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*最終話(1)*

 「麻衣ちゃん、3番テーブルさんのコーヒー、お願い」

 「はい、健太さん」

 11月3日。文化の日。

 健太のカフェがオープンした。

 店名は“喫茶・FUKUMAI”。

 健太は“福が舞い込むように名付けた”と周囲に説明しているが。

 「そんなわけないじゃない。健太くんったら」

 吉野杉で作られた一枚板のカウンターに座る裕子が苦笑いしつつ、コーヒーを飲む。

 「ベタ惚れですね」

 横の席にいる美咲も笑顔でコーヒーカップを手にした。

 開業祝いに来た裕子と美咲。初対面だったが麻衣に紹介され、少し会話しただけで打ち解けた。性格や考え方が似ているから、かもしれない。

 「もうほんと、急転直下とはこのことね」

 コーヒーカップをカウンターに戻しつつ、裕子が苦笑から笑顔になる。

 「男性が苦手な麻衣がこれだけ打ち解けてるんだから、大丈夫でしょ」

 「私もあれこれ心配しましたけど、問題ないですね」

 美咲が頷きつつコーヒーを口にした。

 「仕事も彼氏も一度に手に入れはって。ちょっと羨ましい」

 「あら、お見合いの相手なら紹介するわよ」

 裕子が乗り気満々といった表情。

 「ありがたいお言葉ですけど、私もお見合い相手なら紹介するほどおりまして」

 美咲が肩をすくめた。

 「それもそうか」

 裕子が小さく笑った。老舗旅館の四代目女将ともなれば、縁談の橋渡し役も少なくないのだろう。

 「それにしても、あんな笑い方する子だったかしら」

 裕子が麻衣へと視線を戻した。嬉しそうに、どこか不思議そうに見つめる。

 「お仕事、おんなじ会社でしてはったんですよね?」

 美咲が訊ねる。

 「あの子は経理で私は営業事務。部署違いだけど、そつなく滞りなく、文句も言わず嫌な顔もせず仕事してたわね」

 裕子が懐かしそうに語り、再びコーヒーをひと口。美咲へと顔を向けた。

 「社長の一人娘で母は経理責任者。叔父と叔母は営業部長と営業事務担当課長。普通だったら少しくらい偉ぶってもおかしくないのに、あの子は一度たりとも親とか親戚の権威を笠に着ることはなかった。でも……」

 「でも?」

 美咲もコーヒーを飲み、話を促す。

 「営業が仕事とは関係ない飲食代を無理やり接待費で落とそうとすると、困った笑顔で頑なに拒んでた」

 「あー、麻衣ちゃんの曖昧笑み。意外と強情ですから」

 美咲が思わず笑った。

 「そうね。ただ、今みたいな、あんなに溌剌とした笑顔、見たことない」

 「私もです」

 美咲が頷く。

 「麻衣のことは大学から知ってますけど、あんな笑顔、初めて見ました」

 「そう」

 裕子が少し驚いたように返答しつつ、美咲へと顔を向ける。

 「私は職場での関係だったし、叔母と姪だから遠慮してたのかと思ったけど、お友だちから見ても?」

 「はい。あれほど生き生きした笑顔、見たことないです」

 美咲が麻衣を見ながら続ける。

 「大学の時、同じ演劇部でしたけど、麻衣は人前に立つのが苦手だからって舞台には立たなかったんです」

 「あの子らしいわ」

 裕子が頷く。

 「それでも、なんとか人見知りを克服したいからって喫茶店でアルバイトしてはって」

 「そうらしいわね。私は話でしか知らないけど」

 「何度かお邪魔しました。目立たないけど気配りできてて、あー、麻衣は仕事できる人やなぁって。でも、馴れ馴れしいお客さんには困ってて、曖昧な笑顔でたじろいでて」

 「今とは大違いね」

 ふたりの視線の先。たまたま店に来たのだろう、観光客風の中年男が馴れ馴れしく話しかけているが、笑いながら対応している。うまくあしらっている感じ。

 「人って変わるものねぇ」

 「せやろぉ」

 別の地元客に挨拶へ行っていた幸子が、ふたりの背後から会話に割って入る。裕子と美咲が振り向いた。

 「なんや色々と思うところがあったみたいで、一時(いっとき)悩んでたらしいけど、健太が喫茶店やるって聞いて(ひらめ)いたんやろな。そこから吹っ切れたみたいや」

 言いながら、幸子が裕子の隣の席に戻る。

 「吹っ切れ方が振り切れてますわ」

 美咲が呟く。裕子が口を開いた。

 「これからは服のお直しとかもここで受け付けるって。お金ももらうことにしたみたい」

 「前から言うてたんですよ。プロの腕前なんやから仕事にしたらよろしいって」

 美咲が小さくため息。

 「私が言うても強情やったのに」

 「やっと自信持てた、ちゅうことちゃうかな」

 幸子が美咲を諭す。

 「自信……そうですね」

 美咲が笑みを浮かべる。

 「うちも、この近くにある旅館、買い取ったんです」

 「旅館て、あの閉めてたとこ?」

 幸子がカウンターに身を乗り出し、裕子越しに美咲へ質問。

 「施設が(ふる)なったし持ち主も歳でしんどなったから廃業したって聞いてたけど?」

 「確かに直す必要はありますけど、歴史的価値のある建物ですし、お風呂も大きい。お湯も地下水で、温泉ではないですけど湯あたりが良くて。私も入らせてもろて、気持ちよかったんです。このあたりは吉野川でキャンプする観光客も多いですし、日帰りの入浴施設としても営業する予定です」

 「さすが女将、ちゃんと調べてる」

 裕子が感心する。

 「元の経営者にもアドバイザーになってもろてご指導頂きますし、お酒は奈良の地酒を扱こうてはるお店さんから仕入れます」

 「食事はどないしはるの?」

 「うちで長年働いてもろてるチーフを料理長にします。トップとして経験を積ませることで、もっと自信つけてもらお思てます」

 幸子の質問に美咲が答え、続ける。

 「それと、同級生たちにも声をかけてます」

 「同級生?」

 裕子が聞き返した。

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