第11章 狂気の悟り
石田治部少輔三成は、敗軍の将として牢に繋がれていた。
秋の風が冷たく、
その冷たさは、敗北の痛みよりも深く胸に染みた。
(刑部……あなたは、私を信じてくれた)
治部はそう信じていた。
敗北の瞬間も、捕らえられた今も、
その信仰は揺らいでいなかった。
だが、その夜。
牢の隙間から、一通の紙片が差し込まれた。
――大谷殿は、関ヶ原の前より
徳川方と密かに文を交わしていた。
治部はしばらく動けなかった。
(……何だと?)
紙片には、吉継の筆跡ではないが、
確かに“吉継の動き”を知る者の手によるものだった。
治部は震える手で紙片を握りしめた。
(刑部が……家康殿と……?
そんなはずはない。
刑部は、私の正しさを信じてくれたのだ)
治部は必死に否定しようとした。
だが、
吉継が戦前に何度も席を外したこと。
吉継が「急ぎすぎるな」と言ったこと。
吉継が“善人の仮面”を完璧に保っていたこと。
それらが、
ひとつの線に繋がっていく。
治部は、ゆっくりと目を閉じた。
(刑部……あなたは……)
怒りは湧かなかった。
裏切られたという感情もなかった。
ただ、
胸の奥に、静かな理解が生まれた。
(刑部は、刑部の正しさを貫いたのだ)
治部は、牢の薄暗い天井を見上げた。
「……そうか」
その声は、驚くほど穏やかだった。
「刑部。
あなたは、あなたの正義を守ったのだな」
治部は微笑んだ。
「私が正しさを貫いたように、
あなたもまた、あなたの正しさを貫いた」
その瞬間、
治部の心にあった“信仰”は、
“悟り”へと変わった。
(刑部。
あなたは私を利用した。
だが、それはあなたの正義だった)
治部は紙片をそっと胸にしまった。
「刑部。
私はあなたを恨まない。
あなたは、あなたの道を行っただけだ」
治部の瞳には、
敗者の絶望ではなく、
**狂気の正義を貫いた者の静かな光**が宿っていた。
(刑部。
あなたの悪は、誰にも暴かれない。
私が、あなたを“善人”として語るからだ)
治部は、静かに笑った。
「刑部。
あなたは、最後まで美しい」
こうして、
石田治部少輔三成は、
吉継の“悪”を悟りながらも恨まず、
むしろその悪を“正義”として受け入れた。
読者だけが知っている。
この悟りこそが、
吉継の悪の“完全勝利”だったことを。




