*第5話*
「うわぁ、すっごい素敵。ほんまにおぉきに、ありがとう♪」
京都・四条寺町。学生の頃にアルバイトをしていた喫茶店で麻衣は美咲にジーンズを手渡した。
「ナチュラルなのがえぇわぁ。いかにも“ここ直しました”って感じじゃないし、めっちゃオシャレ。でも横糸、こんなにあった?」
美咲が小首を傾げる。
「うぅん。しつけ糸で少し足したんだ」
麻衣は簡単に説明。
「なるほど! さっすが麻衣、天才やわ」
美咲が感心した口ぶり。
「そ、そんな。大げさだよ」
麻衣は困り顔で笑いつつ、ロイヤルミルクティを口に含んだ。学生時代から大好き。バイト終わりには必ずと言っていいほど飲んでいた。
「いや、ほんまに思ってるんよ。そやから、ほんまにもったいないとも思うんよ」
美咲が眉間にシワを寄せる。
「これからでも遅ない。京都に洋服リフォームのお店、いっぱいあるし。そや、知り合いのお店さん、口利きしよか? スタッフの募集してはるし」
美咲が本気の視線で麻衣に詰め寄る。
「いや、まぁ、趣味だから」
麻衣は曖昧な笑顔で答える。
「あ、でた。麻衣ちゃんの曖昧笑み」
美咲が苦笑する。小さくため息。
「これで意外と強情やからなぁ」
「強情って……」
美咲の言葉に、今度は麻衣が苦笑する。
「気持ちは嬉しいけど、私には無理。プロにはなれない」
「そんなことないと思うけど」
美咲が苦い顔でロイヤルミルクティをひと口。
「ありがと。でもね、私はそこそこできるほうだとは思うけど……」
「そこそこちゃいます。プロ級です」
美咲が麻衣の言葉を遮り断言。しかし。
「プロ級とプロは違うと言うか……本当のプロはね、同じ作業を同じように何回でもできるの」
「どうゆうこと?」
美咲がロイヤルミルクティのカップを机に戻し、腕を組む。
「麻衣の技術はすごいし、クオリティ高い思うけど」
「クオリティだけじゃだめなの。ほら、家政科の茜ちゃん、覚えてる?」
「もち。今も服飾関係のお仕事してはる」
「そう。彼女は“同じ作業を同じように”をクオリティ高く続けられる技術と体力がある。デザイン力もある。私はお裁縫好きだけど、そこまで技術はないし、デザインセンスとか能力もない。何より体力がない」
「うーん、そうかなぁ」
美咲が再びカップを手にした。
「私は麻衣が自分を過小評価しているだけやと思うけど」
「ありがと。私は趣味でやってるほうが性に合ってるから」
「まぁ、曖昧笑みの麻衣ちゃんがそこまで言うなら、これ以上言うてもせんないことやし」
「すごい言われ方」
麻衣は思わず苦笑。美咲が気にした様子もなく続ける。
「でも、一歩踏み出したくなったら、いつでも言うて。いくらでも紹介するし」
「うん。ありがと」
気持ちは嬉しいが、やっていける自信はない。そう思いつつ、麻衣は少し冷めたロイヤルミルクティを口にした。
同じ家政科で自分よりも技量のある人を見てきた。裁縫の技術だけではなく、デザインセンスや体力面でも自分が秀でているとは思えなかった。
裁縫は趣味の範囲にして家業を手伝おう。麻衣は大学卒業後、両親の会社に勤めた。母に経理を教えてもらい、入社2年目からは父に経営者としての心得も学び始めた。
その翌年、博も営業として入社した。以前と同じように話しやすく、これからの会社についてお互いの思いを伝えあうこともあった。
営業で重責を担う叔父に似たのか、人当たりが良く、優しい顔立ち。何より、緊張しないで話せる。明確には思いを伝えていなかったものの、麻衣の気持ちは博に向かっていた。
周囲も麻衣の恋心を察していたようで、両親も叔父・叔母も、ゆくゆくはふたりが一緒になるものと考えていたらしい。
家族や親類で社業を盛り上げて、博と夫婦になって家庭も築けたら。淡い思いを抱いていた。内心、実現するのではと思っていた。
しかし、そうはならなかった。
麻衣が28歳の春、両親が交通事故で亡くなった。
その翌月。
博が取引先の専務の娘と結婚すると社内朝礼で発表した。
麻衣の家に叔母の裕子が訪ねてきたのは、5月の最終週。時おり、メールや電話でやり取りはしていたが、直接会うのは1年ぶり。
ただ、事前に連絡はあった。美咲と会った日、帰宅するとポストに宅配便の不在伝票が入っていた。
「この間の話、どうかしら。少しは考えてくれた?」
客間に座る麻衣と裕子の間には一枚板のローテーブル。そのうえに、コーヒーカップが2つと1枚のお見合い写真。宅配会社に連絡し、翌日、手元に届いた。メールでも連絡があり、ぜひとも前向きに検討し欲しいと伝えられていた。
しかし。
「あ、えぇっと……」
麻衣は曖昧な笑顔で小首を傾ける。
「悪い人ではなさそうなんですけど、ちょっと……」
言いながら、視線を落とす。
「……今回もダメなのね」
裕子が諦めきった表情で、麻衣が淹れたコーヒーを飲む。1年前、裕子と会った理由もお見合いの打診だった。
「ごめんなさい」
麻衣は申し訳ない気持ちで頭を下げた。
「仕方ないわね。私も自己満足で無理に押し付けてるから、何も言えないわ」
「そんな……」
麻衣は顔を上げた。裕子がなんともいえない笑みを浮かべている。
「私、今でも思うの。麻衣ちゃんと博が一緒になってくれてればなぁって。ほんと、あの馬鹿たれ鈍感男」
裕子が吐き捨てる。
「取引先のお嬢さんだったから、私も無理やり引き離せなかったし、麻衣ちゃんには本当に申し訳なかったと思ってる。でも、だからって、こんなお見合い話を持ってきても何の罪滅ぼしにもなってないわね」
裕子がお見合い写真を大きめの手提げ鞄にしまった。




