*第2話*
麻衣は幼い頃から裁縫が好きだった。自分の服や小物を作り、友人・知人からお直しやリメイクといった依頼も受けてきた。
定職に就かず、時間を自由に使える今は、なおさら没頭している。夏に着るマキシ丈ワンピースを自分で縫い、冬に着るニットのセーターも自身で編んだ。
デザインを考えるのも好きだし、何より縫ったり編んだりするのが楽しい。作業以外のことは考えなくていい。無心になれる。自分の思い描いていたものが出来上がっていく達成感もある。
「こんな感じかな」
ミシンの前。大学の同級生・加藤美咲から頼まれていたジーンズのリペアを終え、小さく息をついた。
膝に空いた穴は接着芯としつけ糸を使い、穴の跡を残しつつ修復。壊れてしまったファスナーは新しいものに付け替えた。
「なんとか形にはなった、かな?」
デニムの直しは、あまり経験がない。ジーンズのサイドシーム、つまり脇の糸をほどき解体して直すとなると、決して簡単ではない。京都にはデニム専門のリペア職人がいたはず。そちらに頼んだほうが良かっただろう。
ただ、そこまでしなくても対応できると判断し、請け負った。自分では上出来だと思うが、美咲がどう思うか。
「みさっちゃん、オシャレだからなぁ」
麻衣は力ない笑みを浮かべる。
「……って、考えすぎてもダメね」
両手を組み、頭の上へ。気持ちを切り替えるように大きく伸びをした。
勝手に思い悩み、相手がどう思っているか先回りして考えて、落ち込む。相手に気持ちを伝えず、相手の気持ちも聞かず、ひとりで想いを抱え込み、大きく膨らませてしまう。自分でも悪い癖だと思っていたが、仕事を辞め、奈良でひとり暮らしを始めてから、ちょっとずつ切り替えられるようになってきた。
「お夕飯、作ろうかな」
腕を下げ、ひとりごちる。誰に気兼ねすることなく暮らしている。自然と独り言が増える。
「なんにしようかなぁ」
麻衣が小首を傾げた、その時。来客を告げるチャイムが鳴った。
「はーい! ……誰だろう?」
宅配業者でも来たのか。麻衣は思いつつ立ち上がり、玄関へと小走りで向かった。
「昨日は母が勝手なことをして、申し訳ない」
玄関先。立っていたのは大きめの紙袋を手にした健太だった。
「え? 勝手に?」
麻衣はいまいち意味がわからず、聞き直す。
「シャツが無くなっていたから問い詰めたら、私が忙しそうだからと麻衣ちゃんに勝手にお願いしたと。本当に、申し訳ない」
健太が口を真一文字に結び、頭を45度に下げた。丁寧なお辞儀。
「そ、そんな、辞めてください。頭を上げてください」
テレビドラマでしか聞いたことがないような言葉を自分が言うことになるとは思ってもみなかった。
「幸子おばさんにも健太さんにもお世話になりっぱなしですから。これくらいは……」
「いや。いつも服を直してもらっている。それに……」
健太が顔を上げる。じっと麻衣を見つめる。
「あ、あの……」
麻衣は思わず俯いた。幼少期から人見知りで中学から大学までは女子校。卒業後も女性が多い部署に勤めていた。男性と接する機会が少なかったこともあり、いくら健太とはいえ、見つめられると緊張する。
「あぁ、失礼」
察したのか、健太が視線をそらした。
「過疎化が進んでいるこの町に越してきてもらえた。それだけでありがたい」
「え?」
麻衣は顔をあげた。町を代表するような健太の口ぶり。ちょっと不自然。
「つまり、その……自分が生まれ育った町に来てもらえて、嬉しいんだ」
「はぁ……」
麻衣は曖昧な笑みを浮かべた。健太が視線を麻衣に戻す。
「とにかく。母が勝手に無茶なお願いをして申し訳ない。大変な作業であれば断ってもらっても……」
「いえ、明日からとりかかろうと思っていたところです」
健太の言葉に麻衣は思わず答えた。
「実は、先約がありまして……」
「先約?」
「はい。友達から頼まれていたジーンズのリペアがあったので、そちらを先に終わらせてから健太さんのワイシャツを直そうと……今日、ジーンズは終わりましたので、健太さんのシャツ、少しお時間は頂きますけど、ちゃんとリメイクしますから」
「そう……では、宜しくお願いします」
健太が改まった口調で再び頭を下げる。
「いや、そんな……」
生真面目を絵に描いたような人。いつだったか、幸子が「勤務先でも煙たがられつつ、周囲から信頼されてるらしいわ」と笑いながら話していた。
――ワイシャツを襟なしにしていいのかしら?
ふと、昨日と同じ疑問が浮かんだ。直接本人に聞いてみようか。そんな考えが頭をよぎったが、先に健太が話題を変えてきた。
「それから、これは母から」
姿勢を戻した健太が紙袋を差し出す。
「いつもの野菜。昨日、持ってきそびれたから渡してほしいと」
幸子は知り合いの農家からもらった野菜をお裾分けしてくれている。
「あ、嬉しい。ありがとうございます」
言いながら、手渡された紙袋の中を見る。透明なビニール袋にオクラが数本。去年の今頃ももらっていた。市販のものより大きく、食感も良い。
ただ、紙袋にはオクラだけではなく、銀色の袋が1つ、入っている。
――なんだろう?
「あぁ、そっちは……」
麻衣の思いが顔に出ていたのか、健太が説明。
「私が焙煎して挽いたコーヒー、だ」
健太が珍しく、少し照れくさそうな顔つき。
「え? コーヒー?」
言われてみれば、大学生の頃にアルバイトしていた喫茶店で見慣れていたコーヒー用の保管袋と同じ。手に取ってみる。手書きだろうか、筆記体で「K.Nakayama original blend」と書かれたラベルが貼られている。
「ペーパーフィルターで淹れられる。もし……もし、麻衣ちゃんが淹れられないようだったら、私が淹れよう」
健太が意を決したように急な申し出。
「へ? あ、あの……」
麻衣は驚いたが。
「大丈夫です。コーヒーメーカー、ありますから」
なんとか冷静に返答。言葉を続ける。
「それより、ご自身で焙煎してらっしゃるんですか?」
「え、あぁ、まぁ」
健太が視線を落とす。いつもより歯切れが悪い。
「コーヒー、お好きなんですね」
「うん、まぁ、そう」
健太が後頭部を掻く仕草。
「今度、その、もしよかったら、私がハンドドリップで淹れるから。ワイシャツを直してもらう、お礼もかねて」
「そうですね。ぜひ」
麻衣は健太の提案に、笑顔で答えた。




