*第4話*
麻衣が裁縫好きになったきっかけは、ひとりの時間が長かったから。
父の誠はOA機器や文房具を扱う会社を経営しており、母の真由美も経理の責任者として勤めていた。業績は良好で、叔父の学も叔母の裕子も営業部長や営業事務課長として働いていた。
家族仲は良く、自分の誕生日など特別な日には時間を捻出して祝ってくれた。一緒に食事をした思い出もたくさんある。
叔父・叔母も優しく、その息子で麻衣より2つ年下の従弟・博とは、人見知りな麻衣としては珍しく緊張せずおしゃべができる男子だった。
ただ、日常的に両親がいない日が多く、従弟はいても兄弟姉妹はいなかった。遠藤が家事全般をこなすので困ることはないものの、ひとりの時間が長かった。“寂しくなかった”と言ったら嘘になる。
そこで幼き日の麻衣は、遠藤がやっていることを教えてもらうことにした。いろんなことにチャレンジしてみたが、一番夢中になったのが裁縫だった。
料理はハンバーグの具を練ったりホットケーキミックスと牛乳を混ぜたりするのが楽しかったが、まだ火を使える年齢ではなかため、できることに制約があった。
掃除も部屋がキレイになり嬉しかったが、幼い麻衣には掃除機が重く、重労働だった。
その点、裁縫はひとりで黙々と作業ができ、目の前に成果が残る。遠藤と両親に裁縫ばさみを使わせてもらうようお願いし、自分が使うガーゼハンカチを作ったり、髪を止めるリボンを作って母や叔母、遠藤にプレゼントもした。
好きこそ物の上手なれ。4歳から始め、小学校入学時には自作の布カバンを持参。担任の教師から「大人よりキレイに縫えている」と驚かれた。気がつけば、小学校中学年で遠藤の技量を遥かに越えていた。
そこからは独学。本を読んだりネットで調べたり。ここ数年はYouTubeの動画で技術を習得する機会が増えた。
「そう。仕上がったから渡しに行きたいんだけど、いつが良い?」
食事を食べ終え、シャワーを浴び、すっかり寝る態勢を整えてから、麻衣は美咲に電話した。
『そやなぁ。直近でごめんやけど、明日はどう?』
京都生まれの京都育ち。今では両親の跡を継いで旅館の四代目女将。当然、接客時には着物を着ているが、普段はジーンズにTシャツといったラフな格好をしている。リペアしたジーンズは、そのなかでもお気に入りの1本だったのだとか。
『明日はたまたま空いてるんやけど、しばらくインバウンドのお客さんでいっぱいやさかい』
「私は大丈夫。時間あるよ」
『急で堪忍やけど』
「ぜんぜん。場所はいつものリプトン?」
『もち。時間は2時くらいでどう?』
「かしこまり。それじゃ、明日の2時にリプトンで」
『そや、帰りに買い物、つきあってくれへん?』
「もち。私も手芸屋さんに行きたいし」
『ほな、私も一緒に行かせてもらうわ』
「ありがとう。それじゃ、また明日」
『ほな、よろしゅう』
麻衣はスマホの電話を切った。何年経っても美咲とおしゃべりしていると大学の頃の話し方に戻ってしまう。
ただ、時は移ろう。
「みさっちゃん、頑張ってるなぁ」
京都で美咲が切り盛りしている旅館を知らない者はいない。外国人観光客や国内旅行者に加え、修学旅行生も積極的に受け入れている。
「将来のことも考えてるし」
麻衣は美咲に「忙しいんだし、普通のお客さんだけでもいいんじゃない?」と聞いたことがある。それに対して美咲は「修学旅行の子ぉらは大事な将来のお客さん。京都に興味を持つ人を増やすためにも、大事にせえへんと」と答えていた。
「すごいなぁ」
昔から考えがしっかりしていて、周囲から慕われていた。麻衣にとっても、京都のあちらこちらを紹介してくれたり、衣装担当として演劇部の仲間に加えてくれた大切な親友。
「みんな元気かな」
愛に茜に美穂に彩。早紀に千尋に瞳に桃ちゃん。演劇部の同級生。濃淡はあれど、三十路を超えた今も各々とやりとりがある。
「懐かしいな」
もっとも、麻衣は舞台に上がることなく卒業した。それは中学・高校でも同じ。演劇部に通算10年ほど在籍していながら、一度もセリフを発することはなかった。
小学校卒業後、人見知りで男子と接するのが得意ではなかったこともあり、東京の私立女子中学校に入学。高校も同じ系列の女子高に入った。
中学・高校では演劇部に所属。ただし、幼少期から人と接する機会が少なかったせいか、あがり症なこともあり舞台には立たず、もっぱら衣装を作っていた。
他にもダンス部やバトントワリング部など別の部活動から衣装作成やリメイク、寸法直しなどを頼まれていた。同級生からお直しを頼まれることも常だった。
大学は好きな裁縫の技術を学ぶため「家政科のある大学に行きたい」との思いが強く、一方で「もっと自立しなければ」との決意もあり、親元を離れ京都の女子大に進学。両親は反対したが、伯母家族が奈良におり、何かあれば対応してくれるからと寮生活を条件に京都への移住を許可してもらった。
ただ、ここで行動しなければ何も変わらない。大学と寮を行ったり来たりする生活ではいけない。一念発起した麻衣は、四条寺町にある老舗喫茶店でアルバイトを始めた。
人見知りを完全に克服できたとは言えないが、それでも接客は人並みにこなせるようになった。美味しい紅茶やコーヒーの淹れ方も覚えた。
そして、裁縫の技術も上達。新たな知識を習得できる大学の授業は楽しかった。同級生やアルバイト仲間からお直しを頼まれ、気がつけばバイト先の制服をリメイクする依頼まで受けていた。既にプロ級の腕前だった。
しかし、縫製やアパレルショップといった服飾関係の仕事には就かなかった。




