは100発100中、間違いは起こらない。が、俺は当然ながらダイスにこう命じているのだ。『氷雨に運命の出会いなどさせない道を示せ』、と。だから今回も氷雨の婿候補など現れるはずもない道を行っているワケだが、さすがに3回目ともなると氷雨にも勘付かれてきたらしい。本当にまずい。

 まぁ解雇にされたところで俺が氷雨から離れるはずはないのだけれど、氷雨の俺への信頼度が急降下して話しかけてもくれなくなったらどうしよう。イヤすぎる。

 とにかく氷雨のご機嫌をとらねば、と俺は慌てて周囲を見回した。氷雨の出会いを拒む仕様になっているとはいえ、悪い用には転がらない道を指しているはずだから、その兆候を見過ごさないようにすればいいのだ。俺の勘では何かそろそろ変化が……。

 氷雨の辛辣な視線をあびながら、俺は望んでいたものを見つけ出した。

「ん? あそこに誰かいる」

 小さな人影が道から外れた草むらの中にもぐっている。赤い頭巾をかぶった女の子のようだ。

「氷雨さん、近場に村でもないか聞いてきます。ここにいてくださいねー」

「はいはい、さっさと行って来い」

「返事は一回」

 返事の代りに背中を一発殴られてから、俺は少女のもとへと近寄った。

「ちょっとそこの赤い頭巾のお嬢ちゃん……」

 幼い女の子をおびえさせるわけにはいかない、俺は営業用爽やか好青年スマイル発動をさせた。ところが、だ。

 じゃこん。

 そう言って俺の友好的な笑顔につきつけられたのは、重々しい金属音のする大ぶりなライフルだった。

「誰がお嬢ちゃんだ、目ん玉腐ってんのかクソオヤジ」


 だァん!!


 辺りにこだまする銃声! 俺はマントの肩口スレスレを通って行った弾丸の衝撃に、無様に地面に横たわった。

「マジかよ、オレの弾かわしやがった……」

 びっくりした顔を向けるお嬢ちゃん……もといお坊ちゃん。よくよく見れば、りりしい眉に強い眼の小生意気な少年だ。この野郎、本気で俺のこと殺す気だったな。普段は温厚で人畜無害なカガミお兄さんだけど、今日ばかりはそうもいかないよ?

「君ねぇ……」

「まったくだ、この至近距離で死なないとは」

 俺が小僧の胸倉つかみあげようかと思った瞬間、絶妙なタイミングで氷雨が草むらから出てきた。氷雨め、もうちょっと遅れて登場してくれていいのに。氷雨の前で大人げない行動をとる気にはなれず、俺は泣く泣く拳をおさめる。

「え……?」

 更にいらつくことに、小僧は突然現れた氷雨に目を奪われたようで、口をさらにポカンと大きく開けた。

「少年、この不死身で不気味な男は私の連れよ。無礼は私が詫びよう。失礼した」

「あ……いや。こっちこそ悪かった、人狼かと思ったんだ」

 顔を赤く染めた小僧は、目線を泳がせながら頭を下げた。おいコラ、下げる方向が違うだろう。

「人狼?」

「ああ。人狼を狩るのがオレ達の仕事だから」

 小僧はじゃこん、とまた嫌な音を立ててライフルを構えた。おいこら、だから銃口をこっちに向けんなっつってんだろ。

「そぉんな可愛いナリして人狼狩りね。勇ましいことで」

 鼻先に向けられた長い銃身をどかしながら俺が笑うと、小僧は氷雨にむけたのと全く違う生意気な目つきで俺を睨んだ。

「この赤い頭巾は狼の血で染められたウチの一族の証であり、勇敢なハンターの称号だ。なんならお前の汚い血を混ぜてやってもいいぞ」

「言うねぇ、リトル・レッド。今ならケンカ高値買取も考えるよ?」

「やめとけ少年。本当に汚いから、こいつの血は」

「ちょっと氷雨さん!?」

 あんまりなもの言いだ。しかし氷雨は別のところに興味を持ってしまったようで、小僧に向き合ったままこちらを見ようともしない。

「私は通りすがりの旅の者だけど、この辺りにはそんな物騒なものがでるの?」

「そうだ。時々人里におりてくるんだ。……あなたみたいな人が来る場所じゃない」

 おお、おお、一丁前に『男』やってやがる。俺はこのクソガキを完全に敵とみなすこととした。

「君、人里と言ったが、この辺りに街は?」

「街っていうか、小さな村ならあるけどずいぶん遠い。……もうすぐ夕方になる。未明にかけてがヤツらの行動時間だ、ウチにきなよ。ちょっと歩いたところにある」

「ありがとう、頼むわ」

「ええ――!? 氷雨さん、俺ヤなんですけど―――!」

 こんなガキといるのはよくない。俺にとってはもちろん、氷雨にとってもよくないに決まってる!

「バカ者、嫌ならお前だけここに残って人狼に食われろ」

「人狼だってこんなの食うもんか」

「ああ、そうね。人狼に失礼だったわ」

 ちくしょう、好き勝手言ってやがる。俺が地団太を踏んでいる間に二人はさっさと道へ戻り始めてしまった。

 もー、氷雨ってば本当にひどい。俺は氷雨のためを思って言ってるのに! 7割は俺のためだったけど!



赤頭巾編がスタートしました! 毎度のことながら妙な赤頭巾ちゃんが登場しますが、どうぞお付き合いください。


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