*第8話(2)*
「あぁ。会社の後輩に譲ろうと思っている。ただ、今のご時世、ネクタイが不要になりつつあるから、どこまで大事に使ってくれるかわからないけど……」
「それでしたら、コースターにされてみてはどうでしょう」
「コースターに?」
「どういうこと?」
麻衣の提案に健太と幸子が疑問を口にする。
「ネクタイの生地を使ってグラスの下に敷くコースターを作るんです。生地の素材にもよりますが、意外と丈夫で長持ちしますし、柄を活かせてカッコよく仕上げられます」
「あら。それ、えぇなぁ」
麻衣の説明に幸子が反応。
「シャツ同様、今まで健太さんと一緒に頑張ってきたネクタイも活用してあげたいじゃないですか」
麻衣としては珍しく、ハキハキと言い切る。
「確かに、ネクタイを使えれば当面はコースターを買わなくていいし、なにより最後まで自分と一緒に仕事ができる。ぜひ、お願いしたい」
健太が45度のお辞儀。
「任せて下さい。今日、さっそく持って帰ります。それと、シャツのボタンも変えましょう」
麻衣は笑顔で続けた。
「ボタン?」
健太が顔を上げた。
「そうです。今のままでも十分素敵ですが……」
「あ、ありがとう」
健太が麻衣から視線を逸らす。耳が少し赤くなっている。
「あほ。あんたちゃうわ」
幸子が麻衣には聞こえないように小さな声でツッコミ。
「ボタンを変えると、もっと素敵なシャツになります」
「どういうこと?」
幸子が訊ねた。
「例えば、今着てらっしゃるシャツはホワイトが基調で薄いグレーのストライプ柄。それでしたらアクリルとか貝とかでできた黒いボタンに変えるだけでイメージが変わります」
「あー、なるほどね。ボタンひとつでオシャレに変わる。そういえば、うちの人も黒いボタンの白いシャツ、持ってたなぁ。他のシャツより少し垢抜けて見えたわ」
幸子が懐かしげに呟く。
「変える必要がないシャツもあると思いますが、最近は百均でも良いデザインのボタンが売ってますし、別のシャツのボタンと取り換えるのもアリだと思います」
「例えば、今着ているシャツのボタンと持ってきてもらったノーカラーシャツのボタンを交換する、といったことかな?」
健太が自分なりの解釈。
「そうです。今日お持ちしたノーカラーの半袖シャツは淡いイエローに水色のバイアステープを合わせてますから、ボタンもブルー系がいいとは思いますが、例えるなら、そんな感じです」
「そうか。なるほど」
健太も理解できたようだ。
「では、そちらもぜひ、お願いしたい。ボタンの購入費は後で請求してほしい」
「わかりました。それと、あと、もうひとつ……」
麻衣は一度、深呼吸した。自分でも、健太がカフェを開くと聞いただけで、ここまで大胆なことを思いつくとは思わなかった。このところ、一歩を踏み出さねばと悩んでいたからかもしれない。ただ。
「その、もし、よろしかったら……」
自分の考えを、なかなか言えない。断られたらと思うと言葉がでない。勇気が足りない。しかし、ここで言えなければ自分を変えられない。いつまでたっても“曖昧笑みの麻衣ちゃん”から変われない。
「なんや? どないしたん」
幸子が心配顔で聞いてくる。
「……求人募集してらっしゃるようでしたら、わ、私を、雇って下さい!」
意を決して伝えたからか、思っていたより大きな声が出た。
「えっ!?」
健太が驚愕の表情。
「な、なんて?」
幸子も驚きを隠せない。
麻衣は構わず言葉を紡ぐ。
「私、学生のときに喫茶店でアルバイトしてました。ブランクはありますけど接客してました。レジも打ってました。それに、その、東京では経理の仕事もしてましたし、簿記の資格は持ってないですけど、あの、少しはできるつもりです。決して若くないですし、即戦力ってわけではないかもですけど、その、頑張りますし、えっと……」
「麻衣ちゃん。わかった。わかったよ」
麻衣の言葉を受け取るように、幸子が優しく微笑んだ。
「それ、私は大賛成。えぇと思うよ」
「おばさん……」
幸子の笑顔に緊張が解けたのか、麻衣は思わず泣きそうになった。気が付いたのか、幸子が麻衣の隣に歩み寄り、そっと肩を抱く。
「ほんと言うとね、麻衣ちゃんが勇気持って前に進むの、おばちゃんも待ってた。今のままでもえぇけど、やっぱり、一人の人間として自立してほしかった。そうか、やっと頑張ろうって気ぃになってくれたか。いや、ほんまによかった、一歩踏み出してくれて」
「幸子おばさん……」
麻衣の目に涙がたまる。幸子が麻衣の頭を撫でた。
「泣かんでよろし。よう思い切ったな。まぁ、まさか健太のカフェで雇ってくれって言わはるとは思わなかったけど、なぁ」
幸子が健太を見上げた。
「……」
健太が呆然としている。
「どないした?」
幸子が麻衣から離れ、健太に再度、声をかけた。
「……あ、いや、なんや、うん」
健太の顔が真っ赤に染まる。
「その、麻衣ちゃんさえよければ……決して給料は高くないけども、その……」
完全にしどろもどろ。幸子が半笑いを浮かべた。
「あー、なんや。やっぱりそーゆーことかいな。麻衣ちゃんが引っ越してきたときから、どーも面倒見が良いなぁとは思っとったんや」
「いや、別にそういうことやなくて……」
健太が誤魔化すように呟く。
「あの、どういうことでしょう?」
麻衣は健太と幸子のやりとりが理解できていない。
「まぁまぁ。とにかく、健太が麻衣ちゃんを雇うのは決定。それと、裕子さんに連絡して、もうお見合いの紹介はいらんて言うとくわ」
幸子がひとりで納得したように頷いている。
「え? お見合いがいらない? なんでですか?」
麻衣はまだ、意味が分かっていない。
「えぇからえぇから。いやぁそうか、なるほどなぁ。健太、あんた、しっかり面倒みるんやで。私の大事な姪っ子や。不幸にしたら息子とはいえ許さへん」
「だから、その、気ぃが早いて」
「なに狼狽えとんねん。しっかりしいや。あ、そや、麻衣ちゃん。もしよかったら、これから一緒に住んでもろてもよろしいんやで」
「え、一緒に?」
麻衣が呆気にとられている。
「だから! 気ぃ早いって言うてるやろ!」
健太が困ったように声を出す。
「アホ、何言うとんねん。あんたもう四十やで、早ないわ」
幸子が呆れたように言い放つ。
「そ、そーゆー早いちゃうて……」
「えぇから。とにかくあんたは麻衣ちゃんのこと、ちゃんと守りや。いやぁ、私、こんな嬉しいことないわ。裕子さんに連絡せな」
憮然としたかと思えば満面の笑み。幸子が表情を変えて和室を出ていく。
「あの、どういうことなんでしょう?」
麻衣はふたりのやりとりに全くついていけていない。
「うん、まぁ、その……」
健太が耳まで赤くしている。
「はい?」
麻衣は小首を傾げた。
「そのうち、ちゃんと、告白するから……」
健太の声が尻つぼみに小さくなる。
「え?」
麻衣は最後の部分が聞き取れず、聞き返した。
「いや、なんでもない!!」
健太が顔をますます真っ赤にして天井を仰ぎ見る。
「と、とにかく! まずは一緒にカフェをやろう! 宜しく頼む!」
顔を上げたまま、健太が手を差し伸べる。
「はい! 宜しくお願いします!」
麻衣も今まで生きてきた中で一番元気な声で答え、ためらいなく健太の右手を両手で握った。
「私、頑張りますね!」
「よ、よろしく!」
健太の声が裏返ったが、麻衣はいまいち理由がわからなかった。




