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女王様と白雪 前編


 彼女は文句なしに美しかった。

 しなやかな肢体は漆黒のドレスで包まれ、白銀の長い髪が滑らかに流れる。

 目元がきゅっと釣り上った猫の目は、ゾクゾクするほどの一級品だ。

 年月を重ねるごとに彼女の美しさは深みを増していく。

 出会いは偶然、ほんの気まぐれに過ぎなかった。

 あれから俺たちは、10回目の春を迎えようとしている。



「ふざけるな―――!! あンの性悪娘ッ!!」

 高くもなく低くもない、耳に心地よい声が聞きたくないような罵詈雑言をひっきりなしに発している。

 お気に入りだったはずのふかふかのクッションは、彼女がつきたてたナイフで既にズタズタだ。

森の奥深くにそびえたつ古い石造りの巨大な城。そこに女王は暮らしていた。彼女は世にも醜い姿をし、怪しげな魔法を操って人々をたぶらかす魔女だという。が、とりあえず俺の前にいるのは虎のごとく大暴れしまくっている美女だけだ。


 彼女はこの城の女主。現在の俺の雇い人だ。たしかに彼女はちょっとした魔力とそれを操る術を知っているが、できることといえば「体があたたまる卵スープですよ」というところが「体内から火照ってくるトカゲの汁ですよ」となっただけのお料理レベルでしかない。追加オプションとしては老いのスピードが緩むくらいだろうか。噂は噂。されどウワサ。

 本人にそのつもりはなくとも、たぶらかされる男が多いってこったね。

 どこをどう伝わった伝言ゲームかは不明だが、人間嫌いの彼女はその噂を利用して静かな毎日を過ごしている。

 ……はずなのだが。


「何してんだか、まったくもー。っていうか、何この惨劇」

 俺は舞い上がるホコリやら羽毛やら謎の物体の破片やらを手で払いながら細い背中に声をかけた。赤い液体が飛び散っていないだけで、そこは猟奇的犯行を好む殺人犯に襲われた後としか思えないような部屋になっていた。豪奢なシャンデリアは今にも落ちそうに傾き、ベッドはスプリングが丸見えのズタボロ。品よく置かれていたはずの小物の類は、原型をとどめていない。これ片づけるの、絶対俺だよね。

 魔女がいると恐れられている森に捨てられた哀れな幼子を、ほんの気まぐれから救い出したのは間違いなく彼女だ。だが最近、どうも女王は娘に対してイライラしているらしい。

 いったん落ち着いたのか、ぜーはーと肩で息をする女王。きっと振り向いて俺を見据える。

「カガミっ、早く来なさいカガミ!!」

「へーいへい」

 もともと側にいるんだからそう大きな声で呼ばなくてもいいでしょうよ、と俺は呟きながらおとなしく女王に従った。

「返事はしっかりしろ、バカ者」

「ハイハイ」

 あらら、不機嫌MAXって感じですか? 彼女の怒りのメーターを振り切らせるのが楽しくて、俺はあえての御返事を返す。すると彼女は俺の胸倉をつかみ、グイッと思いっきりひっぱった。締まる首。迫るエメラルドの瞳。そこには、女性としてのプライドの炎が燃えていた。

「今すぐ占って。世界で一番美しいのは誰?」

「俺の中では間違いなくあんたですよ」

「お前の中の話なんぞどうでもいいっ! 客観的に、世間一般的に!」

「へーい」

 お決まりのやり取りのあと、俺はポケットから商売道具を取り出した。一応は雇われてる身だし、やることはやらないと、ね。神経を集中させて手の中にある九つのダイスを投げる。

 パラパラと冷たい石の床に音を立てて転がるダイスは、俺に様々なことを教えてくれる。つまりはこれが俺の仕事。一応占術士、なんてものやってます。

 このときばかりは女王も静かに俺を見つめてくれていた。毎度毎度のことなのに、それでも結果が気になって仕方ないのだろう。

「よろしいですか?」

 改まって問いかけると、女王は軽くうなずいた。

「申し上げた通り、あなたが今もっとも美しい女性であることには変わりない。だが……」

「だが?」

「……時とともに変化が訪れる。それは近い将来、5年のうちでしょうね。絶世の愛らしさを絶世の美しさに変える少女が一人いる」

 そう言ったとたん、彼女は眉根にしわを寄せ、険しい顔をした。

「白雪、ね?」

 彼女は義理の娘の名前を言った。

「……ま、その通りです」

 俺が肩をすくめて答えると、女王は白皙の美貌を怒りで染めて再び吠え始めた。

「あー、にくったらしい!! これだから年はとりたくないっ。あっちはどんどん美しくなるっていうのに、私は老い衰えるのみ!」

 ギャーギャー騒ぐ姿は空腹時の獣のようで、気品や優雅さからは程遠い。なんだってこの人はこんな見た目でこんな中身なんだ。俺のダイスをもってしてもわからない。

「あのねぇ、あんただってメじゃないくらい美しーのよ? しかも魔力のせいで老いもほとんどない。ついでに言えば白雪ちゃんはあんたに並びこそすれ、追い越しちゃうとはダイスには出てないんだから。そこんとこわかってんですか?」

「はぁ!? 私が美しいのは知ってるし! でもそれじゃ意味ないの!」

 今度は駄々っ子のようになってしまった女王を、俺はゆっくりとなだめにかかる。

「なんでさ。俺がこれだけ認めてるのはあんただけですよ? この世界一の占い師、カガミさんがだよ?」

「ばかっ、カガミに認められても何にもならないでしょう!」

「むくれないでよ」

 ひとしきり暴れると疲れたのか、女王は原型をとどめていないクッションを捨てて大きなソファに倒れこんだ。残された羽毛が一気に飛び散り、クッションだったものは今やただの布。

 あーあ、アレ、俺の昼寝用だったのに。


 滑らかな髪についた羽を取り除きながら、急におとなしくなった彼女に俺はささやく。

「今日は一段と荒れてるね。今度は何したのさ、白雪ちゃんは」

 ぴく、と肩をはねさせると、女王は俺を押しのけて立ち上がった。

「あんのクソガキ、二目と見れない顔にしてやる! 一週間くらいっ」

 今度は鍵付き戸棚の中から両手いっぱいにガラス瓶を抱えて動き回る女王。普段は冷めた顔つきの彼女の頬が、うっすら赤く染まっているのが見ていて楽しい。

「あいつ、私になんていったと思う? この私にっ!!」

 凄みのある目で睨まれ、俺は両手を挙げて降参ポーズをした。本当は何を言われたかなんて想像がつくけれど、愚痴を言いたい相手の邪魔はするべきじゃない。

「『あんなつまんない男のどこがいいの、若づくりなお母様? すでに嫁き遅れてんのに貰い手つかなくなったらどうすんのよ』」

「…って言われたワケね」

「そうよ! そのうち私並に美しくなるからって調子にのりおって、生意気娘めッ。 私は嫁き遅れてないし、何よりあの人はつまんなくなんかないのっ」

 しつこいようだが、この女王は何よりも美しい。それは俺の占いでも証明済みだし、あまりにも多くの求婚者にうんざりして人間嫌いになり、森の奥深くにひきこもっている彼女も自覚済みだろう。

 ツン、と高慢に澄ました顔が何より似合う俺の女王様。彼女がヘタれて一人のかわいらしい女性になってしまう相手といったら、この世で一人しかいない。

 彼女にとって例外中の例外、それは森を境にした隣の国の王子様だ。

 王子といっても一般的なイメージのキラキラ爽やか王子様を想像してはいけない。彼は今年で30代も半ばにさしかかろうかという、下手すりゃ『おじさま』な王子様なのだ。顔はいかつく、学問より武芸を好んだため必要以上に筋肉がついた身体つき。口さがない連中(つまり俺みたいなやつらのこと)に言わせれば、王子なんてものより盗賊団の頭のほうがよっぽどお似合いだ。

 そんな彼と幼いころ出会ってしまったのが運のつき、女王は数多の男を袖にして、ひたすら一途に王子を思い続けている。

「まったく、あんなののどこがいいんだか……」

「ふざけるな! あの人以上の男がいるものかっ。男気があって、たくましくって、優しくて……」

 何がどうあってそうなったのか、彼女は王子をとんでもなく美化しているようで、他の男は人間としても扱っていない。何を言っても無駄だ。

「へいへい。で、その王子さまに何かあったんですか? だから白雪ちゃんも口はさんだんでしょ」

 うっとりとした目で語る女王を軽く流し、俺は本題へと促した。すると一転、彼女は口元をひきしめ険しいような、でも悲しそうな顔をした。

 無言で差し出されたのは、礼儀も愛情もへったくれもないような簡素な封筒。ただの無礼か、それだけ気の置けない相手からの手紙か。ま、後者なんでしょうけど。

「王子からだ。読めばわかる」

「ああ、そういうこと」

 似たようなことは過去に10回以上あった。内容は読む前からわかってしまったが、ここもおとなしく従うことにしよう。

 素直に受け取りさっと中身を読んでみると、やはり『好きな相手ができた、相談に乗ってほしい』という内容が無骨な字で簡潔に書かれていた。

「どうせまた振られるでしょ」

「わからないじゃない! あれだけのいい男なんだからっ」

 そう思ってるのはあんただけですよ、ダイス振らなくてもわかります。

 とりあえず言いたいことは心にとどめておくとして、俺は気付かれないよう小さくため息を一つついた。

 この人もこの人だが、王子様もこりないねぇ。

 確かに王子は顔はどうあれ、中身は一本気の通ったいい男かもしれない。だが悪癖があり、どうにもこうにも惚れっぽい。さらに悪いことに、自分の荒削りな容姿は棚にあげて女性への審美眼が非常に厳しいから手に負えない。そのあたりは幼馴染である女王が原因であることは間違いない。もっとも身近にいる異性がこの美貌の持ち主で、自分にだけ優しく甘く接してくれているのだ、いろいろと女性について勘違いしてもしかたないだろう。

 だが、彼にとって女王は大切な幼馴染。

 こうして恋の相談をしては失敗して慰めてもらうのみで、彼女を恋愛の対象として見たことは一度もないのだ。一心に思い続けている女王の気持ちになぞ、まったく気づきもせずに。

 なんとまぁもったいないことで。

 同じ男として憤りを感じてしまう。


「世界一の美女は私なんでしょ? なのにどうして私じゃダメなのよ!」

 女王は何度も何度も俺に問いかける。

『世界で一番美しいのは誰?』

 俺の返答は毎回同じ。

 だが、結局は人の美醜の感覚や好みなんてものに一般的も客観的もないのだ。それは女王自ら証明してしまっている。(だって、よりによってあの王子様はないだろう。)それなのに、いまだに諦めることができないでいる。俺はただただ見守るだけだ。


 こんな不毛な関係を続けて早10年。

 ああ、俺達って、本当に。


シリーズ物開始です! お付き合いくださいませ。

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