*最終話(2)*
「世界の民芸品とか扱う店をやりたい言うてる子がいます。あと、ブランドショップで店長している子に聞いてみたら、アウトレットの店を上層部に掛け合ってみると」
「「アウトレット?」」
裕子と幸子の声がそろった。
「少し古くなったり見えない位置に傷があるようなアウトレット品を捨ててしまうのは、今の時代に合いません。かといって、大阪や京都で販売すれば正規品の価値を下げかねない」
「そういうもんやろか? 安いのバンバン売ったらえぇのに」
「そうもいかないのよ、幸子さん」
幸子の意見を経営者でもある裕子が嗜める。
「ブランドイメージを下げてしまうし、何より正規の価格で買う人を減らしてしまう。誰だって安いほうが嬉しいですからね」
「なるほど、それはそやな」
裕子と幸子のやり取りを聞き終えた美咲が説明を続けた。
「でも、大淀町であれば“行けない距離ではないけど近くはない”。わざわざ感のある立地だから程よい。しかも店の賃料があり得ないほど安い。上層部も本気で検討してるって言うてはりました」
「そうなのよ。関東の人間から言わせてもらうと、大阪まで電車乗り換えなしで行ける場所なのに土地が異常に安いのよね」
裕子が腕組み。思案顔。
「そうなん? 私、近畿から出たことないから、よぅわからへんけど」
幸子が裕子の顔を見る。
「えぇ。東京まで1時間以上かかる埼玉でも中古の一戸建てが数千万するけど、こっちだと数百万で買えちゃう」
「へぇ! 桁が1つ違うがな」
幸子が小さく仰け反った。裕子が続ける。
「実はね、大阪に営業所を作る予定があるんだけど、何人か東京から連れてこなくちゃいけない。それで、住まわせる場所を探してたんだけど、大阪だと高いし、この辺りもいいかなぁって」
「あ、それ、えぇんちゃう」
幸子が小さく拍手するフリ。
「寮とか社宅ってことやろ。それやったらなんぼでもあるわ。空き家が多いから」
「そうみたいね。買い物もしやすいし、商店街も復活しそうだし、利便性も悪くない」
「人が増えたら健太の店も繁盛するし。あ、そや。社宅やったら麻衣ちゃんが住んでる家も貸せるようになるわ」
「「えっ?」」
今度は裕子と美咲の声が重なった。
「どういうことですの?」
「幸子さん、話が見えないんだけと?」
「あれ、裕子さんにも言うてなかったっけ? 近々、麻衣ちゃんがうちに越してくるかもしれへん」
「そこまで話が進んでるの……」
裕子が驚きを隠せない。
「一足飛び過ぎひん……」
美咲が少し呆れた顔をして、接客を続けている麻衣を見た。以前の引っ込み思案だった印象は、ほぼなくなっている。
「まぁ、麻衣ちゃんが店を手伝うって言うてから、なんのかんの健太と話し合いしててね。毎日のように会ってたから、そりゃあ仲良うなるわな」
幸子が我が事のように、ドヤ顔。
「で、健太が根性出してプロポーズしてん。顔、真っ赤にしてな。麻衣ちゃんも驚いたみたいやったけど了承してくれて、今度、婚約指輪、買いに行く言うてたわ」
「こんやく、ゆびわ……一足飛びが過ぎるわ……」
美咲が気持ちを落ち着かせようと、残っていたコーヒーを飲んだ。
「あとはまぁ、新しいことも考えてるみたいで。よぅわからんのやけど、ほら、広い住宅街があるやろ。ニュータウンっていうんか? あそこら、だいぶ年配者が増えたけど、今も若い世帯が越してきはるし、子どもとか高校生とかもいはるから、縫物とかコーヒーの淹れ方とかのワークショップしてみよかって。ふたりでいろんなアイデア、出し合ってるみたいや。ほんま、よぅ知らんけど」
「よく知ってるじゃない」
裕子が笑ってコーヒーを飲む。
「町も麻衣も、一歩踏み出すどころか、大きく変わってく。すごいなぁ」
美咲がコーヒーカップをカウンターに置いた。
「きっかけひとつで人は変わる。町も変わる、か……私、そろそろ行くわ」
裕子もコーヒーカップを置き、立ち上がる。
「え、もう行くんかいな」
幸子が驚いたような顔。
「ゆっくりしてたらええのに」
「そのつもりだったんだけど、麻衣ちゃんと健太くんの話聞いてたら、なんだかじっとしてられなくて。私も近所の不動産屋さん行って情報収集してくるわ」
「そしたら、私も」
美咲も腰を上げた。
「旅館の改装、様子見てきます。また寄らせてもらいます」
美咲が幸子に会釈。
「おおきに。また来てや。私の店ちゃうけど」
幸子も椅子から降り、笑顔でふたりを見送った。
「初日から大盛況でしたね」
夕方6時。麻衣は4人がけの丸テーブルを拭きながら健太に話しかけた。
「身内が多かったが、まぁ、上出来だ」
カウンターのなか。コーヒーカップを拭きながら健太が答える。
「このあと、他の店の連中と初日のお疲れ様会だ。立ち飲みで申し訳ないが」
「いえ、私も奈良の地酒、飲みたいです」
麻衣は顔を上げ、笑顔で返した。
「お酒、強くはないですけど、味は好きなので」
「あぁ。酔っぱらっても大丈夫だ。私が送っていく」
健太が手を止め、温和な笑みを浮かべた。
「送っていく? うぅん、連れて行って下さい」
麻衣はいたずらっぽい微笑みを浮かべた。
「連れていく? どこに」
「健太さんのおうち。もう、私の家は健太さんちですから」
「そ、それはまだ、気が早くないか?」
健太が困惑する。
「何言ってるんです。婚約したんですから……あ、そうだ。今度、婚約指輪だけじゃなくて結婚指輪も買っちゃいましょうか」
「そ、それも気が早くないか……」
健太がだいぶアタフタしている。
「まだ式場も決まってないし、その、段取りが……」
「んもぅ。ここまできたら早くしましょうよ」
麻衣はカウンターに近寄った。身を乗り出し、健太へと顔を突き出す。
「私、もう、曖昧なのは卒業したんです」
「そ、それはここ半年でよくわかってる」
麻衣の顔が近すぎたのか、健太が顔を真っ赤にしながら、たじろぐ。
「でも、強情なのは直すつもりないですので。だから、今夜は健太さんちに帰ります!」
麻衣、満面の笑顔。
「わ、わかった、わかったから、片付けの続きを……」
「絶対ですからね!」
麻衣は踵を返し、テーブル拭きを再開した。
「絶対ですよ」
言いながら、丸テーブルを拭いた。
麻衣自身も驚いている。一歩を踏み出すことで、こんなに自分を変えられるものかと。幸せになれるものかと。
1年前の自分が今の自分を見たら、きっと信じられないだろう。半年前の自分でも“そんなにうまくいくはずがない”と疑ってかかるに違いない。
「思い切って、よかった」
これからも心を痛めるようなことがあるかもしれない。でも、健太と一緒なら乗り越えられる。今の自分なら、なんとかなる。そんな気がする。
「もぅ、曖昧笑みの麻衣ちゃんじゃないですから」
麻衣は小声で呟いた。
いつもの表情に戻った健太が、優しい眼差しを麻衣に向けつつ、何も言わず、小さく頷いた。
(了)
※あとがきを活動報告にて掲載しております。




