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*第3話*

 「じゃあ、今日は有給を?」

 「やりたいことがあってね。それで部屋を片付けていたら、ワイシャツがなくなっていた」

 麻衣はオクラを冷蔵庫にしまい、コーヒー豆を保管用の缶容器に入れて、買い物に出た。

 麻衣が行きたい店と健太の家の方向が同じだったため、一緒に歩く。

 「本当に申し訳ない」

 「いえ、お気になさらず。私もどうやってリメイクしようか、ちょっと楽しみですから」

 麻衣の自宅と健太の家は徒歩20分程度。自転車なら10分ほど。互いに国道169号線に近い集落。その中間点あたりに近鉄吉野線の六田(むだ)駅がある。麻衣は駅近くの八百屋に行くつもりでいた。

 「でも、宜しいんですか? あれだけの枚数、襟を外してしまって」

 麻衣は抱いていた疑問を聞いてみた。

 「あぁ。かなり痛みがあるし、あのまま着るより外してバンドカラーシャツやノーカラーシャツにしたほうが良いとネットで知ったから」

 健太が前を向いて答える。

 「ただ、私は裁縫がまったくできない。だから麻衣ちゃんにお願いしようと思っていた。まさか母が勝手なことをするとは……」

 「もぅ、それは大丈夫ですから」

 麻衣は思わず笑ってしまった。本当に実直というか、真面目な人。

 「それより、お仕事でネクタイをされたりするでしょうし」

 「あ、それなら、もういいんだ……」

 言いつつ、健太が足を止めた。視線の先には古い商店。眉間にシワが寄っている。

 「ここも閉めたか」

 戸板が閉じており“閉店のお知らせ”と書かれた紙が張られている。先月末で店を畳んだらしい。

 「残念ですね……」

 昔ながらの雑貨店。麻衣も月に1度くらい、町指定のごみ袋や食器洗剤などを買いに来ていた。寂しい気持ちが声に出る。

 「あぁ」

 健太が大きく頷いた。

 


 大淀町には都市部などでも見かけるフランチャイズチェーンの店が多い。麻衣の自宅からも自転車で行ける距離にスーパーやコンビニ、ドラックストアが数件ある。ホームセンターや百均(百円均一ショップ)、ファーストフードもある。不便さを感じたことはない。

 ただ、なるべく地元の店で買い物をするようにしていた。東京では個人店へ行く機会があまりなかったが、チェーン店と比べ支払い以外の日常会話が多かった印象がある。人見知りを直すきっかけにしたい。そこで、幸子や健太が知っている店を教えてもらい、通うようになった。なかには“よく来る近隣の客”と認識され、今日の天気や体調といった世間話ができるようになった店もある。

 しかし、ようやく慣れてきたのに閉店してしまうケースが少なくない。

 「そういえば、六田駅の近くにあった酒屋さんも閉めてらっしゃいました」

 国道線沿いにあり、老夫婦がのんびりと営んでいた。麻衣も時おり立ち寄っていたが、今では看板が撤去され、どうやら空き家になっている。

 「吉野の地酒を揃えていた店か」

 麻衣の言葉に健太が返す。

 「はい。あと、旅館も辞められたみたいで」

 「そうだな……」

 麻衣の近所だけではない。六田駅の2つ隣り、大淀町の玄関口とされる下市口駅の駅前商店街も営業している店は数えるほど。商店街の裏手にあった古い旅館も昨年、廃業した。大淀で暮らし始めてすぐ、美咲に誘われて泊まったことがあるが、建物がレトロで大浴場も心地よかった。

 ――もう1度、泊まってみたかったな。

 数年前の楽しかった思い出に思考が移り、叶わぬ思いを抱いていると。

 「なんとかしたいな」

 健太が小さく、力強く呟いた。

 「なんとか、ですか?」

 麻衣が訊ねる。

 「あぁ。なんとかしたい」

 健太が麻衣へと視線を移した。眉間のシワは消えている。

 「大淀町はね、古くは大和から吉野へ向かう交通の要所として栄えた場所なんだ。近代に入り、鉄道が開通して以降は吉野の材木を輸送する拠点となった」

 「吉野の材木って、吉野杉とかですか?」

 「あぁ。杉と(ひのき)がメインだ」

 麻衣の質問に健太が答え、続ける。

 「戦後は大阪のベットタウンとなり、新たな宅地開発が行われ、ニュータウンもいくつかできた。人口が増え、2万人を超えていた時期もある」

 「それで、学生さんとかお子さんのいるご家族とか多いんですね」

 「確かに、今でも過疎の町にしては学生や子供は多いのかもしれない。ただ、それでも20年ほど前から人口は減り続けている」

 健太の眉間に再びシワが寄る。

 「スーパーやコンビニができて便利になったが、昔ながらの店がどんどん潰れている。人が減り、店も減り、このままじゃさらなる過疎へ一直線だ。なんとかしなければ……」

 健太が厳しい顔つきのまま歩き出した。何事か思案しているのか、これ以上、質問できる雰囲気ではない。麻衣はそう考え、口を(つぐ)んだ。



 健太と別れ、八百屋で買い物をして帰宅すると、キッチンへ向かい、野菜を冷蔵庫へとしまった。健太が持ってきてくれたオクラがある。

 「オクラは今日のお夕飯に使わせてもらうとして、その前に、コーヒー、頂いてみようかな」

 健太が焙煎し、挽いてくれたコーヒー。

 「どんな味かなぁ♪」

 麻衣は紅茶もコーヒーも好き。いつもは京都へ遊びに行くついでに老舗の有名店で茶葉や豆を買ってくるのだが、いずれも切らしていた。

 「美味しいといいなぁ♪」

 麻衣は食器棚のカウンターにあるコーヒーメーカーで、健太からもらったコーヒーを淹れ始めた。

 「ちょっと苦めかも?」

 眉間にしわを寄せている健太の顔を思い出す。顔とコーヒーの味に関連性はないだろうが。

 「きっと苦いかも」

 想像して小さく笑う。コーヒーの良い香りが漂い始める。いつもの豆より少し軽めで甘い印象。

 「今日はどれで飲もうかな」

 食器棚の上段、カウンターの上にあるガラス扉を開く。いくつかあるコーヒーカップやティーカップのなかから、今日は白い素地に藍が映える染付花唐草模様のマグカップを選んだ。

 コーヒーメーカーが淹れ終わったアラームを鳴らす。コーヒーポットを取り出してマグカップに注ぎ、ダイニングテーブルに座った。

 「みさっちゃんの依頼も無事に終えたし、ちょっとのんびりしよ」

 東京にいる頃、こうした時間をなかなかとっていなかった。ひとりの時間が長かったはずなのに、自分の気持ちをリセットする術を裁縫以外に知らなかったのかもしれない。ひと口、コーヒーを飲む。

 「あっさりしてるけどコクもあって、飲みやすい」

 健太が焙煎したのだから、苦みの強いコーヒーかと思ったが。

 「また勝手に考えちゃった」

 小さく舌をだす。誰に迷惑をかけたわけでもないので、気にしないことにした。もうひと口、飲んでみる。

 「これだけ美味しかったら、お店とかできそう」

 マグカップのコーヒーを見る。色合いも少し薄めか。

 「……なんか、不思議な感じ」

 父が好きだった波佐見焼の染付。そこに健太が焙煎したコーヒー。父が生きていたら、喜んだに違いない。

 仕事で忙しく、顔を合わせる時間は短かったけど、いつも笑顔で接してくれた。拙い腕前で縫い上げたハンカチも嬉しそうに使ってくれた。

 「そうだ。オクラはお浸しにしよう」

 まだ両親が健在だったころ、お手伝いさんとして通ってくれていた遠藤佐和子(えんどうさわこ)に習ったオクラのお浸し。父はもちろん、母や一緒に帰ってきた叔父・叔母家族にも好評だった。従弟の(ひろし)も、美味しそうに食べてくれていた。

 あの時のレシピを今も覚えている。今日はちゃんと出汁から作ろう。

 「……遠藤さん、元気かな」

 家族や博のことを思い出すと、少し辛い。あえて遠藤のことを考えた。もう何年も会ってはいないが年賀状のやりとりはしている。母と同い年だったから、今年で還暦のはず。

 「元気だといいな」

 麻衣は呟き、再びコーヒーを口にした。

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