第4章 悪の設計図
夜の城下は、冬のように静かだった。
灯火の揺らぎだけが、闇の中で小さく脈を打っている。
大谷紀之介は、ひとり机に向かっていた。
書状の山を前にしても、彼の表情は変わらない。
淡々と筆を走らせ、淡々と印を押す。
その姿は、誰が見ても“善良な官僚”そのものだった。
だが、その内側には別の顔があった。
(人は、正しさでは動かぬ。
情と欲と恐れで動く。
だからこそ、正しさを貫く者は――秩序の核になり得る)
紀之介は筆を置き、静かに目を閉じた。
佐吉の顔が浮かぶ。
純白の正義。
曇りのない眼差し。
誤りを許さぬ強さ。
そして、正しさを失うことへの異常な拒絶。
(あれほど純粋な者は、滅多にいない。
そして純粋な者ほど、世界を変える力を持つ)
紀之介は机の引き出しから、一枚の紙を取り出した。
そこには、細かな文字でびっしりと書かれていた。
――佐吉の性質
――佐吉の弱点
――佐吉が反応する言葉
――佐吉が嫌う曖昧さ
――佐吉が信じる“正義の形”
――佐吉が壊れる条件
それは、まるで人間の“取扱説明書”だった。
(佐吉は、正義を疑わない。
だからこそ、正義を通じて導ける)
紀之介は紙を指でなぞった。
(正義は、最も扱いやすい“道具”だ。
だが、道具は使い方次第で世界を壊す)
彼はふと、窓の外を見た。
闇の向こうに広がる城下町。
その静けさは、彼の胸にある“秩序”の理想と重なった。
(混乱は醜い。
曖昧は醜い。
人の情は、世界を濁らせる。
ならば――)
紀之介の瞳に、淡い光が宿った。
(私が作るべきは、冷たく澄んだ秩序だ。
誰もが迷わず、誰もが従う、揺るぎない世界)
そのために必要なのは、
権力でも、名誉でも、天下でもない。
**“純白の刃”だ。**
佐吉の正義は、その刃となる。
そのとき、外から足音が聞こえた。
「紀之介、まだ起きているのか」
扉の向こうから聞こえたのは、佐吉の声だった。
紀之介は紙を静かに引き出しに戻し、
いつもの柔らかな笑みを浮かべた。
「佐吉。どうしたのだ」
扉が開き、佐吉が顔を覗かせた。
その表情には、迷いと疲れが混じっていた。
「今日の評定……私は、正しかったのでしょうか」
紀之介は微笑んだ。
その微笑みは温かく、優しく、柔らかかった。
「もちろんだ。
あなたは正しい。
正しさを貫く者は、時に孤独になる。
だが、それでいい」
佐吉は安堵の息を吐いた。
「紀之介……あなたがいてくれて良かった」
紀之介は頷いた。
「私は、あなたの正義を信じている」
佐吉は深く頭を下げ、部屋を去っていった。
扉が閉まると、紀之介の表情から温度が消えた。
(信じている?
違う。
私は、お前の正義を“使う”のだ)
紀之介は再び机に向かい、
引き出しから紙を取り出した。
そこには、新たな一行が書き加えられた。
――佐吉は「理解者」を求める。
その欲求を満たせば、どこまでも従う。
紀之介は静かに笑った。
(これでいい。
佐吉は、私の描く“秩序”のための最良の刃だ)
灯火が揺れ、紀之介の影が壁に伸びた。
その影は、善人のものではなかった。
こうして、吉継――紀之介の“悪の設計図”は、
静かに、しかし確実に形を成し始めた。
そしてその設計図の中心には、
いつも佐吉の名があった。




